武笠祐左衛門とは何をした人物か—小栗家の用人、主の首を大宮へ運んだと伝わる小姓・銀之助の父

小栗家の屋敷で帳面と算盤に向かう用人と、控える若い小姓のイラスト

この記事で紹介する武笠祐左衛門は、2027年NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』(2027年1月10日放送開始/主演・松坂桃李)に登場します。▶ 大河『逆賊の幕臣』特集に、関連記事とキャスト一覧をまとめています。

小栗忠順の家には、当主のそばで家の切り盛りを任された家臣がいました。2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』でANIさんが演じる、家老格の武笠祐左衛門(むかさ ゆうざえもん)です。史料に残る記録は多くありませんが、さいたま市大宮の郷土の伝承には、この人と息子の名が残っています。小栗が斬られたあと、主の首を抱えて大宮の菩提寺まで運んだとされる小姓・銀之助は、祐左衛門の息子だというのです。

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小栗家の用人だった武笠祐左衛門

祐左衛門は、地元の郷土史では小栗上野介の用人として出てきます。用人とは、旗本の家で金銭の出し入れや奉公人の差配、他家とのやりとりなど、家の中のことを一手に引き受ける家臣のことです。小栗家は家禄二千五百石の大きな旗本でしたから、屋敷に仕える人も多く、その台所を預かる用人の役目は軽くありませんでした。

大河の発表では、祐左衛門は忠順の父・忠高の代から小栗家に仕え、二千五百石の旗本家の内情を隅々まで知る、用心深く堅実な実務家として描かれます。物価高で家計は火の車でも、厳格で誠実な人柄が家に安心感を与えている、という人物像です。忠高については小栗忠高とは何をした人物かに書いています。

妻の実家は大宮・土屋村の永田家

小栗家は、江戸の屋敷とは別に、武蔵国足立郡(いまのさいたま市)にも知行地を持っていました。大成村の普門院は小栗家の菩提寺で、初代の小栗忠政以来の墓が並んでいます。この土地と小栗家のつながりは小栗家のルーツに詳しく書きました。

大宮の郷土史の会がまとめた資料によると、祐左衛門の妻の実家は、土屋村(いまのさいたま市西区土屋)の永田家でした。小栗家の家臣と、知行地の周りの村の家とが、縁組でつながっていたことになります。

権田村へ行けなかった父と、代わりに行った息子

慶応四年(1868年)正月、鳥羽伏見の戦いのあとで小栗は勘定奉行を罷免され、三月には知行地の上州権田村へ移ります。このとき祐左衛門は病気で、妻の実家の永田家に身を寄せていたと伝わります。そこで、自分の代わりに息子の銀之助(銀之介、銀介とも書かれます)を小栗のもとへ遣わしました。

普門院がまとめた『普門院とむかしむかし』では、銀之助は十五歳の小姓で、美少年だったと書かれています。小栗はこの権田村への道中で普門院に立ち寄り、永代供養料を納めていったという話も残っています。

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主の首を抱えて—銀之助と普門院の伝承

閏四月六日、小栗は取り調べもないまま、烏川の水沼河原で斬られました。家臣の荒川祐蔵らもともに命を落としています。その経緯は小栗忠順はなぜ斬られたのかにまとめました。

普門院の伝承では、このとき銀之助は年少のため命を助けられ、夜中に主の首を抱えて大宮へ向かい、普門院の大猷和尚のもとへ届けたとされています。官軍をはばかって墓標も立てられず、丸い石を置いただけの墓にしたといいます。普門院にはいまも、小栗の首を葬ったと伝わる塚があります。

ただし、首の行方には別の話もあります。権田村の東善寺には、村人たちが首を取り返して寺に葬ったという記録が伝わっていて、いまの小栗の墓は東善寺にあります(東善寺と小栗上野介の墓)。どちらの話にもそれぞれの寺と土地の伝えがあり、ここで一方に決めることはできません。四つのゆかりの地の関係は小栗上野介をしのぶ四つの場所で整理しています。

「鼻の銀介さん」—その後の銀之助

生き延びた銀之助は、母の実家である永田家に身を寄せたと『埼玉史談』は伝えています。『大宮市史』には「鼻の銀介さん」という項目があり、のちに三室村(いまのさいたま市緑区)の村長になったことが書かれています。主の最期を見届けた少年が、明治の村をまとめる役に就いたわけです。

父の祐左衛門と息子の銀之助については、河野正男『小栗上野介をめぐる秘話』(2000年)に「小栗上野介と武笠祐左衛門父子」という章があり、銀之助の晩年の写真も載っています。国立国会図書館のレファレンス協同データベースにも、これらの資料が紹介されています。

大河『逆賊の幕臣』の武笠祐左衛門

演じるのは、スチャダラパーのANIさんです。佐藤藤七(甲本雅裕さん)、荒川祐蔵(草川拓弥さん)らとともに、第六弾の出演者として発表されました。大河ドラマには初めての出演です。

ANIさんは、小栗家の屋敷があった駿河台が子どものころから通い慣れた場所で、縁を感じていると話しています。名のある英雄ではなく、激動の時代の「じゃない方」を描くという作品の考え方が自分に合う、とも語っていました。華やかな場面に出る人ではありませんが、小栗家の毎日を支え、最後まで主家とつながっていた一家として、物語の土台になる人物です。

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参考資料:歴史倶楽部北大宮「さいたま市の隠れた名所旧跡」、国立国会図書館レファレンス協同データベース「武笠銀之介について記述のある資料」、普門院「小栗上野介の最後」「普門院と小栗家」、ENCOUNT・TVガイドWebの番組発表記事ほか。年齢は数え年です。

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