長連豪とは何をした人物か—西郷隆盛を慕って鹿児島に学び、紀尾井坂の変で大久保利通を討った加賀の士族。島田一郎との挙兵計画、市ヶ谷での最期とゆかりの地
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清水谷公園に建つ大久保利通の哀悼碑(撮影:Hadge、CC BY-SA 3.0)
長連豪(ちょう つらひで)は、明治11年(1878年)5月14日の朝、東京・紀尾井町の清水谷で内務卿・大久保利通を襲った6人のうちの一人です。首謀者の島田一郎と並ぶ中心人物でした。
西郷隆盛を深く慕い、鹿児島で桐野利秋らと交わったことが、長の生き方を決めていきます。藩・身分、何をしたか、立場の変化、逸話、事件、最期、ゆかりの地の順にたどります。
目次
長連豪とは—先に答え
| 藩・身分 |
加賀藩士・此木(長)連潔の子。明治以降は石川県士族。幼名は此木小次郎 |
| 生まれ |
能登国穴水(石川県鳳珠郡穴水町) |
| 生没 |
安政3年(1856年)〜明治11年(1878年)7月27日。享年23(嘉永6年=1853年生まれ、享年26とする辞典も) |
| 何をした |
西郷隆盛を慕って鹿児島に滞在し、帰郷後は島田一郎と挙兵を計画。のち大久保利通の暗殺に加わる |
| 事件 |
紀尾井坂の変(明治11年5月14日) |
| 最期 |
7月27日に死刑を言い渡され、同じ日に市ヶ谷の監獄で斬首 |
| 墓所 |
東京・谷中霊園。6人の墓が並ぶ |
能登の穴水に生まれた加賀藩士の子
長連豪は、加賀藩士・此木(長)連潔の子として、能登国の穴水(現在の石川県鳳珠郡穴水町)に生まれました。幼い名は此木小次郎といいます。生まれた年は安政3年(1856年)とされますが、嘉永6年(1853年)とする辞典もあり、はっきりしません。
幼いころは漢学者の豊島洞斎に学び、のちに加賀藩の藩校・明倫堂で学びました。明治維新を迎えたときは、まだ10代の若者でした。
何をしたのか—西郷を慕い、鹿児島へ
鹿児島での日々
長は西郷隆盛を深く敬い、明治6年(1873年)に西郷が政府を去ったあと、鹿児島へ渡りました。明治7年(1874年)には台湾出兵について西郷や桐野利秋の考えを聞くために鹿児島を訪れ、およそ半年とどまって私学校で学んだとされます。その後も鹿児島を訪ね、滞在は合わせて1年あまりにおよびました(時期は資料によって少し違います)。この間に、桐野利秋(中村半次郎)や別府晋介と親しくなっています。
島田一郎との挙兵計画
明治9年(1876年)10月に石川へ戻ると、長は島田一郎とともに、政府に対して兵を挙げる計画に奔走しました。翌明治10年(1877年)、西郷が西南戦争を起こすと、二人は呼応して兵を挙げようとします。しかし政府軍が熊本城に入ったと知って、挙兵を取りやめました。
高官暗殺へ
西南戦争で西郷が敗れて亡くなると、長らは兵を挙げるのではなく、政府の中心にいる高官を討つ道を選びます。明治10年11月、長は東京へ上りました。
立場の変化—藩士の子から「士族」へ
長が生まれたとき、家は加賀藩士でしたが、廃藩置県のあとは石川県の士族となりました。藩という居場所を失い、武士の特権もなくなっていくなかで、西郷のもとに集まった鹿児島の士族たちと気持ちを通わせたことが、のちの行動につながっていきます。石川の士族たちは、島田一郎を中心に「三光寺派」と呼ばれる集まりをつくっていました(島田一郎)。
逸話
刀を捨てて一礼
事件のあと、6人は刀を捨て、一礼してその場を引き上げたと伝えられます。そして大久保の罪を挙げた「斬奸状」を持って、自首しました。斬奸状を書いたのは、同じ石川の士族・陸義猶(陸九皐)です。
「紀尾井坂」ではなかった現場
事件は「紀尾井坂の変」と呼ばれますが、実際に襲ったのは紀尾井坂ではなく、近くの清水谷でした。
関わった事件—紀尾井坂の変
明治11年(1878年)5月14日の朝8時ごろ、大久保利通は馬車で屋敷を出て、赤坂の仮皇居へ向かいました。8時30分ごろ、紀尾井町の清水谷で、島田一郎・長連豪・杉本乙菊・脇田巧一・杉村文一・浅井寿篤の6人が馬車を襲います。馬の脚を斬り、御者の中村太郎を刺し、大久保を馬車から引きずり降ろして斬りました(紀尾井坂の変)。6人のうち誰がどう動いたかは、確かな資料では分かっていません。
最期—市ヶ谷での斬首
自首した6人は裁かれ、明治11年7月27日の午前に死刑を言い渡されました。その日の昼前、市ヶ谷の監獄で斬首されています。長は享年23でした(26とする説もあります)。
長連豪ゆかりの地
谷中霊園(東京都台東区谷中)
長連豪の墓は谷中霊園にあり、島田一郎ら事件に加わった6人の墓石が並んでいます。JR日暮里駅から歩いて行けます。
清水谷公園(東京都千代田区紀尾井町)
事件の現場の近くで、大久保利通を悼む大きな碑が建っています。地下鉄の赤坂見附駅や永田町駅、麹町駅から歩いてすぐです。
穴水(石川県鳳珠郡穴水町)
長のふるさとです。能登半島の中ほど、七尾湾に面した町です。
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参考資料
- Wikipedia「長連豪」
- Wikipedia「紀尾井坂の変」
- コトバンク「長連豪」(デジタル版 日本人名大辞典+Plus)
- 国立国会図書館レファレンス協同データベース(石川県立図書館の事例)