三日月藩/森家1万5千石:森俊滋 戊辰戦争では新政府軍として東北遠征にまで参戦した三日月藩

三日月藩 森家1万5千石 最後の藩主 森俊滋
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三日月藩の歩み

元禄十年(1697年)、宗家の美作国津山藩「森家」の改易にともない、津山新田藩主「森長俊」が同じ石高の一万五千石を与えられ三日月藩を立藩しました。佐用郡・揖西郡・宍粟郡内の一部を領有し、明治維新までこの地を統治しました。中でも5代藩主「快温」は寛政七年(1795年)私財を投じて藩校「廣業館」を開きました。

慶応四年(1868年)一月十八日、新政府の要請に応じて上洛し、新政府支持の姿勢を示します。そして同年二月四日、新政府から二条城の守備を命じられます。また、戊辰戦争が勃発すると新政府軍として東北遠征に参戦しています。

明治四年(1871年)廃藩置県により三日月県となります。姫路県・飾磨県を経て兵庫県に編入されました。藩主家は明治二年(1869年)華族に列し明治十七年(1884年)子爵となりました。

森家の三日月藩

三日月藩は、播磨国佐用郡(現在の兵庫県佐用町)に置かれた一万五千石の藩で、藩主は森家、三日月の地に陣屋を構えました。森家は、織田信長に仕えた森一族の流れをくむ家柄で、津山藩森家の分家として播磨の一角を治めていました。

東北遠征への参戦

戊辰戦争において三日月藩は新政府軍に加わり、遠く東北への遠征にまで兵を送って戦いに参加しました。西国の小藩でありながら、はるばる東北の戦線にまで加わったその働きは、新政府のもとに全国の諸藩が動員されていった戊辰戦争の様相をよく伝えています。

陣屋の物見櫓と表門が、元の場所に戻っています

乃井野陣屋でただ一つ残った江戸時代の建物

三日月藩の陣屋は、佐用郡三日月の乃井野に置かれました(日本大百科全書)。佐用町公式によれば、陣屋の物見櫓は元禄年間に陣屋ができてしばらく後に建てられたと考えられ、弘化二年(1845年)に柱を替えたという墨書が残っています。乃井野陣屋で唯一現存する江戸時代の建物です。平成十三年に元の位置へ移築復原され、翌平成十四年に町の指定文化財となりました。

寺の山門になっていた表門

陣屋の表門は1774年ごろの建築とされます。明治九年(1876年)に西法寺の山門として移されていましたが、平成二十九年度に元の位置の近くへ復原され、2018年12月25日に佐用町の有形文化財に指定されました(文化遺産オンライン)。明治のはじめに寺へ移った門が、百四十年ほどたって陣屋の場所へ戻ったことになります。

慶応二年の練兵場と「捷兵隊」

日本大百科全書は、三日月藩が1866年(慶応二年)に城下に練兵場をつくり、農兵隊「捷兵隊」を訓練したと記しています。戊辰戦争では征討軍に加わり、越後・出羽方面へ出兵しました。上の段の「東北遠征」は、この越後・出羽への出兵のことです。

最後の藩主俊滋と、子爵を受けた長祥

最後の藩主森俊滋は、嘉永元年(1848年)九月に父長国の隠居で家督を継ぎました。生年は天保四年とも天保六年ともされます(Wikipedia)。俊滋は明治十二年(1879年)六月九日に亡くなっており、明治十七年の華族令より前です。そのため子爵となったのは、跡を継いだ長祥でした。藩校広業館は、寛政七年(1795年)に五代快温が開いています(日本大百科全書)。

練兵場で農兵を鍛え、越後・出羽へ兵を出した藩の陣屋跡には、いま物見櫓と表門がそろっています。

信長に仕えた森一族の物語

三日月藩の森家は、織田信長に仕えた森可成(よしなり)に始まる一族です。可成は信長の美濃攻めのころからの重臣で、元亀元年(1570)、近江の宇佐山城を守って浅井・朝倉の大軍と戦い、討ち死にしました。その子たちも、信長と運命をともにします。長男の可隆は越前の戦いで、次男の長可は「鬼武蔵」と呼ばれた猛将でしたが小牧・長久手の戦いで、そして信長の小姓として知られる三男の蘭丸(成利)と、その弟の坊丸・力丸は、天正十年(1582)の本能寺の変で信長とともに命を落としました。

兄弟のなかでただ一人生き残ったのが、末の弟の森忠政です。忠政は豊臣秀吉、ついで徳川家康に仕え、慶長八年(1603)に美作の津山十八万六千石の大名となりました。三日月藩は、この津山の森家の分家です(同じく津山から分かれた関家については美作宮川藩を参照)。

森家の幕末—播磨の赤穂藩と三日月藩

津山の本家は元禄十年(1697)に改易されましたが、森一族は播磨の赤穂藩と三日月藩の二家が大名として残り、幕末を迎えています。赤穂は、元禄の浅野家断絶のあと宝永三年(1706)に森家が入った城で、幕末には藩内の対立から家老が暗殺される事件も起きました(赤穂については現地取材の記事でも紹介しています)。本能寺で信長とともに散った蘭丸の一族は、播磨の二つの藩で、徳川の時代の終わりを迎えたのでした。

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