この記事で紹介する小栗忠高は、2027年NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』(2027年1月10日放送開始/主演・松坂桃李)に登場します。▶ 大河『逆賊の幕臣』特集に、関連記事とキャスト一覧をまとめています。
大河ドラマ『逆賊の幕臣』では、北村有起哉さんが小栗忠順の父・小栗忠高を演じます(2026年2月24日発表)。
小栗忠高は、主人公・小栗忠順の父です。もとは旗本・中川家の四男で、隣の屋敷の小栗家に婿として入り、家を継ぎました。持筒頭などを務めたのち、新潟奉行として越後へ赴き、その任地で数え四十七歳で亡くなります。息子の忠順が幕府の表舞台に立つ前のことでした。2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』では、北村有起哉さんが演じます。
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小栗忠高とはどんな人か
- 生まれ:文化六年(1809年)。父は勘定奉行などを務めた旗本・中川忠英。その四男
- 小栗家へ:駿河台の隣家・小栗家の十代当主・忠清の娘、くに(邦子)の婿となり、小栗家を継ぐ
- 役職:持筒頭などをへて、嘉永七年(1854年)閏七月に新潟奉行
- 最期:安政二年(1855年)、任地の新潟で病没。数え四十七歳。墓は新潟市の法音寺
- 子:長男が忠順。父の死後、小栗家十二代の当主となる
中川家から、隣の小栗家へ
忠高の実家の中川家も、父の中川忠英も、幕府でよく知られた家と人でした。忠英は長崎奉行や勘定奉行、大目付を歴任した能吏で、長崎奉行のころに清の風俗をまとめた『清俗紀聞』を編んだことで名を残しています。
その四男に生まれた忠高は、家を継ぐ立場ではありません。忠高が迎えられたのは、江戸・駿河台の隣の屋敷に住む小栗家でした。当主の小栗忠清には男子がなく、娘のくにに婿を取って家を継がせることになったのです。三河以来の旗本で、のちの忠順の代には二千七百石を知行する家です。小栗家の歩みについては小栗家とは—三河以来の旗本は何石で、城はあったのかにまとめています。
婿養子の当主と、家付き娘の妻。大河の発表では、忠高は「温厚な『昼行燈』だが心に秘密を抱える」、くには「歯に衣着せぬ物言いの『小栗家の太陽』」と紹介されています。家の中での二人の力関係も、物語の見どころになりそうです。
息子・剛太郎の教育
文政十年(1827年)、忠高とくにのあいだに長男・剛太郎が生まれます。のちの小栗忠順です。
小栗家の屋敷の中には、儒学者・安積艮斎の私塾「見山楼」がありました。屋敷の一部を塾として貸していたのです。忠順は幼いころからこの塾で学び、剣術も直心影流を修めました。息子を、家にいながら一流の学問に触れられる環境で育てたことになります。忠順の若いころの歩みは小栗忠順はどう出世したのかをご覧ください。
▶ 「小栗家と家族」の記事
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- 鈴木京香さんが演じる小栗くに(忠順の母)とは何をした人物か—小栗家の家付き娘、六十三歳で山を越えた「小栗家の太陽」
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新潟奉行として越後へ
忠高は持筒頭などの役をへて、嘉永七年(1854年)閏七月、新潟奉行に任じられます。新潟は日本海側の大きな港で、この十年ほど前の天保十四年(1843年)、天保の改革の一つとして長岡藩の領地から幕府の直轄地に移され、奉行所が置かれたばかりの土地でした。抜け荷(密貿易)の取り締まりや、海の守りを固めるための役目です。
ちょうどペリーが二度目に来て日米和親条約が結ばれた年で、日本じゅうの港の守りが改めて問われていた時期にあたります。
任地での死
しかし忠高は、新潟に赴いてわずか一年ほどの安政二年(1855年)、病のために任地で亡くなりました。数え四十七歳。墓は新潟市の法音寺にあります。
忠高は生前、親しくしていた紙問屋の藤井忠太郎に五十両を預け、小栗家の先祖の祭りのための費用にあてるよう頼んでいたと伝えられます。家を継いだ婿養子として、家の祭りを絶やさないよう心を配っていたことがうかがえます。
父の死後の忠順
父が亡くなったとき、忠順は数え二十九歳でした。家督を継いだ忠順は、その四年後の安政六年(1859年)に目付となり、翌万延元年(1860年)には遣米使節の一員としてアメリカへ渡ります。父が越後の港の守りについた五年後、息子は太平洋を渡って、外国の港と造船所をその目で見ることになりました。
