海援隊士– category –
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海援隊士
龍馬の死後、海援隊は瀬戸内の島を占領していた——塩飽・小豆島の統治と梅花隊
幕末の坂本龍馬が斃れたあと、海援隊はどうなったのか。解散して終わり、と思われがちですが、そうではありません。隊は瀬戸内海の島々へ渡り、そこを占領して統治していました。 塩飽諸島、小豆島の東部、直島、男木島、女木島。二代目隊長となった長岡謙... -
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亀山社中・海援隊の隊士一覧——龍馬がつくった「会社」に集まった五十四人
幕末に坂本龍馬がつくった組織を、いま風に言えば「会社」になります。長崎で生まれた亀山社中と、それを土佐藩の外郭団体として組み替えた海援隊です。 このページは、当サイトが個別ページを持つ五十四人の隊士を、出身ごとにまとめた一覧です。名前をた... -
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渡辺剛八【海援隊士 幕末亀山社中】
渡辺剛八 出身 越後 職名 渡辺剛八は、越後出身の海援隊隊士。 激論家で知られたといいます。慶応初頭までに海援隊の前身である亀山社中に名を連ねます。慶応2年(1866年)大洲藩からの要請でいろは丸の機関方として派遣されます。 しかし翌年、紀州藩の明... -
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岩崎 弥太郎【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
岩崎 弥太郎 出身 土佐藩 職名 会計係 岩崎弥太郎は土佐藩が派遣した海援隊の会計係です。 幕末の激動の中を駈け抜け、武士から実業家に転身し三菱を創始した人物で、天保5年(1835年)土佐国、井ノ口村の地下浪人の家に生まれました。 安政元年(1854年)... -
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岡内 俊太郎【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
岡内 俊太郎 出身 土佐藩 職名 岡内俊太郎は土佐藩出身の海援隊士です。 天保13年土佐郡潮江村に岡内清胤の長男として俊太郎は生まれます。通称、俊太郎。 俊太郎は土佐藩の横目役として務めていたが、のち坂本龍馬に従い海援隊に入り、長岡謙吉と共に秘書... -
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佐々木 高行【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
佐々木 高行 出身 土佐藩 職名 佐々木高行は土佐藩士で土佐藩からの出先官です。 文政十三年、土佐国吾川郡瀬戸村(現・高知県高知市)に土佐藩上士・佐々木高順の次男として生まれます。 大監察時代は土佐勤王党とたびたび会談を持ち武市半平太と親交を深... -
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小曽根 英四郎【長崎の豪商で海援隊士 幕末亀山社中】
小曽根 英四郎 出身 長崎の豪商 職名 小曽根英四郎は、幕末時代に活躍した長崎の豪商で海援隊の支援者でもあり隊員の一員でもあります。 長崎の豪商小曽根六左衛門の四男として生まれます。長兄は小曽根乾堂です。 1866年に坂本龍馬と楢崎龍は長崎へ到着し... -
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福島 某【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
福島 某 出身 越前藩 職名 越前藩出身の海援隊士です。 その他、一切不明です。 海援隊士の一覧を見る この隊士について越前藩出身の海援隊士とされますが、名前が「某」のままで、それ以上のことは分かっていません。公開されている資料でも該当する人物... -
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瓜生震【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
瓜生震 出身 越前藩 職名 瓜生震は嘉永6年生まれの越前藩出身の海援隊士です。 明治大正期の実業家。三菱財閥の経営者。越前国(福井県)の多部五郎左衛門の3男で分家して瓜生を名乗ります。 長崎へ留学し坂本竜馬の海援隊を助けます。維新後は岩倉遣外使節... -
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長谷部 卓爾【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
長谷部 卓爾 出身 越前藩 職名 長谷部卓爾は越前藩出身の海援隊士です。 幕末・明治初期の政治家。弘化元年生まれ。勝海舟門下に入り航海術を学び海援隊にも参加しました。 慶応4年4月、箱館裁判所勤務を命じられます。のち、開拓大書記官となり、さらに、... -
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高橋 勝右衛門【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
