近畿地方– category –
石高順にまとめた 近畿の藩一覧(幕末) もあります。
近畿地方(京都・大阪・兵庫・奈良・滋賀・和歌山)の藩をまとめています。鳥羽・伏見の戦いの舞台となった淀藩、彦根藩、天誅組の乱を鎮めた高取藩、播磨・丹波の小藩など、幕末の政局の中心に近かった藩を取り上げています。
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近畿の藩一覧(幕末)—八十八藩を石高順に。藩主家・最後の藩主・幕末のうごき
江戸時代に近畿に置かれた藩を、支藩や途中で廃藩になったものも含めて八十八、石高の大きい順にまとめました。藩主家、最後の藩主、幕末にどう動いたかを一覧にしています。 -
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【現地取材】郡山城を歩く|百万石の城を十五万石の柳沢家が守った、雨の石垣とさかさ地蔵
豊臣秀長が百万石の主として入った大和郡山の郡山城。雨の日に、転用石だらけの石垣、さかさ地蔵、天守台、極楽橋を歩き、その後十五万石の柳沢家が幕末まで守った城の姿をたどります。 -
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姫路藩/酒井家15万石:酒井忠邦 最後まで徳川家に忠節を貫いたことで朝敵とされ追討軍まで編成された姫路藩
姫路藩(酒井家15万石、酒井忠邦)。最後まで徳川家に忠節を貫いたことで朝敵とされ追討軍まで編成された姫路藩。幕末には藩主「酒井忠績」が大老となり勤王派の制圧に力を振るいましたが、慶応三年(1867年)二月に隠居しました。 -
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淡路洲本藩/稲田家1万4千石:稲田邦植 幕末には徳島藩とは別に新政府軍に従い一層溝が深まった淡路洲本城代稲田家
淡路洲本藩(稲田家1万4千石、稲田邦植)。幕末には徳島藩とは別に新政府軍に従い一層溝が深まった淡路洲本城代稲田家。慶長五年(1600年)の「関ヶ原の戦い」においては、「脇坂安治」は石田三成率いる西軍に与したが、早くから「藤堂高虎」と内… -
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竹田藩/赤松家2万2千石:赤松広秀(斎村政広)関ヶ原の戦いの地方戦で鳥取城を攻めるも城下が火災に包まれた責を負い切腹となり廃城
竹田藩(赤松家2万2千石、赤松広秀(斎村政広))。関ヶ原の戦いの地方戦で鳥取城を攻めるも城下が火災に包まれた責を負い切腹となり廃城。最後の城主である「赤松広秀(斎村政広)」は「関ヶ原の戦い」では石田三成率いる西軍に属し、田辺城(舞鶴城… -
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出石藩/仙石家3万石:仙石政固 幕府から家老を押し付けられたがこれを切腹 新政府軍に属した出石藩
出石藩(仙石家3万石、仙石政固)。幕府から家老を押し付けられたがこれを切腹 新政府軍に属した出石藩。慶長五年(1600年)の関ヶ原の戦いで、小出吉政は父の秀政とともに西軍に加わり、細川家の丹後田辺城を攻めました。 -
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明石藩/松平家8万石:松平直致 御家門(親藩)の関係で鳥羽・伏見の戦いでは幕府軍として参戦するもその後新政府に恭順した明石藩
明石藩(松平家8万石、松平直致)。御家門(親藩)の関係で鳥羽・伏見の戦いでは幕府軍として参戦するもその後新政府に恭順した明石藩。江戸時代播磨一国を支配する姫路藩は池田氏の所領でした。 -
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赤穂藩/森家2万石:森忠儀 赤穂浪士で有名な浅野家改易後森家が入封し幕末明治を迎えた赤穂藩
赤穂藩(森家2万石、森忠儀)。赤穂浪士で有名な浅野家改易後森家が入封し幕末明治を迎えた赤穂藩。元禄十四年(1701年)、第3代藩主「浅野長矩(内匠頭)」は江戸城中で高家旗本「吉良義央(上野介)」に斬りつけ、長矩は切腹し浅野家は改易とな… -
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龍野藩/脇坂家5万1千石:脇坂安斐 譜代大名となるが戊辰戦争では姫路藩攻撃や北越・会津戦争に参戦した龍野藩
龍野藩(脇坂家5万1千石、脇坂安斐)。譜代大名となるが戊辰戦争では姫路藩攻撃や北越・会津戦争に参戦した龍野藩。【藩名】龍野藩【説明】寛文十二年(1672年)、信濃国飯田藩より「脇坂安政」が五万三千石で入封し幕府より城の再建を許され、龍… -
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丹後田辺藩(舞鶴藩)/牧野家3万5千石:牧野弼成 戊辰戦争では新政府に恭順した田辺藩
丹後田辺藩(舞鶴藩)(牧野家3万5千石、牧野弼成)。戊辰戦争では新政府軍として参戦した田辺藩。寛文八年(1668年)、京極家に代わり「牧野親成」が摂津国より三万五千石で入城します。田辺牧野家の藩祖は「牧野康成」です。 -
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宮津藩/松平家7万石:松平宗武 鳥羽・伏見の戦い以降西園寺公望の山陰鎮撫使に降伏した宮津藩
