当サイトが個別のページを持つ中国地方の藩は、支藩や途中で廃藩になったものを含めて四十二あります。いちばん大きいのが広島藩の四十二万六千石です。
下の表は、その四十二を石高の大きい順に並べたものです。藩の名前をたどれば、その藩の個別ページへ進めます。
目次
中国地方の藩一覧(石高順・四十二藩)
| 藩 | 藩主家・石高 | 最後の藩主 | 幕末のうごき |
|---|---|---|---|
| 広島藩(芸州藩) | 浅野家42万6千石 | 浅野長訓 | 軍を京都に送るも鳥羽・伏見の戦いには参戦しなかった広島藩 |
| 長州藩(萩藩、毛利藩) | 毛利家36万石 | 毛利元徳 | 鳥羽・伏見の戦いを制し戊辰戦争を戦い抜いた長州藩 |
| 鳥取藩 | 池田家32万5千石 | 池田慶徳 | 戊辰戦争では新政府に与し河田左久馬・北垣晋太郎らを輩出した鳥取藩 |
| 岡山藩 | 池田家31万5千石 | 池田章政 | 新政府軍に与し関東・東北・函館戦争まで藩兵を派遣した岡山藩 |
| 松江藩 | 松平家18万6千石 | 松平定安 | ご親藩のため藩論が割れたが結局は新政府軍に従った松江藩 |
| 津山藩 | 松平家10万石 | 松平慶倫 | 幕末時は尊皇攘夷派を排斥したが無事に戊辰戦争を乗り切った津山藩 |
| 備後福山藩 | 阿部家10万石 | 阿部正桓 | 函館戦争に参加し榎本脱走軍と戦った福山藩 |
| 浜田藩 | 松平家6万1千石 | 松平武聰 | 長州藩大村益次郎の軍に惨敗し城を捨てて敗走した浜田藩 |
| 米子藩 | 加藤家6万石 | 加藤貞泰 | 伊予大洲藩へ転封のため廃藩 |
| 黒坂藩 | 関家5万石 | 関一政 | 家中の内紛により改易・廃藩 |
| 三次藩(広島藩支藩) | 浅野家5万石 | 浅野長寔 | 幼年で没したため継嗣断絶し廃藩 |
| 長府藩(長州藩支藩) | 毛利家5万石 | 毛利元敏 | 下関戦争や戊辰戦争を本藩と共に戦った長府藩 |
| 備中松山藩 | 板倉家5万石 | 板倉勝静 | 老中主座を務めた藩主自ら函館五稜郭まで転戦した備中松山藩 |
| 津和野藩 | 亀井家4万3千石 | 亀井茲監 | 長州藩の隣藩ということもあり早くから新政府に属した津和野藩 |
| 徳山藩(下松藩、長州藩支藩) | 毛利家4万石 | 毛利元蕃 | 鳥羽・伏見の戦いから奥羽戦争 函館戦争にも参戦した徳山藩 |
| 岩国藩(長州藩支藩) | 吉川家3万石 | 吉川経幹 | 四境戦争では芸州口で幕府軍を撃退した岩国藩 |
| 広瀬藩(松江藩支藩) | 松平家3万石 | 松平直巳 | 幕末では佐幕派と勤皇派で混乱した広瀬藩 |
| 広島新田藩(広島藩支藩) | 浅野家3万石 | 浅野長厚 | 戊辰戦争では広島藩宗家と行動をともにした広島新田藩 |
| 鹿奴藩(鳥取藩支藩、鳥取東館新田藩) | 池田家3万石 | 池田徳澄 | 戊辰戦争では本家鳥取藩と共に新政府軍に与した鹿奴藩 |
| 倉吉藩 | 里見家3万石 | 里見忠義 | 名門里見氏が安房国から移封され立藩された倉吉藩 |
| 鶴田藩 | 松平家2万8千石 | 松平武聰 | 旧浜田藩主松平武聰が長州藩に追われ飛地まで撤退して立藩 |
| 鴨方藩(岡山藩支藩) | 池田家2万5千石 | 池田政保 | 岡山藩宗家と行動をともにした鴨方藩 |
