北海道・東北地方– category –
石高順にまとめた 東北・北海道の藩一覧(幕末) もあります。
北海道と東北の藩をまとめています。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟に加わった仙台藩・会津藩・米沢藩・庄内藩、同盟を抜けた久保田藩(秋田藩)・亀田藩、蝦夷地の松前藩など、幕末に大きな選択を迫られた藩を中心に取り上げています。
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東北・北海道の藩一覧(幕末)—五十二藩を石高順に。藩主家・最後の藩主・幕末のうごき
江戸時代に東北・北海道に置かれた藩を、支藩や途中で廃藩になったものも含めて五十二、石高の大きい順にまとめました。藩主家、最後の藩主、幕末にどう動いたかを一覧にしています。 -
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松前藩(館藩)/松前家1万石:松前修広 正議隊の藩政掌握により新政府軍へ寝返った松前藩
松前藩(館藩)(松前家1万石、松前修広)。正義隊の藩政掌握により新政府軍へ寝返った松前藩。明治二年(1869年)六月、14代藩主「松前修広」は「版籍奉還」にて館藩知事に任じられました。 -
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上山藩/松平家3万石:松平信庸 奥羽越列藩同盟に与して久保田藩を攻めた上山藩
上山藩(松平家3万石、松平信庸)。奥羽越列藩同盟に与して久保田藩を攻めた上山藩。上山藩は慶応四年(1868年)、戊辰戦争が始まると「奥羽越列藩同盟」に参加し総督「山村求馬」率いる洋式軍隊を出羽久保田藩に派兵します。 -
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新庄藩/戸沢家6万石:戸沢正実 戊辰戦争では庄内藩の攻撃で落城した新庄藩
新庄藩(戸沢家6万石、戸沢正実)。戊辰戦争では庄内藩の攻撃で落城した新庄藩。新庄藩は、慶応三年(1867年)の江戸薩摩藩邸焼討に庄内藩・上山藩・出羽松山藩と共に派兵したが、直接「薩摩藩」とは交戦せず、江戸市中の警備を担当しました。 -
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本荘藩/六郷家2万石:六郷政鑑 奥羽越列藩同盟からいち早く脱退し新政府軍に従った本荘藩
本荘藩(六郷家2万石、六郷政鑑)。奥羽越列藩同盟からいち早く脱退し新政府軍に従った本荘藩。六郷家は戦国時代、出羽の山本郡六郷を治めた地元の領主で、「仙北七人衆」の一つに数えられていました。 -
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久保田藩(秋田藩)/佐竹家20万石:佐竹義堯 戊辰戦争では新政府軍として奥羽越列藩同盟軍と徹底交戦した久保田藩
久保田藩(秋田藩)(佐竹家20万石、佐竹義堯)。戊辰戦争では新政府軍として奥羽越列藩同盟軍と徹底交戦した久保田藩。明治維新では、当初「奥羽越列藩同盟」に参加していたが、平田篤胤の思想をなぞる尊攘派が形成されていたこともあり、仙台藩の使… -
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七戸藩(盛岡藩支藩)/南部家1万1千石:南部信民 南部藩宗家と共に戊辰戦争を闘ったため減封された七戸藩
七戸藩(盛岡藩支藩)(南部家1万1千石、南部信民)。南部藩宗家と共に戊辰戦争を闘ったため減封された七戸藩。七戸藩は政庁を七戸城(青森県上北郡七戸町)とする盛岡藩の支藩大名です。別名を「盛岡新田藩」と呼ばれています。 -
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石川藩/本多家1万石:本多忠利 三河国挙母藩への移封にて廃藩
石川藩(本多家1万石、本多忠利)。三河国挙母藩への移封にて廃藩。石川藩は寛文二年(1662年)、「本多忠勝」の曾孫「本多忠平(白河藩主)」が襲封にあたり次弟の「本多忠利」に陸奥石川郡のうち16か村一万石を分与して成立した白河藩の支藩です。 -
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大久保藩/本多家1万石:本多政利 藩政不届きにより幕末前に改易
大久保藩(本多家1万石、本多政利)。藩政不届きにより幕末前に改易。延宝七年(1679年)、郡山藩で起こった九・六騒動の当事者の一人「本多政利」は幕府からその責を問われ、六万石の内三万石を返還した上で新たに三万石が加えられるという形で播… -
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会津藩/松平家23万石:松平容保 戊辰戦争最大の激戦地で白虎隊の悲劇が起こった会津藩
会津藩(松平家23万石、松平容保)。戊辰戦争最大の激戦地で白虎隊の悲劇が起こった会津藩。慶応四年(1868年)に鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争)が勃発します。会津藩は、桑名藩や幕府軍とともに新政府軍と戦ったが敗北しました。 -
