| 羽衣丸 | |||
| 藩名 | 土佐藩 | ||
| 藩主 | 山内容堂 | ||
| 船種 | スクーナー級輸送船 | ||
| 機関 | 帆走 | ||
| 備砲 | 0門 | ||
| 材質 | 木製 | ||
| 馬力 | 0馬力 | ||
| 写真 | 無 | ||
■ 詳細
原名カツヒルチーフ。1860年に建造されたイギリス製の木製スクーナーで、土佐藩が長崎で13,500ドルを支払い購入しました。長19間・幅3間2尺・186トン。土佐藩では船名をすべて源氏物語から採るという方針を採用して「乙女丸」や「羽衣丸」という船名が存在しました。
所属した土佐藩と、山内容堂
この軍艦・羽衣丸を運用したのも、土佐藩(山内家)です。幕末の土佐藩を率いたのが、十五代藩主・山内容堂でした。
容堂は「鯨海酔侯」と号した酒豪の名君で、四賢侯の一人に数えられます。徳川家への恩義から公武合体を旨とし、大政奉還を建白する一方で、討幕には慎重でした。「酔えば勤皇、醒めれば佐幕」と評されるように立場は揺れましたが、土佐を維新の主要な一角に押し上げた人物です。羽衣丸は、その容堂の藩・土佐の一隻です。
幕末軍艦一覧リスト
「羽衣」は、源氏物語の巻名ではありません
土佐藩の洋式船は『源氏物語』の巻名で揃えられていました。若紫丸、夕顔丸、空蝉丸、箒木丸、胡蝶丸、乙女、紅葉賀。ところがこの羽衣だけは、源氏物語五十四帖のどこにも出てきません。土佐藩の船を並べた資料は羽衣も源氏由来の一つとして挙げていますが、巻名を一つずつ確かめるとそうなっていないのです。謡曲の「羽衣」から取ったのかもしれませんが、そう書いた資料は見あたりませんでした。ここは分からないままにしておきます。
一万三千五百ドルの、小さな帆船でした
原名はカツヒルチーフ。千八百六十年に造られたイギリス製の木造スクーナーで、土佐藩が長崎で一万三千五百ドルを払って買いました。長十九間・幅三間二尺で百八十六トン。換算すると長さおよそ三十四・五メートル、幅およそ六・一メートルです。同じ土佐藩の乙女丸が一万七千ドル、夕顔丸が洋銀十五万五千ドルですから、ずいぶん安い買い物でした。帆船ですので、蒸気の船ほど値が張らないのは当然ではあります。
三菱の始まりに、この船の仲間がいます
明治三年、岩崎 弥太郎は藩から独立して九十九商会を起こし、閏十月十八日に廻漕業の仮免許を取りました。このとき使ったのが、藩の船だった夕顔、鶴、紅葉賀の三隻です。これが明治五年に三川商会、明治六年に三菱商会、明治七年に三菱汽船会社となります。羽衣がその中に入っていたかどうかは分かりませんでした。買った日も、戊辰戦争での使われ方も、そのあとも確かめられていません。原名カツヒルチーフの綴りも分からないままです。

