この記事は、2027年NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』(2027年1月10日放送開始/主演・松坂桃李)の関連記事です。▶ 大河『逆賊の幕臣』特集に、関連記事とキャスト一覧をまとめています。

東京・豊島区の雑司ヶ谷霊園は、夏目漱石や小泉八雲の墓があることで知られる都立霊園です。じつはここには、大河ドラマ『逆賊の幕臣』の主人公・小栗忠順の家の墓をはじめ、幕末の日本を動かした人たちの墓がいくつも眠っています。
日米修好通商条約を結んだ岩瀬忠震、咸臨丸で太平洋を渡ったジョン万次郎、幕府の外国奉行から新聞人になった成島柳北、日本の化学の祖・川本幸民。この記事では、小栗家の墓を中心に、雑司ヶ谷霊園で幕末の人たちをたずねて歩きます。
雑司ヶ谷霊園の幕末の墓—先に答え
| 人物 | どんな人 | 墓所 |
|---|---|---|
| 小栗家(小栗忠順) | 大河の主人公。小栗家の累代の墓 | (1種4B号5側付近) |
| 岩瀬忠震 | 日米修好通商条約を交渉・調印した幕府の目付 | 1種1号8側6番 |
| 中浜(ジョン)万次郎 | 漂流してアメリカで学び、咸臨丸の通訳を務めた | 1種15号19側1番 |
| 成島柳北 | 幕府の騎兵頭・外国奉行。明治に新聞人として活躍 | 1種4号A6側2番 |
| 川本幸民 | 蘭学者。日本の化学の祖 | 1種2号1側3番 |
墓所番号は豊島区の案内図によります。
▶ あわせて読みたい — 大河『逆賊の幕臣』関連
小栗家累代之墓—「絶えずに続いた家」の墓
小栗忠順の墓は、群馬県高崎市倉渕町の東善寺と、さいたま市大宮区の普門院にあります。では、雑司ヶ谷の墓は何なのでしょうか。
ここにあるのは「小栗家累代之墓」、つまり小栗家の代々の墓です。大正元年(1912年)、小栗の死後に会津で生まれた娘・国子の婿として家を継いだ貞雄が建てました。台石と裏面には、忠順、ともに斬られた養子の又一(忠道)、妻の道子らの名と略歴が刻まれています。
権田と大宮が「斬られた人」の墓だとすれば、雑司ヶ谷は「逆賊」の汚名を着せられながらも絶えずに続いた家の墓です。



現地で確かめると、小栗家累代之墓は「1種4B号5側」の札が立つ一角にありました。墓石の正面には、右から「小栗上野介」「妻 道子」「小栗貞雄」「妻 國子」の四人の名が並びます。上野介の名の横には「行年四十二歳」と刻まれていました。斬られた当人と、会津へ落ちのびた妻、そして家を再興した娘夫婦が、ここで一つの墓に眠っているのです。
▶ 小栗忠順の子孫はいるのか—ただ一人の遺児・国子から現在まで/小栗忠順の妻はどう会津へ落ちのびたのか
小栗とつながる、幕末の人たちの墓
岩瀬忠震—条約を結んだ外交官

幕府の目付として、アメリカ総領事ハリスと日米修好通商条約の交渉にあたり、安政5年(1858年)に調印しました。しかし安政の大獄で役を追われ、文久元年(1861年)に44歳で亡くなります。岩瀬が結んだ条約の批准のため、アメリカへ渡ったのが小栗たち遣米使節でした。
ジョン万次郎—咸臨丸の通訳

土佐の漁師の子で、14歳のとき漂流してアメリカの捕鯨船に助けられ、アメリカで教育を受けました。帰国後は幕府に召し抱えられ、万延元年(1860年)、咸臨丸の通訳として再び太平洋を渡ります。小栗と同じ文政10年(1827年)の生まれでした。
▶ 咸臨丸



成島柳北—外国奉行から新聞人へ

将軍に学問を講じる家に生まれた幕臣で、幕府の終わりには騎兵頭や外国奉行を務め、フランス式の騎兵の育成にも関わりました。明治になると新政府に仕えず、「朝野新聞」の社長として政府を批判する文章で人気を集めます。小栗と同じく、幕府のフランス式改革を担った一人でした。
川本幸民—日本の化学の祖

