軍艦全140隻– category –
幕府と諸藩が持っていた幕末の軍艦・蒸気船・輸送船を一隻ずつ紹介しています。船の大きさや機関、買い入れた時期と値段、どの戦いで使われ、最後にどうなったのかを、資料の食い違いも含めて書いています。記録の少ない船はまとめて一つの記事にしました。
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軍艦全140隻
玄鳥丸【久留米藩 スクーナー輸送船 幕末軍艦】
玄鳥丸は久留米藩のバーク船。1866年8月に久留米藩が購入した木製帆船です。原名「スワルロー」長13間1尺・幅2間4尺・107トンで大砲が2門搭載されたいたと伝わります。 -
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大鵬丸【福岡藩 輸送船 幕末軍艦】
大鵬丸 藩名 福岡藩 藩主 黒田長溥 船種 バーク船 機関 帆走 備砲 0門 材質 木製 馬力 0馬力 写真 絵図 大鵬丸のイメージ(イラスト)。記録にある船の型(バーク船・帆走)をもとに描いたもので、実際の姿ではありません 藩主「黒田長溥」は藩主就任直後... -
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伊呂波丸(いろは丸)【大洲藩 スクリュー汽船 幕末軍艦】
伊呂波丸(いろは丸) 藩名 大洲藩 藩主 加藤挙幹 船種 スクリュー汽船 機関 蒸気内車 備砲 0門 材質 鉄製 馬力 不明 写真 無(イラスト) 伊呂波丸(いろは丸)のイメージ(イラスト)。記録にある船の型(スクリュー汽船・蒸気内車)をもとに描いたもの... -
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天保祿丸【宇和島藩 スクリュー汽船 幕末軍艦】
天保祿丸は宇和島藩のスクリュー汽船。原名「ペムブロック」・長22間・幅3間5尺・243トンです。どこで建造され、どこで購入したのかは不明です。所属した宇和島藩と、名君・伊達宗城この軍艦・天保祿丸を運用したのも、伊予の宇和島藩(伊達家)です。 -
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開産丸【宇和島藩 スクーナー船 幕末軍艦】
開産丸は宇和島藩のスクーナー船。原名「アルマー」長15間・幅3間5尺・131トンのアメリカ製。宇和島藩ではこの船で藩士の操船技術を磨いていました。 -
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若紫丸【土佐藩 砲艦 幕末軍艦】
若紫丸 藩名 土佐藩 藩主 山内容堂 船種 砲艦 機関 蒸気内車 備砲 0門 材質 木製 馬力 不明 写真 無 若紫丸のイメージ(イラスト)。記録にある船の型(砲艦・蒸気内車)をもとに描いたもので、実際の姿ではありません 1867年に土佐藩の参政「後藤象二郎」... -
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夕顔丸【土佐藩 輸送船 幕末軍艦】
夕顔丸は土佐藩の輸送船。原名スーイリン(朱林)・長36間・幅4間3尺・659トン。1863年イギリスで建造され、1867年2月29日英国商人オールドより15万5千ドルで土佐藩が購入した蒸気船です。 -
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箒木丸【土佐藩 輸送船 幕末軍艦】
箒木丸は土佐藩の輸送船。建造場所は不明で、長13間・巾3間・600トンの鉄製蒸気スクリュー船です。後に明治政府に献上されました。所属した土佐藩と、後藤象二郎この軍艦・箒木丸を運用したのも、土佐藩(山内家)です。 -
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羽衣丸【土佐藩 スクーナー級輸送船 幕末軍艦】
羽衣丸は土佐藩のスクーナー級輸送船。原名カツヒルチーフ。1860年に建造されたイギリス製の木製スクーナーで、土佐藩が長崎で13,500ドルを支払い購入しました。長19間・幅3間2尺・186トン。 -
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南海丸【土佐藩 スクリュー汽船 幕末軍艦】
