北陸・信越の藩一覧(幕末)—五十九藩を石高順に。藩主家・最後の藩主・幕末のうごき

当サイトが個別のページを持つ北陸・信越の藩は、支藩や途中で廃藩になったものを含めて五十九あります。いちばん大きいのが加賀藩の百二万五千石です。

下の表は、その五十九を石高の大きい順に並べたものです。藩の名前をたどれば、その藩の個別ページへ進めます。

目次

北陸・信越の藩一覧(石高順・五十九藩)

藩 藩主家・石高 最後の藩主 幕末のうごき
加賀藩(金沢藩) 前田家102万5千石 前田慶寧 鳥羽・伏見の戦い以降方針を新政府側へ決めた加賀藩
福井藩(越前藩) 松平家32万石 松平茂昭 前藩主慶永(春嶽)とともに、大政奉還・鳥羽・伏見の戦い後は新政府軍に与した越前藩
七尾藩 前田家21万5千石 前田利政 関ヶ原の戦いで西軍に与したため改易 兄利長に吸収された七尾城
越後高田藩 榊原家15万石 榊原政敬 新政府軍に恭順するも一部の藩士は神木隊を結成し脱藩
小浜藩 酒井家10万3千石 酒井忠義 鳥羽・伏見の戦いの敗戦以降新政府軍に恭順した小浜藩
松代藩(川中島藩) 真田家10万石 真田幸民 早くから倒幕藩として北越戦争・奥羽戦争に参加した松代藩
新発田藩 溝口家10万石 溝口直正 北越戦争では同盟軍を裏切り新政府軍へ身を投じた新発田藩
大聖寺藩(加賀藩支藩) 前田家10万石 前田利鬯 鳥羽・伏見の戦い敗戦後佐幕一色から新政府軍に恭順した大聖寺藩
富山藩(加賀藩支藩) 前田家10万石 前田利同 加賀藩宗家から迎えられた最後の藩主前田利同
蔵王堂藩 堀家8万石 堀直寄 長岡藩へ移封のため廃藩
長岡藩 牧野家7万4千石 牧野忠訓 河井継之助が新政府軍に徹底抗戦した長岡藩
松本藩 松平家6万石 松平光則 天狗党の乱・北越戦争・会津戦争へ参戦した松本藩
上田藩 松平家5万3千石 松平忠礼 新政府軍に与して北越戦争や会津戦争に参戦した上田藩
越前松岡藩 松平家5万石 松平昌勝 昌勝が福井本家を継いだため廃藩
丸岡藩 有馬家5万石 有馬道純 いち早く新政府軍に恭順して家名を保った丸岡藩
坂戸藩 堀家5万石 堀直寄 信濃国飯山藩4万石に減移封され廃藩
長峰藩 牧野家5万石 牧野忠成 長岡藩へ加増転封のため廃藩
高井野藩 福島家4万5千石 福島正利 福島正則の末子正利が死去し無嗣断絶となった福島家
鯖江藩 間部家4万石 間部詮道 井伊直弼と共に安政の大獄を断行し桜田門外の変後は減封された鯖江藩
大野藩 土井家4万石 土井利恒 早くから西洋学を採り入れ軍備も当時新式だった越前大野藩
高遠藩 内藤家3万3千石 内藤頼直 新政府軍に与して北越戦争・会津戦争に参戦した高遠藩
葛野藩 松平家3万石 松平頼方 頼方(徳川吉宗)が紀州本家の跡を継いだため廃藩
高井藩(尾張藩支藩) 松平家3万石 松平義行 領地換えにより高須藩が立藩されて廃藩
坂木藩 板倉家3万石 板倉重寛 陸奥福島藩へ移封のため廃藩
諏訪藩(高島藩) 諏訪家3万石 諏訪忠礼 天狗党の乱鎮圧や北越戦争・会津戦争に参戦した諏訪藩
村松藩 堀家3万石 堀直弘 藩主直賀は同盟に従い米沢へ逃れ、勤王派が直弘を立てて降伏した村松藩
吉江藩 松平家2万5千石 松平昌明 昌明が福井藩本家を継ぐことで廃藩
木本藩 松平家2万5千石 松平直良 越前勝山藩へ加増転封となったため廃藩
三条藩 稲垣家2万3千石 稲垣重綱 三河国刈谷藩へ移封のため廃藩
越前勝山藩 小笠原家2万2千石 小笠原長守 オランダ式軍制を採用して戊辰戦争に挑んだ勝山藩
高森藩 松平家2万石 松平宗胡 無嗣断絶のため廃藩