摂津三田藩の医師の家に生まれた蘭学者で、幕府の蕃書調所の教授を務めました。「化学」という言葉を広めた人とされ、日本で初めてビールを試作したとも伝わります。開国後の幕府が西洋の学問を取り入れるのを支えた学者です。
【現地取材】雑司ヶ谷霊園を歩く

雑司ヶ谷霊園はとても広く、小栗家の墓を探すのにはかなり苦労しました。ネットで調べた区画を頼りに歩き回り、最後は霊園で清掃をしていた方に教えていただいて、ようやくたどり着きました。訪れるなら、区画の札(「1種4B号5側」など)を目印に探すのがおすすめです。
霊園には無料の専用駐車場(8〜10台ほど)もあります。私たちは最初それを見つけられなかったので、車で行く人は事前に場所を確かめておくと安心です。
ジョン万次郎の墓は、立派な灯籠に囲まれた中濱家の墓所の中にありました。入口の緑色の案内札には「中浜万次郎 ジョン・万次郎 アメリカ文化紹介者、初めてアメリカに渡った日本人」と書かれ、墓碑には「贈正五位 中濱萬次郎」と刻まれています。じつはこの日の午後に訪ねた大宮の普門院には、漂流して帰国した万次郎を長崎で取り調べた長崎奉行・牧志摩守の墓もあり、その説明板にも万次郎の名が出てきます。一日のうちに、万次郎をめぐる二つの墓に出会ったことになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場所 | 東京都豊島区南池袋4丁目 |
| 最寄り駅 | 東京メトロ副都心線 雑司が谷駅、都電荒川線 雑司ヶ谷停留場 |
| 探し方 | 入口の案内図で区画番号を確かめてから歩く。「1種◯号◯側◯番」の順に番号札が立っている |
| あわせて行きたい | 雑司ヶ谷鬼子母神堂(国の重要文化財) |
小栗をしのぶ、ほかの場所
| 場所 | 何がある |
|---|---|
| 東善寺(群馬県高崎市倉渕町) | 小栗父子の墓(本墓と供養墓)、胸像 |
| 普門院(さいたま市大宮区) | 小栗家の墓、首塚と伝わる塚 |
| 雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区) | 小栗家累代之墓 |
| ヴェルニー公園(神奈川県横須賀市) | 小栗とヴェルニーの胸像 |
参考資料
- 豊島区「雑司ヶ谷霊園 著名人の墓所案内図」
- 写真:当サイト撮影、Wikimedia Commons
小栗忠順のゆかりの地をめぐる
小栗のゆかりの地は、東京・横須賀・埼玉・群馬に集まっています。姉妹サイト「日本の歴史旅ガイド」で、都内から回るモデルコースを紹介しています。
- 【現地取材】小栗上野介ゆかりの地を1日でめぐる|築地・雑司ヶ谷・大宮・倉渕の回り方とモデルコース、ゆかりの地一覧(回る順番と移動時間、エリア別の一覧)
- 【現地取材】小栗上野介の生まれた場所はどこ?生誕地・神田駿河台の小栗家屋敷跡と横須賀のゆかりの地(ヴェルニー公園の胸像と、烏川の河原から運ばれた記念石。神田駿河台の生誕地)
- 小栗上野介ゆかりの地 ― 東京・横須賀・埼玉・群馬をたどる(まとめ)
- 倉渕・東善寺をめぐるモデルコース(都内発・車で1泊2日。墓所の東善寺、最期の地、普門院の首塚)
- 横須賀の日帰りコース(都内発。軍港めぐりで、小栗が始めた造船所を海から見られます)
倉渕(高崎市)の東善寺や最期の地は駅から離れているので、高崎駅前でレンタカーを借りると回りやすくなります。各社の料金はじゃらんレンタカーで比べられます(PR)。
泊まりがけで回るなら、宿は高崎駅の周辺か、倉渕から車で40〜50分ほどの伊香保温泉が便利です。横須賀は横須賀中央駅のまわりに宿が集まっています。空き室はじゃらんnet(高崎駅周辺・伊香保温泉・横須賀中央)で探せます(PR)。
