新選組隊士– category –
新選組の隊士を一人ずつ紹介しています。近藤勇・土方歳三・沖田総司などの幹部から、名前と役職しか伝わらない平隊士まで、入隊の時期、役職、隊を離れた事情やその後の消息を、分かる範囲で書いています。隊士全456名の一覧からも各ページへ進めます。
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新選組隊士
矢田賢之助【新選組隊士 勘定方・靖兵隊士官取締 幕末】
矢田賢之助 職名 勘定方(靖兵隊では士官取締) 出身 紀伊国 終焉場所 下野 今市 終焉方法 戦死 元治元年(1864)に入隊した、紀州出身の隊士です。 慶応4年、永倉新八・原田左之助らと新選組を離れて靖兵隊に加わり、士官取締を務めました。 下野の今市の... -
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前野五郎【新選組隊士 平隊士・靖兵隊歩兵取締 幕末】
前野五郎 職名 平隊士(靖兵隊では歩兵取締) 出身 阿波国(徳島藩士の家) 終焉場所 択捉島 終焉方法 事故死 慶応2年冬ごろ、京都で入隊しました。 慶応4年、永倉新八らと新選組を離れて靖兵隊に加わり、永倉が去ったあとの隊を率いました。 維新後は北海... -
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林信太郎【新選組隊士 伍長・監察 幕末】
林信太郎 職名 伍長・諸士取調役兼監察 出身 武蔵国 終焉場所 水戸街道(下総・常陸方面) 終焉方法 戦死 文久3年5月ごろまでに、新選組の前身・壬生浪士組に入隊しました。 池田屋事件では土方歳三の隊に入り、褒賞金を受けています。 慶応4年、永倉新八... -
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記録の少ない新選組隊士12人—足立麟太郎・井上新左衛門・伊藤鉄五郎ほか
名前と役職ほどしか伝わらない新選組隊士12人を一つにまとめました。局長附の三人、永倉新八の記録にだけ残る二人、箱館で降伏した二人など、記録の残り方ごとに分かること・分からないことを書いています。 -
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新選組と会津藩—京都守護職・松平容保の「お預かり」から、会津での最後の戦いまで
新選組はいつも「会津藩お預かり」だった。京都守護職・松平容保のもとで生まれ、池田屋・禁門の変で働き、最後は会津の地で会津藩とともに戦った。両者の関わりを年表とともにたどる。 -
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坂本龍馬暗殺と新選組—なぜ疑われ、隊士たちは何を背負ったのか
慶応三年十一月、近江屋で龍馬が斬られると、真っ先に疑われたのは新選組だった。現場の鞘と下駄、御陵衛士の証言、近藤勇の斬首、大石鍬次郎の自白と撤回、今井信郎の供述による見廻組説まで。 -
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新選組隊士の剣術流派—天然理心流・神道無念流・北辰一刀流、誰が何を学んだのか
近藤勇の天然理心流、芹沢鴨・永倉新八の神道無念流、伊東甲子太郎・藤堂平助の北辰一刀流。槍・柔術・馬術・弓術の使い手まで、新選組隊士が学んだ流派を一覧表と流派ごとの解説でまとめる。 -
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新選組の組織と役職—局長・副長・組長・監察・勘定方・伍長、誰が何を務めたのか
局長・総長・副長・参謀から、一番隊〜十番隊の組長、監察、勘定方、師範、伍長、平隊士まで。新選組の役職と、それぞれを務めた主な隊士を表でまとめる。幕臣取り立て後の格と給金、箱館での組織も。 -
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新選組の年表—文久三年の壬生浪士組から明治二年の箱館まで
新選組の七年足らずの歩みを一つの年表に。壬生浪士組の誕生、池田屋、禁門の変、油小路、鳥羽伏見、流山、会津、箱館まで、各出来事の詳しい記事へのリンクつき。 -
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禁門の変と新選組—九条河原の布陣から天王山の追撃まで
元治元年七月、池田屋事件に怒った長州勢が御所に攻め寄せた禁門の変。九条河原に布陣した新選組は、伏見から御所へ駆けつけ、二十一日には天王山で真木和泉らを追い詰めた。年表と訪ね方つき。 -