南海丸 藩名 土佐藩 藩主 山内容堂 船種 スクリュー汽船 機関 蒸気内車 備砲 4門 材質 鉄製 馬力 100馬力 写真 絵図 南海丸のイメージ(イラスト)。記録にある船の型(スクリュー汽船・蒸気内車)をもとに描いたもので、実際の姿ではありません 1856年に... -
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蜻蛉丸【土佐藩 スクリュー汽船 幕末軍艦】
蜻蛉丸は土佐藩のスクリュー汽船。原名はスパンキー。1866年、英国商人オールドより土佐藩が購入した鋼鉄製の蒸気内車船です。所属した土佐藩と、武市半平太この軍艦・蜻蛉丸を運用したのも、土佐藩(山内家)です。 -
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胡蝶丸【土佐藩 輸送船 幕末軍艦】
胡蝶丸は土佐藩の輸送船。原名フーキン「福健」。1862年に建造され、長23間5・幅4間2・146トン。元治元年(1864年)2月1日に長崎にて薩摩藩がイギリスより7万5千ドルで購入した鉄製蒸気外輪船です。 -
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乙女丸【土佐藩 輸送船 幕末軍艦】
乙女丸は土佐藩の輸送船。原名は「オーサカ」。1866年に建造され、1867年に英国商人オールトから土佐藩が1万7千ドルで購入しました。長21間4尺・幅4間4尺・386トンでした。 -
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空蝉丸【土佐藩 輸送船 幕末軍艦】
空蝉丸は土佐藩の輸送船。建造場所不明です。国産とも伝わります。後に明治政府に献上したが、機械の破損が激しく修理を加えなければ遠洋に耐えられないと診断されました。 -
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戊辰丸【徳島藩 スクリュー汽船 幕末軍艦】
戊辰丸は阿波徳島藩のスクリュー汽船。幕末から明治初年に徳島藩が所有していた船は運輸船3隻であり、そのうち1隻は木造帆船の「通済丸」で2隻は木造汽船の「乾元丸」と「戊辰丸」でした。 -
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通済丸【徳島藩 スクーナー船 幕末軍艦】
通済丸は阿波徳島藩のスクーナー船。幕末から明治初年に徳島藩が所有していた船は運輸船3隻であり、そのうち1隻は木造帆船の「通済丸」で2隻は木造汽船の「乾元丸」と「戊辰丸」でした。 -
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乾元丸【徳島藩 スクリュー汽船 幕末軍艦】
乾元丸は徳島藩のスクリュー汽船。幕末から明治初年に徳島藩が所有していた船は運輸船3隻であり、そのうち1隻は木造帆船の「通済丸」、2隻は木造汽船の「乾元丸」と「戊辰丸」でした。 -
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小芙蓉丸【伊予松山藩 スクリュー汽船 幕末軍艦】
小芙蓉丸は伊予松山藩のスクリュー汽船。原名「チウサン(舟山)」鉄製スクリュー汽船で、80馬力・長31間4・幅4間4・434トンと伝わります。 -
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弘済丸【伊予松山藩 輸送船 幕末軍艦】
弘済丸は伊予松山藩の輸送船。紀州新宮藩が1859年に「丹鶴丸」として建造し、その後松山藩が購入し「弘済丸」と命名しました。しかし、これが「弘口丸」という説もあります。 -
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第二丙寅【長州藩 輸送船 幕末軍艦】
第二丙寅は長州藩の輸送船。1866年7月に英国商人グラバーより購入した輸送船です。翌年には長州藩留学生を乗せて上海に向かいました。しかし同年2月14日にグラバーから第一丁卯、第二丁卯丸を購入する際に下取り売却されました。 -
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第二丁卯【長州藩 スクーナー級 幕末軍艦】
第二丁卯は長州藩のバーク船。建造時の仮称は「アソンタ(Assunta)」と称し、イギリスのロンドンで建造れました。慶応四年五月(1868年)、長州藩が購入し「第二丁卯丸」と命名されました。