宮津藩(松平家7万石、松平宗武)。鳥羽・伏見の戦い以降西園寺公望の山陰鎮撫使に降伏した宮津藩。天和元年(1681年)、「阿部正邦」が武蔵岩槻藩より入封するが、元禄十年(1697年)には下野宇都宮藩に転出し、入れ替わり宇都宮より「奥平昌… -
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福知山藩/朽木家3万2千石:朽木為綱 鳥羽・伏見の戦いでは参陣に遅れその後西園寺公望の山陰道鎮撫使に降った福知山藩
福知山藩(朽木家3万2千石、朽木為綱)。鳥羽・伏見の戦いでは参陣に遅れその後西園寺公望の山陰道鎮撫使に降った福知山藩。関ヶ原の戦いで東軍についた有馬豊氏は、本戦で軍の後ろを固める役を務め、その働きで遠江横須賀の三万石から福知山の六万石… -
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八上藩/松平家5万石:松平康重 丹波篠山城へ拠点を移したため廃藩
八上藩(松平家5万石、松平康重)。丹波篠山城へ拠点を移したため廃藩。八上城は戦国期に織田家重臣「明智光秀」と「波多野秀治」率いる波多野一族との間で攻防戦があったことで有名です。 -
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丹波亀山藩/松平家5万石:松平信正 戊辰戦争では新政府の山陰鎮撫使に降伏しその後新政府軍に従った亀山藩
丹波亀山藩(松平家5万石、松平信正)。戊辰戦争では新政府の山陰鎮撫使に降伏しその後新政府軍に従った亀山藩。慶長十四年(1609年)、徳川氏譜代の家臣である「岡部長盛」が下総山崎藩から移封され丹波亀山藩が再度立藩されました。 -
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篠山藩/青山家6万石:青山忠敏 藩論が佐幕・尊皇に割れたが西園寺公望引きいる新政府軍が城下に迫ると恭順した篠山藩
篠山藩(青山家6万石、青山忠敏)。藩論が佐幕・尊皇に割れたが西園寺公望引きいる新政府軍が城下に迫ると恭順した篠山藩。寛延元年(1748年)八月、青山忠朝が丹波亀山藩から五万石で篠山へ移封となりました。 -
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高取藩/植村家2万5千石:植村家壷 天誅組の乱の鎮圧にあたるが以降新政府に属した高取藩
高取藩(植村家2万5千石、植村家壷)。天誅組の乱の鎮圧にあたるが以降新政府に属した高取藩。寛永十七年(1640年)十月十九日、大番頭であった「植村家政」が、九千石から二万五千石に加増されて大名となり高取藩が立藩されました。 -
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田辺藩(紀州藩附家老)/安藤家3万8千石:安藤直裕 幕末に新政府から独立した藩として認められた紀伊田辺藩
田辺藩(紀州藩附家老)(安藤家3万8千石、安藤直裕)。幕末に新政府から独立した藩として認められた紀伊田辺藩。「浅野幸長」が紀伊を支配していた頃は、一族の「浅野知近」が田辺城を領していました。 -
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紀州藩(和歌山藩)/徳川家55万5千石:徳川茂承 鳥羽・伏見の戦いの敗戦で旧幕軍を受け入れて新政府の攻撃対象とされかけた紀州藩
紀州藩(和歌山藩)(徳川家55万5千石、徳川茂承)。鳥羽・伏見の戦いの敗戦で旧幕軍を受け入れて新政府の攻撃対象とされかけた紀州藩。紀伊の国は、慶長五年(1600年)の関ヶ原の戦いのあと甲斐の国主だった浅野幸長に与えられ、まずは外様の浅… -
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新宮藩(紀州藩附家老)/水野家3万5千石:水野忠幹 第二次長州征伐では獅子奮迅の戦いを展開した新宮藩
新宮藩(紀州藩附家老)(水野家3万5千石、水野忠幹)。第二次長州征伐では獅子奮迅の戦いを展開した新宮藩。新宮の地は戦国時代、豊臣秀吉の家臣「堀内氏善」が領していたが、慶長五年(1600年)の「関ヶ原の戦い」で石田三成率いる西軍に与した… -
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狭山藩/北条家1万石:北条氏恭 天誅組の乱に出兵したが早々に新政府軍に従った北条早雲の末裔 狭山藩
狭山藩(北条家1万石、北条氏恭)。天誅組の乱に出兵したが早々に新政府軍に従った北条早雲の末裔 狭山藩。小田原の北条氏は豊臣秀吉に攻められて降伏します(1590年)。当主の北条氏直は徳川家康の娘婿でした。 -
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岸和田藩/岡部家5万3千石:岡部長職 幕末期は尊皇・佐幕両派に藩論が割れたが戊辰戦争では新政府軍に従った岸和田藩
岸和田藩(岡部家5万3千石、岡部長職)。幕末期は尊皇・佐幕両派に藩論が割れたが戊辰戦争では新政府軍に従った岸和田藩。岸和田藩は「松平康映」の妻の父である「岡部宣勝」が摂津国高槻藩より六万石で入封し、明治維新まで岡部氏の所領となりました。
