近畿の藩一覧(幕末)—八十八藩を石高順に。藩主家・最後の藩主・幕末のうごき

当サイトが個別のページを持つ近畿の藩は、支藩や途中で廃藩になったものを含めて八十八あります。いちばん大きいのが紀州藩の五十五万五千石です。

下の表は、その八十八を石高の大きい順に並べたものです。藩の名前をたどれば、その藩の個別ページへ進めます。

目次

近畿の藩一覧(石高順・八十八藩)

藩 藩主家・石高 最後の藩主 幕末のうごき
紀州藩(和歌山藩) 徳川家55万5千石 徳川茂承 鳥羽・伏見の戦いの敗戦で旧幕軍を受け入れて新政府の攻撃対象とされかけた紀州藩
彦根藩 井伊家23万石 井伊直憲 桜田門外の変以降徳川幕府から離れ新政府に従った彦根藩
佐和山藩 井伊家18万石 井伊直継 家康による彦根城築城と移転により廃藩
郡山藩 柳沢家15万1千石 柳沢保申 幕府の享保の改革によって甲府藩より移封された柳沢家
姫路藩 酒井家15万石 酒井忠邦 最後まで徳川家に忠節を貫いたことで朝敵とされ追討軍まで編成された姫路藩
淀藩 稲葉家10万2千石 稲葉正邦 鳥羽・伏見の戦いでは敗戦した旧幕府軍を収容しなかった淀藩
大坂藩 松平家10万石 松平忠明 大和郡山藩へ移封のため廃藩
明石藩 松平家8万石 松平直致 御家門(親藩)の関係で鳥羽・伏見の戦いでは幕府軍として参戦するもその後新政府に恭順した明石藩
宮津藩 松平家7万石 松平宗武 鳥羽・伏見の戦い以降西園寺公望の山陰鎮撫使に降伏した宮津藩
膳所藩 本多家7万石 本多康穣 佐幕派から尊皇派へ転換し戊辰戦争では新政府に属した膳所藩
篠山藩 青山家6万石 青山忠敏 藩論が佐幕・尊皇に割れたが西園寺公望引きいる新政府軍が城下に迫ると恭順した篠山藩
岸和田藩 岡部家5万3千石 岡部長職 幕末期は尊皇・佐幕両派に藩論が割れたが戊辰戦争では新政府軍に従った岸和田藩
龍野藩 脇坂家5万1千石 脇坂安斐 譜代大名となるが戊辰戦争では姫路藩攻撃や北越・会津戦争に参戦した龍野藩
丹波亀山藩 松平家5万石 松平信正 戊辰戦争では新政府の山陰鎮撫使に降伏しその後新政府軍に従った亀山藩
朝日山藩 水野家5万石 水野忠弘 奥羽越列藩同盟で敗れた山形藩が移封されて立藩した朝日山藩
八上藩 松平家5万石 松平康重 丹波篠山城へ拠点を移したため廃藩
伏見藩 内藤家5万石 内藤信正 内藤氏が大坂城代となったため廃城とされ廃藩
中島藩 稲葉家4万5千700石 稲葉紀通 丹波福知山藩へ移封のため廃藩
尼崎藩 松平家4万5千石 松平忠興 戊辰戦争ではいち早く新政府軍に従った尼崎藩
長浜藩 内藤家4万石 内藤信正 豊臣氏への抑えとして立藩されたが摂津高槻藩へ移封のため廃藩
田辺藩(紀州藩附家老) 安藤家3万8千石 安藤直裕 幕末に新政府から独立した藩として認められた紀伊田辺藩
高槻藩 永井家3万6千石 永井直諒 戊辰戦争で新政府が優勢になるとこれに従った高槻藩
三田藩 九鬼家3万6千石 九鬼隆義 軍備洋式化を行い鳥羽伏見の戦い直後から新政府軍に加わった三田藩
新宮藩(紀州藩附家老) 水野家3万5千石 水野忠幹 第二次長州征伐では獅子奮迅の戦いを展開した新宮藩
丹後田辺藩(舞鶴藩) 牧野家3万5千石 牧野弼成 戊辰戦争では新政府に恭順した田辺藩
福知山藩 朽木家3万2千石 朽木為綱 鳥羽・伏見の戦いでは参陣に遅れその後西園寺公望の山陰道鎮撫使に降った福知山藩
大津藩 戸田家3万石 戸田一西 関ヶ原の合戦後戸田一西が入封するも膳所城を普請したため大津城は廃城となり廃藩
茨木藩 片桐家2万8千石 片桐且元 大坂の陣後に且元の急死で天領となった茨木藩