信濃中村藩 岩城家2万石 岩城吉隆 出羽亀田藩に加増転封のため廃藩
藤井藩 稲垣家2万石 稲垣重綱 越後三条藩へ加増転封のため廃藩
飯山藩 本多家2万石 本多助寵 旧幕府軍の衝鋒隊に城下を席捲された飯山藩
与板藩 井伊家2万石 井伊直安 井伊宗家の新政府恭順に伴い与板藩も恭順
長沼藩 佐久間家1万8千石 佐久間勝親 仮病で出仕しなかった罪で改易された長沼藩
埴科藩(松代藩支藩) 真田家1万7千石 真田信重 嗣子がないことで松代藩に吸収され廃藩
田野口藩(竜岡藩五稜郭) 松平家1万6千石 松平乗謨 函館五稜郭と並び龍岡五稜郭を築城した龍岡藩
岩村田藩 内藤家1万5千石 内藤正誠 新政府軍に与して宇都宮城の戦いや北越戦争に参戦した岩村田藩
小諸藩(越後国長岡藩支藩) 牧野家1万5千石 牧野康済 赤報隊と戦闘し新政府に罰せられた小諸藩
飯田藩 堀家1万5千石 堀親義 佐幕派の家臣を新政府に差し出し恭順した飯田藩
三根山藩(長岡藩支藩) 牧野家1万1千石 牧野忠泰 宗家長岡藩の落城により恭順
近藤藩 近藤家1万石 近藤重直 近藤政成が死去し重直が跡を継ぐが幼少のため減封の上廃藩
高柳藩 丹羽家1万石 丹羽薫氏 播磨三草藩へ移封のため廃藩
黒川藩(郡山藩支藩) 柳沢家1万石 柳沢光邦 会津藩の誘いを受け奥羽越列藩同盟に加わるも消極的だったため家名を存続した黒川藩
三日市藩(郡山藩支藩) 柳沢家1万石 柳沢徳忠 新発田藩と共に新政府軍へ協力した三日市藩
糸魚川藩 松平家1万石 松平直静 越前福井藩の支藩
須坂藩 堀家1万石 堀直明 戊辰戦争直前に新政府軍へ方針転換し北関東の戦いや北越、会津戦争に出兵した須坂藩
西谷藩 水野家1万石 水野勝長 福山藩の断絶を受け家名を継ぐため能登に立てられた西谷藩
大聖寺新田藩(大聖寺藩支藩) 前田家1万石 前田利昌 将軍綱吉葬儀中に柳本藩主織田秀親を殺害し改易・廃藩
沢海藩(新発田藩支藩) 溝口家1万石 溝口政親 素行の悪さから改易・廃藩
椎谷藩 堀家1万石 堀之美 戊辰戦争では北越戦争の激戦の地となった椎谷藩
敦賀藩(小浜藩支藩) 酒井家1万石 酒井忠経 本家小浜藩と違い一貫して新政府軍に与した敦賀藩
能登下村藩 鳥居家1万石 鳥居忠英 近江水口藩へ加増転封のため廃藩
布市藩 土方家1万石 土方雄久 前田利長との領地交換により石崎藩を立藩し廃藩
安居藩
奥仁科藩(松本藩支藩) 石川家1万5千石 石川康勝 大久保長安事件に連座して改易された松本藩と奥仁科藩
高浜藩
東郷藩

石高で見ると

十万石を超えるのは九藩です。加賀藩(百二万五千石)、福井藩(三十二万石)、七尾藩(二十一万五千石)、越後高田藩(一十五万石)、小浜藩(一十万三千石)、松代藩(一十万石)、新発田藩(一十万石)、大聖寺藩(一十万石)、富山藩(一十万石)。

いちばん小さいのは東郷藩の石です。北陸・信越の藩は、数万石の小さな藩が大半を占めます。

この一覧の数え方について

  • 支藩も一つとして数えています。この地方では一十二藩がそれにあたります。
  • 幕末より前に廃藩・移封になった藩も含めています。表の「幕末のうごき」に「移封のため廃藩」などと書いてあるものは、幕末の時点では藩として存在していません。
  • 石高は当サイトの各藩ページに記した数字です。表高・内高・最終的な高は資料によって違いがあります。

参考にした資料

  • 当サイトの各藩ページ(典拠は各ページの参考資料に記載)
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