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陸奥下村藩/田沼家1万石:田沼意正 幕末前に相良へ移封となり廃藩
陸奥下村藩(田沼家1万石、田沼意正)。幕末前に相良へ移封となり廃藩。文政六年(1823年)、老中の水野忠成と11代将軍・徳川家斉のはからいで、田沼意正は祖父・意次の時代の領地だった遠江の相良へ戻されることになり、下村藩はなくなりました。 -
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下手渡藩/立花家1万石:立花種恭 奥羽戦争では新政府軍側で仙台藩と戦った下手渡藩
下手渡藩(立花家1万石、立花種恭)。奥羽戦争では新政府軍側で仙台藩と戦った下手渡藩。幕末の藩主・立花種恭は、慶応四年(1868年)一月十日、幕府の老中格・会計総裁に任じられます。 -
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桑折藩/松平家2万石:松平忠恒 幕末前に上野篠塚へ転封となり廃藩
桑折藩(松平家2万石、松平忠恒)。幕末前に上野篠塚へ転封となり廃藩。藩主は奥平系の松平家(奥平松平家)で、徳川家康の娘婿・奥平信昌の孫にあたる松平忠弘の養子、松平忠尚を藩祖とします。家格は帝鑑間詰譜代大名でした。 -
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梁川藩/松前家9千石:松前章広 幕末前に蝦夷松前へ再封となり廃藩
梁川藩(松前家9千石、松前章広)。幕末前に蝦夷松前へ再封となり廃藩。蝦夷地は度々幕府の管轄する領地となり梁川に転封された松前氏は、まず財政難に直面しました。蝦夷地での松前家は、米ではなくアイヌとの交易の場(商場)を家臣に分け与える「商… -
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二本松藩/丹羽家10万7百石:丹羽長国 戊辰戦争では二本松少年隊の悲劇で知られる二本松藩
二本松藩(丹羽家10万7百石、丹羽長国)。戊辰戦争では二本松少年隊の悲劇で知られる二本松藩。幕末期、第10代二本松藩主「丹羽長国」は江戸湾警備、京都警衛、天狗党の乱鎮圧などで活躍しました。 -
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福島藩/板倉家3万石:板倉勝達 奥羽越列藩同盟に加盟したため減封の上三河国重原藩へ移封となった板倉氏
福島藩(板倉家3万石、板倉勝達)。奥羽越列藩同盟に加盟したため減封の上三河国重原藩へ移封となった板倉氏。元禄十五年(1702年)に板倉氏が三万石にて福島藩へ入封しました。 -
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窪田藩/土方家2万石:土方雄隆 跡目相続のお家騒動により幕末前に改易
窪田藩(土方家2万石、土方雄隆)。跡目相続のお家騒動により幕末前に改易。天和三年(1683年)五月十三日、窪田へ向かうことになった藩主の土方雄隆は、病気を理由に、腹違いの弟の土方貞辰に家督を譲りたいと幕府に願い出ました。 -
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浅川藩/本多家1万石:本多忠晴 幕末前に三河国伊保藩への移封により廃藩
浅川藩(本多家1万石、本多忠晴)。幕末前に三河国伊保藩への移封により廃藩。浅川藩は寛文二年(1662年)十一月、石川藩と同じく、白河藩主「本多忠義」の三男「本多忠以」が一万石を父から分与されたことで成立した藩です。 -
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白河新田藩(白河藩支藩)/松平家2万石:松平忠尚 陸奥桑折藩に移封となり廃藩
白河新田藩(白河藩支藩)(松平家2万石、松平忠尚)。陸奥桑折藩に移封となり廃藩。白河新田藩は元禄元年(1688年)、「松平忠尚」が白河藩主で養父「松平忠弘」より二万石の新田を分与されたことに始まります。 -
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白河藩/阿部家10万石:阿部正静 幕末時には棚倉へ移封により廃藩 城主不在のまま白河城攻防戦が勃発した
白河藩(阿部家10万石、阿部正静)。幕末時には棚倉へ移封により廃藩 城主不在のまま白河城攻防戦が勃発した。江戸時代を通じて様々な大名が統治したが、幕末期は阿部家が城主として治めていました。 -
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泉藩/本多家2万石:本多忠紀 奥羽越列藩同盟に加盟し新政府軍と交戦した泉藩
泉藩(本多家2万石、本多忠紀)。奥羽越列藩同盟に加盟し新政府軍と交戦した泉藩。第6代藩主「本多忠紀」は幕末に寺社奉行・奏者番として参与します。そして「戊辰戦争」では旧幕府軍に与して新政府軍と戦ったため、官位剥奪の上、二千石を召し上げら…