高橋 勝右衛門 出身 土佐藩 職名 高橋勝右衛門は土佐藩士出身で海援隊の出崎官です。 後藤象二郎の片腕となり、土佐藩長崎商会の開設に当った高橋勝右衛門は、 くみの子、あるいはその一族の者といわれます。のち、土佐藩神戸商会の開設にも当ります。 高... -
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森田 晋三【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
森田 晋三 出身 土佐藩 職名 土佐藩出身の海援隊士であるが、土佐藩から出向という形です。 土佐藩士森田三蔵の養子となり森田性を名乗ります。 文久年間、藩命により長崎に出張、慶応元年と2年には上海に渡航しました。 長崎を舞台に土佐交易の開拓と伸... -
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由比 畦三郎【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
由比 畦三郎 出身 土佐藩 職名 由比畦三郎は海援隊と関係が深かった土佐藩士。土佐藩の藩船「夕顔」船上で坂本龍馬が船中八策を口述し長岡謙吉に書き取らせた時の船長がこの人。猪内の養子となっていたので由比畦三郎と称していました。 またイギリス東洋... -
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中村 官兵衛【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
中村 官兵衛 出身 土佐藩 職名 中村官兵衛は土佐藩出身の海援隊士です。 龍馬が殺害された後、塩飽本島の小坂部落で「人名」と称する人達と、「問人」と呼ばれる人々の間に争闘が発生します。慶応4年(1868)1月には小坂浦全戸が焼かれ、村人18人が死亡... -
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間崎 専吉【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
間崎 専吉 出身 土佐藩 職名 土佐藩出身の海援隊士です。 間崎専吉は龍馬暗殺前後の海援隊員で詳しいことはわかっていません。 龍馬暗殺後の新隊長「長岡謙吉」を中心とした海援隊として同志十二人の中の一人です。 この一隊は旧幕領だった塩飽諸島と、小... -
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波多 恭輔【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
波多 恭輔 出身 土佐藩 職名 波多恭輔は彦太郎の弟で土佐藩出身の海援隊士です。 兄と同じく河田小竜の門で勉強していました。しかし、周りの皆が志を目指して脱藩する中、恭輔も脱藩し長崎の亀山社中へ身を投じました。 また、明治になって大村益次郎暗殺... -
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波多 彦太郎【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
波多 彦太郎 出身 土佐藩 職名 後波多彦太郎は土佐藩出身の海援隊士です。 河田小龍のもとで勉強し、その才気は13歳にして素晴らしかったと書かれています。 近藤長次郎や新宮馬ノ助よりも学問が出来たといいます。 龍馬暗殺後の新隊長「長岡謙吉」を中心... -
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橋詰 啓太郎【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
橋詰 啓太郎 出身 土佐藩 職名 橋詰啓太郎は土佐藩出身の海援隊士です。 慶応四年(明治元年)正月、塩飽諸島の本島で小坂騒動が起こりました。この騒動を、高松藩の朝敵追討に来ていた土佐藩士が知ることになります。 ただし海援隊が本島へ入ったのは騒動... -
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長岡 謙次郎【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
長岡 謙次郎 出身 土佐藩 職名 長岡謙次郎は土佐藩出身の海援隊士で長岡謙吉の弟です。 長岡謙吉は、慶應四年一月・弟の長岡謙次郎を加えて、讃岐の国丸亀へ出向きました。これが龍馬の死後の海援隊です。 その後も兄の謙吉と行動を共にし、塩飽諸島の平定... -
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得能 猪熊【海援隊士 幕末亀山社中】
得能 猪熊 出身 不明 職名 龍馬暗殺後に海援隊書記長長岡謙吉の提唱で、慶応3~4年に土佐藩有志によって組織された旧幕領だった塩飽諸島と小豆島東部の占領・治安維持部隊で隊士12名の中の一人です。 この際に17~30歳までの壮丁を狩り集め、一隊を編成し... -
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掘謙 司【海援隊士 幕末亀山社中】
掘謙 司 出身 不明 職名 掘謙司は龍馬暗殺前後の海援隊員で詳しいことはわかっていません。 龍馬暗殺後の新隊長「長岡謙吉」を中心とした海援隊として同志十二人の中の一人です。 掘謙司はその時のメンバーの一人で大半が土佐藩の出身者でした。 龍馬暗殺...