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新選組の屯所の移り変わり—壬生・西本願寺・不動堂村・伏見奉行所、そして流山へ
新選組は五年のあいだに何度も屯所を移した。壬生の八木邸・前川邸、西本願寺の集会所と太鼓楼、西本願寺が建てた不動堂村屯所、伏見奉行所、江戸・五兵衛新田・流山まで、移転の理由と跡地の訪ね方をまとめる。 -
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鳥羽伏見の戦いと新選組—伏見奉行所、淀千両松、そして江戸へ
慶応四年正月、戊辰戦争の始まりとなった鳥羽伏見の戦い。伏見奉行所での砲撃、淀千両松での井上源三郎の戦死、淀藩の入城拒否、津藩の寝返り、江戸への引き上げまで、新選組の四日間をたどる。 -
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三条制札事件とは—三条大橋の高札をめぐる新選組と土佐藩士の斬り合い
慶応二年九月十二日、長州を朝敵とした三条大橋の制札を引き抜こうとした土佐藩士を、新選組が三手に分かれて待ち伏せた。張り込みの配置、斬り合いの結果、浅野薫の追放、出動した隊士の一覧まで。 -
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会津の新選組—宇都宮・白河口・母成峠・如来堂、土方と斎藤が別れた夏
慶応四年、流山のあと新選組は会津へ。宇都宮で負傷した土方の療養、山口二郎こと斎藤一が率いた白河口と母成峠の戦い、土方と斎藤の別れ、如来堂の戦い、会津藩の降伏まで、年表と隊士の一覧でたどる。 -
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池田屋事件に出動した新選組隊士—近藤隊の十人と、駆けつけた土方隊・井上隊
元治元年六月五日、池田屋に出動した新選組は三手に分かれた三十四人。斬り込んだ近藤隊の十人、駆けつけた土方隊・井上隊、陰で働いた監察、その夜いなかった隊士、事件後の褒賞まで、隊士の側からまとめる。 -
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近藤勇、最後の百日—甲陽鎮撫隊・勝沼の敗戦から流山の出頭、板橋の刑場まで
慶応四年、鳥羽伏見の敗戦から板橋での斬首まで百日あまり。甲陽鎮撫隊と勝沼の戦い、永倉・原田との別れ、五兵衛新田、流山での出頭、加納鷲雄に見破られた正体まで、日付の順にたどる。 -
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根岸友山【新選組隊士 平隊士 幕末】
根岸友山は新選組の平隊士。出身は武蔵国大里郡甲山村(埼玉県熊谷市)、最期は病没。武蔵・甲山村の豪農の家に生まれ、寺子屋と剣術道場を開いた人です。浪士組に加わって京都に残りましたが、まもなく壬生浪士組を離れて江戸へ戻りました。 -
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殿内義雄【新選組隊士 平隊士 幕末】
殿内義雄は新選組の平隊士。出身は上総国武射郡森村(千葉県山武市)、最期は暗殺。上総の名主の家に生まれ、浪士組では目付役をつとめた人です。浪士取扱・鵜殿鳩翁から、家里次郎とともに京都に残る浪士の取りまとめを任されました。 -
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新選組の墓所めぐり—隊士たちはどこに眠っているのか(京都・東京・多摩・会津・函館)
壬生寺・光縁寺・戒光寺から、板橋・三鷹・日野、会津の天寧寺・阿弥陀寺、函館の碧血碑まで。新選組隊士の墓所を地域ごとに表でまとめ、墓がいくつもある近藤勇、墓の場所が分からない隊士も紹介。 -
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芹沢鴨と水戸派の最期—文久三年、壬生浪士組から消えた人々
文久三年、壬生浪士組の筆頭局長・芹沢鴨と水戸派の幹部は、年の暮れまでに全員が隊から消えた。新見錦・平山五郎・平間重助・野口健司、長州の間者とされた御倉伊勢武らまで、年表と人ごとにたどる。 -
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松本捨助【新選組隊士 隊長附 幕末】
松本捨助は新選組の隊長附。出身は武州多摩郡本宿村(府中市)、最期は病没。多摩・本宿村の名主の長男で、土方歳三の縁者です。長男だからと二度も入隊を断られ、慶応三年にようやく新選組に入りました。