| 足守藩 | 木下家2万5千石 | 木下利恭 | 備中松山藩討伐軍に加わり大坂で適塾を開いた緒方洪庵を輩出した足守藩 |
| 美作勝山藩 | 三浦家2万3千石 | 三浦顕次 | 譜代大名だが佐幕同盟を脱して新政府に従った勝山藩 |
| 矢橋藩 | 市橋家2万1300石 | 市橋長勝 | 越後三条藩へ加増転封のため廃藩 |
| 児島藩 | 池田家2万石 | 池田恒元 | 山﨑藩主が不在のため山﨑へ移封となり廃藩 |
| 若桜藩 | 池田家2万石 | 池田徳定 | 山崎家の若桜藩と若桜鬼ヶ城、城も陣屋もなかった二万石 |
| 若桜藩(鳥取藩支藩、鳥取西館新田藩) | 池田家2万石 | 池田徳定 | 禁門の変では幕府軍として戦うも戊辰戦争では鳥取藩と共に新政府に従った若桜藩 |
| 西江原藩 | 森家2万石 | 森長直 | 赤穂藩へ移封のため廃藩 |
| 津山新田藩(津山藩支藩) | 森家蔵米2万俵 | 森長基 | 病と偽り江戸へ参府を怠ったため廃藩 |
| 庭瀬藩 | 板倉家2万石 | 板倉勝弘 | 戊辰戦争では伊予松山藩攻めにも参戦した庭瀬藩 |
| 美作宮川藩(津山藩支藩) | 関家1万8700石 | 関長治 | 本藩である津山藩の廃藩に伴い新見藩へ移封となり廃藩 |
| 新見藩 | 関家1万8千石 | 関長克 | 岡山藩と共に備中松山藩征伐に赴いた新見藩 |
| 生坂藩(岡山藩支藩) | 池田家1万5千石 | 池田政礼 | 新政府軍に従い大津警備や尾張藩への進軍で功をあげた生坂藩 |
| 成羽藩 | 山崎家1万2千石 | 山崎治敏 | 幕末に藩領を見直され1万2千石あまりとなり再立藩した成羽藩 |
| 岡田藩 | 伊東家1万343石 | 伊東長 | 𫡰 岡山藩の勧めで新政府に帰順し備中松山藩の追討に加わった岡田藩 |
| 吉永藩 | 加藤家1万石 | 加藤明友 | 加増の上水口藩へ移封のため廃藩 |
| 鹿野藩 | 池田家1万石 | 池田政直 | 播磨国福本へ移封のため廃藩 |
| 松江新田藩(松江藩支藩) | 松平家1万石 | 松平近憲 | 本藩を継いだため廃藩 |
| 清末藩(長府藩支藩) | 毛利家1万石 | 毛利元純 | 石州口指揮官として大村益次郎と共に幕府軍を撃破した清末藩 |
| 浅尾藩 | 蒔田家1万石 | 蒔田広孝 | 京都見廻役として禁門の変で長州兵を撃退した浅尾藩 |
| 母里藩(松江藩支藩) | 松平家1万石 | 松平直哉 | 第一次長州征伐では消極的な態度に終始した母里藩 |
石高で見ると
十万石を超えるのは七藩です。広島藩(四十二万六千石)、長州藩(三十六万石)、鳥取藩(三十二万五千石)、岡山藩(三十一万五千石)、松江藩(一十八万六千石)、津山藩(一十万石)、備後福山藩(一十万石)。
いちばん小さいのは母里藩の一万石です。中国地方の藩は、数万石の小さな藩が大半を占めます。
この一覧の数え方について
- 支藩も一つとして数えています。この地方では一十五藩がそれにあたります。
- 幕末より前に廃藩・移封になった藩も含めています。表の「幕末のうごき」に「移封のため廃藩」などと書いてあるものは、幕末の時点では藩として存在していません。
- 石高は当サイトの各藩ページに記した数字です。表高・内高・最終的な高は資料によって違いがあります。
参考にした資料
- 当サイトの各藩ページ(典拠は各ページの参考資料に記載)