忠順の家族—母のくに、妻の道子、養子の忠道—については、小栗忠順の家族—妻は林田藩主の娘・道子、養子は駒井家の次男、子孫は遺児・国子から現在へに詳しく書いています。
大河『逆賊の幕臣』で北村有起哉さんが演じる小栗忠高—役どころと史実の見せ場
役どころ(NHKの発表):忠順の父。中川忠英の四男で小栗家の婿養子。温厚な「昼行燈」だが心に秘密を抱える
史実から見た見せ場:史実の忠高は中川家から婿に入った人で、新潟奉行在任中の安政二年(1855年)に任地で亡くなりました。息子が目付や奉行として活躍する姿を見ることはありませんでした。ドラマの「心に秘めた秘密」がどう描かれるかが見どころです。
演じるのは北村有起哉さんです。妻のくに(鈴木京香さん)、忠順の妻・みち(上白石萌音さん)らとともに、第三弾の「小栗家と、その周辺」として発表されました。「心に秘密を抱える」という紹介が何を指すのかは、まだ明かされていません。
小栗忠高の家族・先祖・子孫と最期—人物データ
| 家族 | 実父は中川忠英(NHKの紹介では四男)。小栗家に婿養子として入り、妻は小栗家の娘・くに。子は忠順 |
|---|---|
| 先祖・家 | 実家は旗本の中川家。入った先の小栗家は三河以来の旗本で二千五百石(小栗家とは) |
| 子孫 | 忠順を通じて、国子以降の小栗家に続きます |
| 最期 | 安政二年七月二十八日(1855年9月9日)、新潟奉行在任中に任地の新潟で病没。数え四十七歳 |
| 墓所 | 新潟市の法音寺に葬られたとされます |
小栗忠高の逸話
- 生前に祭祀の費用として五十両を新潟の商人に預けており、のちにそのお金が法音寺への支払いに充てられたと伝わります
北村有起哉さんの歴史ドラマ・映画への出演
北村有起哉さんの大河ドラマ出演は、今作で五作目です。
- 大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』(2011年)豊臣秀次
- 大河ドラマ『八重の桜』(2013年)秋月悌次郎
- 大河ドラマ『西郷どん』(2018年)大山格之助
- 映画『長州ファイブ』(2007年)井上馨(志道聞多)
- 映画『桜田門外ノ変』(2010年)
- 映画『駆込み女と駆出し男』(2015年)鳥居耀蔵
- 映画『関ヶ原』(2017年)井伊直政
※出演歴は公開されている出演作の一覧などをもとに、主なものを挙げています。
小栗忠順のゆかりの地をめぐる
小栗のゆかりの地は、東京・横須賀・埼玉・群馬に集まっています。姉妹サイト「日本の歴史旅ガイド」で、都内から回るモデルコースを紹介しています。
- 【現地取材】小栗上野介ゆかりの地を1日でめぐる|築地・雑司ヶ谷・大宮・倉渕の回り方とモデルコース、ゆかりの地一覧(回る順番と移動時間、エリア別の一覧)
- 【現地取材】小栗上野介の生まれた場所はどこ?生誕地・神田駿河台の小栗家屋敷跡と横須賀のゆかりの地(ヴェルニー公園の胸像と、烏川の河原から運ばれた記念石。神田駿河台の生誕地)
- 小栗上野介ゆかりの地 ― 東京・横須賀・埼玉・群馬をたどる(まとめ)
- 倉渕・東善寺をめぐるモデルコース(都内発・車で1泊2日。墓所の東善寺、最期の地、普門院の首塚)
- 横須賀の日帰りコース(都内発。軍港めぐりで、小栗が始めた造船所を海から見られます)
倉渕(高崎市)の東善寺や最期の地は駅から離れているので、高崎駅前でレンタカーを借りると回りやすくなります。各社の料金はじゃらんレンタカーで比べられます(PR)。
泊まりがけで回るなら、宿は高崎駅の周辺か、倉渕から車で40〜50分ほどの伊香保温泉が便利です。横須賀は横須賀中央駅のまわりに宿が集まっています。空き室はじゃらんnet(高崎駅周辺・伊香保温泉・横須賀中央)で探せます(PR)。
小栗忠順をもっと知る本
記事の内容をもっと知りたい方に、小栗忠順を扱った本を紹介します。
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2027年NHK大河ドラマ
『逆賊の幕臣』大河ドラマ特集
放送日・キャスト28人と相関・あらすじ・見どころから、主人公・小栗忠順の生涯とゆかりの地の現地写真まで、1ページで徹底解説しています。
▶ 大河『逆賊の幕臣』の登場人物を知る
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参考資料:Wikipedia日本語版「小栗忠高」「中川忠英」、NHKの番組発表ほか。年齢は数え年です。


