| 箒木丸 | |||
| 藩名 | 土佐藩 | ||
| 藩主 | 山内容堂 | ||
| 船種 | 輸送船 | ||
| 機関 | 蒸気内車 | ||
| 備砲 | 0門 | ||
| 材質 | 鉄製 | ||
| 馬力 | 30馬力 | ||
| 写真 | 有 | ||
■ 詳細
建造場所は不明で、長13間・巾3間・600トンの鉄製蒸気スクリュー船です。
後に明治政府に献上されました。
目次
所属した土佐藩と、後藤象二郎
この軍艦・箒木丸を運用したのも、土佐藩(山内家)です。土佐藩の政治を動かした実力者が、参政・後藤象二郎でした。
後藤は、坂本龍馬が説いた新国家構想(船中八策)を受け止め、藩主・山内容堂を通じて、大政奉還を将軍・徳川慶喜に建白させました。武力によらず政権を朝廷へ返させるこの策は、慶応三年(1867)に実を結びます。血を流さずに時代を転換させようとした土佐の路線を象徴する動きでした。箒木丸は、その土佐藩の一隻です。
幕末軍艦一覧リスト
数字が合いません
先に、要目についてお断りしておきます。当ページは長十三間・幅三間・六百トンとしていますが、この三つは同時には成り立ちません。長十三間はおよそ二十三・六メートル、幅三間はおよそ五・四五メートルです。この大きさの船が六百トンになることはありません。比べてみると、同じ土佐藩の夕顔丸は六百五十九トンで、長さ六十五・八メートル、幅八・四メートルあります。六百トン級なら長さは三十五間ほど必要です。長さの数字が抜けているのか、六十トンの誤りなのか、どちらかだと思われますが、正しい要目を示す資料は見つかりませんでした。
名は、源氏物語の第二帖から
箒木は『源氏物語』の第二帖「帚木」です。土佐藩の洋式船は若紫丸、夕顔丸、空蝉丸、箒木丸、胡蝶丸、乙女、紅葉賀と、源氏の巻名で揃えられていました。藩がそういう決め方をしていた、というだけのことで、この船の素性が分かるわけではありません。買った経緯も、原名も、明治政府へ献上された日付も、確かめられませんでした。鉄製の蒸気スクリュー船だったという以上のことは、いまのところ言えません。

