2027年NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』(2027年1月10日放送開始/主演・松坂桃李)の関連記事です。▶ 大河『逆賊の幕臣』特集に、関連記事とキャスト一覧をまとめています。
塚本真彦(つかもと まひこ)は、小栗上野介忠順に仕えた家臣です。万延元年(1860年)の遣米使節で小栗に従ってアメリカへ渡り、地球を一周して帰ってきました。幕末には小栗家の用人を務め、慶応四年(1868年)、小栗の養子・又一(忠道)とともに高崎で斬られています。数えで三十七歳でした。
大河ドラマ『逆賊の幕臣』の主人公・小栗のそばに、最後までいた家臣の一人です。どんな人だったのか、記録で確かめられることと伝わっていることを分けて紹介します。
塚本真彦とは—先に答え
| 読み方 | つかもと まひこ(東善寺の表記による) |
|---|---|
| 立場 | 小栗家の家臣。もとは小栗の妻・道子の実家、建部家の家臣で、道子に従って小栗家に入り、幕末には用人(家の切り盛りを預かる重臣)を務めました |
| 遣米使節 | 万延元年、小栗の従者九人の一人として渡米。このとき数え二十九歳 |
| 権田村 | 慶応四年、母や幼い子どもたちを連れて家族ぐるみで権田村へ移り住みました |
| 最期 | 慶応四年閏四月七日、又一とともに高崎で斬首。数え三十七歳。墓は東善寺にあります |
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建部家から小栗家へ
塚本真彦は、もともと播磨林田藩主・建部家の家臣でした。小栗の妻・道子は林田藩主の建部政醇の娘です。道子が小栗家に嫁いだとき、それに従って小栗家に移り、小栗家の家臣になったと東善寺は伝えています。
生まれた年を直接記した資料は見つかっていませんが、遣米使節のときに数え二十九歳、亡くなったときに数え三十七歳とされることから、天保三年(1832年)ごろの生まれと考えられます。
道子と建部家については上白石萌音さんが演じる、小栗忠順の妻・道子とはと飯尾和樹さんが演じる建部政醇とはで紹介しています。
二十九歳で地球を一周した
万延元年(1860年)、日米修好通商条約の批准書を交わすため、幕府はアメリカへ使節を送りました。目付として加わった小栗は、九人の従者を連れています。
- 吉田好三(用人)
- 塚本真彦
- 江幡祐蔵(のちの荒川祐蔵)
- 三好権三
- 福島恵三郎
- 三村広次郎
- 木村鉄太
- 佐藤藤七(権田村の名主)
- 木村浅蔵
このとき小栗家の用人として名を連ねたのは吉田好三で、塚本はまだ若い従者の一人でした。一行はポーハタン号で太平洋を渡り、ワシントンで条約の批准書を交わしたのち、大西洋からアフリカの喜望峰を回って帰国しました。日本人として早い時期に地球を一周した人々です。
この旅で日記を残したのは、福島恵三郎、木村鉄太、佐藤藤七らです。塚本の日記や手紙が残っているという記録は、見つかっていません。遣米使節については万延元年遣米使節とはで紹介しています。
小栗家の用人として
用人は、旗本の家の家政を取り仕切る重臣です。主人が幕府の役職を務めるあいだ、屋敷の切り盛りや家臣のまとめ役、知行所とのやりとりなどを担いました。
塚本は幕末には小栗家の用人を務めていたと、東善寺は伝えています。勘定奉行・外国奉行・軍艦奉行と目まぐるしく役職を移る小栗を、家の側から支えた人でした。
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家族ぐるみで権田村へ
慶応四年(1868年)正月、小栗は役職を解かれ、知行所の上州権田村へ移り住むことを決めます。三月一日、一行は権田村の東善寺に入りました。
東善寺の資料によれば、塚本も老いた母や赤ん坊、幼い娘たちを連れ、家族ぐるみで権田村へ移っています。高崎市の観光パンフレットは、権田村には小栗、塚本、荒川祐蔵、佐藤藤七と、アメリカ帰りが四人いて、村の若者の教育をめざしたと紹介しています。
小栗の日記には、塚本の名が出てきます。
- 四月二十九日:塚本真彦を三ノ倉まで遣わす。
- 閏四月二日:三ノ倉へ遣わした塚本からの知らせとして、四日に又一を高崎の城下へ連れて行き、そこから高崎藩の者が付き添って行田まで行く段取りであることが書かれています。
小栗の日記は、この閏四月二日で途切れています。塚本は、新政府軍の側との交渉の窓口として動いていたことがわかります。
又一とともに高崎で斬られる
高崎市の説明によれば、養子の又一は、父の命を受けて申し開きの使者として高崎へ向かいましたが、弁明は聞き入れられず、捕らえられました。
閏四月六日、小栗は権田村に近い烏川の水沼河原で斬られます。その翌日の閏四月七日、又一と家臣三人が高崎で斬られました。
- 塚本真彦(数え三十七歳)
- 沓掛藤五郎(二十五歳)
- 多田金之助(二十歳)
処刑の場所は、東善寺が「高崎城内」、高崎市が「高崎城下」としていて、資料によって書き方が異なります。又一の生涯は齋藤潤さんが演じる小栗忠道とはで、小栗の最期は小栗上野介はなぜ殺されたのかで詳しく取り上げています。
残された家族
塚本の家族のその後は、資料によって伝え方が大きく異なります。
- 母と幼い娘が、山中で命を落としたとする記録
- 妻が幼い娘二人とともに逃げる途中、娘たちが相間川のほとりで亡くなったとする説明(高崎市など)。相間川のほとりには、姉妹をしのぶ観音が立っています。
- 跡取りの男の子だけが生き延び、松井田の民家にたどり着いたとする説明(高崎市)
どれが正確なのかを決める材料は、いまのところ見つかっていません。主人に従って移り住んだ村で、家族もまた戦乱に巻き込まれたことだけは確かです。
東善寺に眠る
塚本真彦の墓は、権田村の東善寺にあります。戒名は「賢宗良哲居士」です。境内には、小栗父子の墓を中心に、ともに亡くなった家臣たちの墓が並び、塚本の母と娘の墓もあります。
東善寺の場所や行き方は東善寺と小栗上野介の墓で紹介しています。
大河ドラマ『逆賊の幕臣』では
2026年10月7日時点で、塚本真彦の配役は発表されていません。同じく遣米使節の従者だった荒川祐蔵は草川拓弥さん、佐藤藤七は甲本雅裕さんが演じます。権田村の場面や、又一の最期が描かれるなら、塚本が登場する可能性は高いでしょう。発表があればこの記事に追記します。
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2027年NHK大河ドラマ
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放送日・キャスト28人と相関・あらすじ・見どころから、主人公・小栗忠順の生涯とゆかりの地の現地写真まで、1ページで徹底解説しています。
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参考資料
東善寺(小栗上野介顕彰会)「遣米使節小栗の従者」「権田村での64日間」「小栗上野介情報」、戊辰殉難追悼録(東善寺の墓の記録)、高崎市「小栗上野介の関連史跡」、高崎市観光協会の小栗上野介パンフレット、ウィキペディア「万延元年遣米使節」。生年は年齢からの推定です。家族の最期と処刑の場所は資料によって記述が異なります。