小栗忠順をもっと知る本
記事の内容をもっと知りたい方に、小栗忠順を扱った本を紹介します。
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2027年NHK大河ドラマ
『逆賊の幕臣』大河ドラマ特集
放送日・キャスト28人と相関・あらすじ・見どころから、主人公・小栗忠順の生涯とゆかりの地の現地写真まで、1ページで徹底解説しています。
▶ 大河『逆賊の幕臣』の登場人物を知る
- 宅麻伸さんが演じる徳川家慶とは何をした人物か—「そうせい様」と呼ばれた十二代、天保の改革と阿部正弘の抜擢、黒船十九日後の死
- ふかわりょうさんが演じる徳川家定とは何をした人物か—黒船の直後に将軍となった「お飾り」の十三代、ほんとうに暗愚だったのか
- 神尾楓珠さんが演じる徳川家茂とは何をした人物か—十三歳で将軍、和宮と結ばれ、二十一歳で大坂城に没した十四代
- 岩田剛典さんが演じる阿部正弘とは何をした人物か—二十七歳で老中首座、黒船に「みんなの意見」を聞いた宰相
- 北村一輝さんが演じる鳥居耀蔵とは何をした人物か—天保の改革の「妖怪」、蘭学者を陥れ、二十三年の幽閉を生き延びた南町奉行
- 柄本明さんが演じる徳川斉昭とは何をした人物か—攘夷の旗頭「烈公」、慶喜を将軍にしようと井伊直弼と争った水戸藩主
- 岡部たかしさんが演じる井伊直弼とは何をした人物か—埋木舎の部屋住みから大老へ、小栗忠順を世に出し桜田門外に散った人
- 中村雅俊さんが演じる安積艮斎とは何をした人物か—小栗家の屋敷で塾を開き、二千人を育てた儒学者
- 宮野真守さんが演じる滝川具挙とは何をした人物か—小栗家の隣人、鳥羽街道で「通せ」と押し問答した大目付
- 高橋光臣さんが演じる駒井朝温とは何をした人物か—小栗の三歳上の幼なじみ、次男を小栗家の養子に出した大目付
- 芝大輔さんが演じる朝比奈昌広とは何をした人物か—小栗と同い年、将軍家定のそばに仕え、長崎奉行・勘定奉行を務めた旗本
- 甲本雅裕さんが演じる佐藤藤七とは何をした人物か—世界一周した上州権田村の名主、五十四歳の遣米使節従者
- 草川拓弥さんが演じる荒川祐蔵とは何をした人物か—遣米使節の従者から、小栗とともに斬られた家臣へ
- ANIさんが演じる武笠祐左衛門とは何をした人物か—小栗家の用人、主の首を大宮へ運んだと伝わる小姓・銀之助の父
- 瀧内公美さんが演じる勝民子(たみ)とは何をした人物か—貧乏旗本の勝海舟を支え、「勝のそばには埋めないで」と遺した妻
- 青木崇高さんが演じる栗本鋤雲とは—箱館の医者からフランス通の幕臣へ、小栗忠順を書き残した人
- 大河『逆賊の幕臣』朝廷側のキャストが発表されました—孝明天皇・明治天皇・岩倉具視・鷹司政通とは何をした人か
あわせて読みたい
- 小栗忠順(小栗上野介)とは何をした人物か
- 小栗忠順と勝海舟—同じ幕府に仕えた二人は、なぜ正反対の道を選んだのか
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- 小栗忠順と勝海舟を比べる—石高・家格・役職の表でみる、二人の幕臣の階段と結末
- 小栗家とは—三河以来の旗本は何石で、城はあったのか
これから雑司ヶ谷霊園を訪ねる方へ
迷わないための区画番号(1種4B号5側)、電車・車での行き方と駐車場、トイレ、墓の前のようすなど、訪問の実用情報は姉妹サイト「日本の歴史旅ガイド」の【現地レポート】雑司ヶ谷霊園の小栗家の墓(豊島区)|区画番号・行き方・駐車場にまとめています。