宇陀松山藩 織田家2万8千石 織田信休 丹波柏原藩へ減移封のため廃藩
御所藩 桑山家2万6千石 桑山貞晴 末期養子が認められず無嗣子改易とされた御所藩
高取藩 植村家2万5千石 植村家壷 天誅組の乱の鎮圧にあたるが以降新政府に属した高取藩
水口藩 加藤家2万5千石 加藤明実 鳥羽・伏見の戦い以降新政府軍に属した水口藩
平福藩 池田家2万5千石 池田輝興 赤穂藩の宗家を継いだため廃藩
園部藩 小出家2万4千石 小出英尚 藩主不在の中西園寺公望指揮する山陰道鎮撫軍に従った園部藩
竹田藩 赤松家2万2千石 赤松広秀(斎村政広) 関ヶ原の戦いの地方戦で鳥取城を攻めるも城下が火災に包まれた責を負い切腹となり廃城
朽木藩 朽木家2万石 朽木元綱 関ヶ原の戦いで寝返るも減封され大名の資格を失う朽木家
近江高島藩(大溝陣屋) 佐久間家2万石 佐久間安政 関ヶ原や大坂の陣の戦功で信濃飯山へ加増転封となり廃藩
山城長岡藩 永井家2万石 永井直清 摂津高槻藩へ加増転封のため廃藩
赤穂藩 森家2万石 森忠儀 赤穂浪士で有名な浅野家改易後森家が入封し幕末明治を迎えた赤穂藩
大溝藩 分部家2万石 分部光謙 幕末時は藩主が中風のため目立つことがなかった大溝藩
丹波柏原藩 織田家2万石 織田信親 藩主自ら尊皇攘夷の考えから鳥羽・伏見の戦いで新政府軍に属した柏原藩
八木藩 別所家2万石 別所吉治 病を理由に参勤交代を怠り狩猟をしていたことで改易・廃藩
綾部藩 九鬼家1万9千500石 九鬼隆備 早くから西園寺公望を通じて新政府軍に恭順した綾部藩
大和五条藩 松倉家1万8千石 松倉重政 大坂の陣で戦功をあげたため肥前島原へ移封となり廃藩
仁正寺藩(西大路藩) 市橋家1万7千石 市橋長和 文久二年に西大路藩と改め、早くから新政府側に立った近江の小藩
三日月藩 森家1万5千石 森俊滋 戊辰戦争では新政府軍として東北遠征にまで参戦した三日月藩
豊岡藩 京極家1万5千石 京極高厚 生野の変では幕府軍に協力して平野国臣らを捕縛した豊岡藩
淡路洲本藩 稲田家1万4千石 稲田邦植 幕末には徳島藩とは別に新政府軍に従い一層溝が深まった淡路洲本城代稲田家
伯太藩(大庭寺藩・野本藩) 渡辺家1万3千500石 渡辺章綱 慶応四年に上洛し新政府軍に従った伯太藩
近江宮川藩 堀田家1万3千石 堀田正養 近江国内の諸藩が新政府に従ったためやむなく恭順した宮川藩
堅田藩 堀田家1万3千石 堀田正敦 藩政や城下町の整備に力を注いだが下野佐野へ移封のため廃藩
御牧藩 津田家1万3千石 津田信成 織田信長の一族で乱暴狼藉を家康に咎められ改易廃藩
山上藩 稲垣家1万3千石 稲垣太祥 当初佐幕派だったが途中から新政府に属した山上藩
清富藩 宮城家1万3千石 宮城豊嗣 無嗣断絶のため廃藩
峰山藩 京極家1万3千石 京極高陳 戊辰戦争ではいち早く新政府に恭順して許された峰山藩
吉見藩 遠藤家1万2千石 遠藤胤城 明治維新直後に陣屋を移転し立藩された吉見藩
三上藩 遠藤家1万2千石 遠藤胤城 徳川慶喜側近のため佐幕派を貫き領地没収となった三上藩
小泉藩 片桐家1万1千石 片桐貞篤 鳥羽・伏見の戦いでは新政府軍に京都守護を命じられた小泉藩
村岡藩 山名家1万1千石 山名義路 当主自ら尊王論者で新政府軍に従属した村岡藩
近江小室藩 小堀家1万630石 小堀政方 伏見奉行時代に民衆の怒りを買ったことで廃藩
福本藩 池田家1万573石 池田喜通 生野の変や長州征伐に参戦するも戊辰戦争では新政府軍に属した福本藩
安志藩 小笠原家1万石 小笠原貞孚 新政府の要請に応じて重臣を上洛させ恭順した安志藩
狭山藩 北条家1万石 北条氏恭 天誅組の乱に出兵したが早々に新政府軍に従った北条早雲の末裔 狭山藩
興留藩 松平家1万石 松平信通 本家の家督相続の上備中庭瀬藩へ転封となり廃藩
櫛羅藩 永井家1万石 永井直哉 幕末に新庄から櫛羅へ藩庁を移し名を改めた藩
三草藩 丹羽家1万石 丹羽氏中 新政府の要請に応じて上洛し戊辰戦争では軍資金を献上した三草藩
山家藩 谷家1万石 谷衛滋 新政府の要請に応じ上洛し西園寺公望率いる山陰道鎮撫軍に従った山家藩
山崎藩 本多家1万石 本多忠鄰 第一次長州征伐では大きな戦果をあげた山崎藩
芝村藩 織田家1万石 織田長易 天誅組の乱で戦功をあげるもその後新政府に属した芝村藩
小野藩 一柳家1万石 一柳末徳 戊辰戦争では新政府軍に帰順し北越戦争に参戦した小野藩
西代藩 本多家1万石 本多忠統 伊勢国神戸藩に転封となり廃藩
大森藩 最上家1万石 最上義智 出羽山形藩から移封し幼少のため藩地半減により廃藩
大和新庄藩 永井家1万石 永井直壮 陣屋を櫛羅へ移し櫛羅藩と改称
谷川藩 桑山家1万石 桑山清晴 幕府の勘気を受けて廃藩 所領は本藩の御所藩が吸収
丹南藩 高木家1万石 高木正坦 新政府の上京要請に応じて上洛し新政府軍に従った丹南藩
田原本藩 平野家1万石 平野長裕 賤ヶ岳の七本槍の一人平野長泰の末裔が幕末に藩として認められた田原本藩
陶器藩 小出家1万石 小出重興 無嗣改易となるが家名は存続した小出家
播磨新宮藩 池田家1万石 池田邦照 末期養子が認められず寄合旗本となった新宮藩
彦根新田藩(彦根藩支藩) 井伊家1万石 井伊直定 井伊彦根藩宗家を継いだため廃藩
姫路新田藩 酒井家1万石 酒井忠全 幼年で死去し嗣子がないため廃藩
麻田藩 青木家1万石 青木重義 いち早く上洛し新政府支持を表明した麻田藩
味舌藩 織田家1万石 織田長好 織田有楽斎の孫で嗣子がなく廃藩
柳生藩 柳生家1万石 柳生俊益 初代柳生宗矩から将軍の剣術指南役を務め幕末を迎えた柳生藩
柳本藩 織田家1万石 織田信及 天誅組の乱の鎮圧に関わったとされ、戊辰戦争で新政府軍に属した柳本藩
竜田藩 片桐家1万石 片桐為次 片桐且元に始める藩だが片桐為次が若くして死去し無継嗣のため廃藩
林田藩 建部家1万石 建部政世 いち早く新政府に従い姫路藩征伐に参戦した林田藩
【現地取材】郡山城を歩く|百万石の城を十五万石の柳沢家が守った、雨の石垣とさかさ地蔵
出石藩 仙石家3万石 仙石政固 幕府から家老を押し付けられたがこれを切腹 新政府軍に属した出石藩

石高で見ると

十万石を超えるのは七藩です。紀州藩(五十五万五千石)、彦根藩(二十三万石)、佐和山藩(一十八万石)、郡山藩(一十五万一千石)、姫路藩(一十五万石)、淀藩(一十万二千石)、大坂藩(一十万石)。

いちばん小さいのは出石藩の石です。近畿の藩は、数万石の小さな藩が大半を占めます。

この一覧の数え方について

  • 支藩も一つとして数えています。この地方では一藩がそれにあたります。
  • 幕末より前に廃藩・移封になった藩も含めています。表の「幕末のうごき」に「移封のため廃藩」などと書いてあるものは、幕末の時点では藩として存在していません。
  • 石高は当サイトの各藩ページに記した数字です。表高・内高・最終的な高は資料によって違いがあります。

参考にした資料

  • 当サイトの各藩ページ(典拠は各ページの参考資料に記載)
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