小栗上野介(小栗忠順)の名言—「どうにかなろう」が国を滅ぼす、土蔵付きの売り家。誰がいつ書き残した言葉か

小栗忠順の胸像

この記事は、2027年NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』(2027年1月10日放送開始/主演・松坂桃李)の関連記事です。▶ 大河『逆賊の幕臣』特集に、関連記事とキャスト一覧をまとめています。

「幕末のもしも」について
史実をふまえたうえで、「もしあのとき別の道を選んでいたら」を管理人なりに考えるシリーズです。前半は史料にもとづく史実、後半の「もしも」の部分は管理人の考え(推測)です。
小栗忠順(小栗上野介)の肖像写真
小栗忠順(小栗上野介)の肖像(出典:Wikimedia Commons、パブリックドメイン)

小栗忠順(小栗上野介)は、自分で本を書き残した人ではありません。それでも、まわりの人たちが書きとめた小栗の言葉には、今読んでもはっとさせられるものがいくつもあります。

この記事では、小栗が言ったと伝わる言葉と、ほかの人が小栗について語った言葉を集め、それぞれ「いつ、どんな場面で」「誰が書き残したのか」と一緒に紹介します。言葉の多くは本人の死後に書かれた回想なので、出どころもあわせて確かめてください。

目次

小栗上野介の名言—先に答え

名言(要旨)場面伝えた人
一言で国を滅ぼす言葉がある。「どうにかなろう」がそれだ幕府が滅んだ理由を語って福地源一郎(部下)
同じ売り家でも、土蔵付きのほうが高く売れる横須賀製鉄所を建てる理由を問われて栗本鋤雲(盟友)
治らない病と知っても薬を与えるのが子のつとめ。国が滅び身が倒れるまで務めるのが真の武士幕府の行く末を案じる声に伝わる言葉

名言1「一言で国を滅ぼす言葉がある」

一言を以て国を亡ぼすべき言葉ありや、「どうかなろう」というもの是なり。幕府が滅亡したるはこの一言なり。

小栗忠順(福地源一郎『幕末政治家』による)

意味:たった一言で国を滅ぼしてしまう言葉がある。それは「どうにかなるだろう」だ。幕府が滅んだのは、この一言のせいである。

小栗の部下だった福地源一郎(のちの新聞記者・福地桜痴)が、明治になって書いた『幕末政治家』の中で紹介している言葉です。問題が起きても「まあ、どうにかなるだろう」と先送りにする役人たちの気風を、小栗は何よりも嫌いました。

小栗は、財政でも外交でも、先を読んで手を打つ人でした。横須賀の造船所も、フランス式の陸軍も、「どうにかなる」ではすまないと考えたからこそ、反対を押し切って始めたものです。今の会社や役所にもそのまま当てはまる言葉として、よく引かれます。

福地源一郎の肖像
小栗の部下だった福地源一郎。明治になって小栗の言葉を書き残した(出典:Wikimedia Commons、パブリックドメイン)

名言2「土蔵付きの売り家」

幕府の運命に限りがあるとも、日本の運命には限りがない。……同じ売り家でも、土蔵付きの売り家は高く売れる。

小栗忠順(栗本鋤雲の回想による。要旨)

意味:幕府はいつか終わるかもしれないが、日本はこれからも続く。たとえ幕府という家を売り渡すことになっても、造船所という立派な「蔵」がついていれば、その家の値打ちは上がる。

横須賀製鉄所の建設には、幕府の中でも「莫大な費用をかけても、幕府がつぶれたら無駄になる」という反対がありました。それに対して小栗が言い返したとされるのがこの言葉です。親友の栗本鋤雲が、晩年の回想に書き残しています。

その言葉どおり、造船所は明治政府に引きつがれて横須賀海軍工廠となり、日本の近代化を支えました。明治のはじめに完成したドックは、今も米海軍横須賀基地の中で使われています。

栗本鋤雲の肖像
栗本鋤雲。小栗の盟友で、「土蔵付き売り家」の言葉を伝えた(出典:Wikimedia Commons、パブリックドメイン)
ドライドックの解説板と対岸の米海軍横須賀基地
ヴェルニー公園のドライドックの解説板。対岸の基地の中で、ドックは今も使われている(撮影:幕末歴史ガイド)

▶ 横須賀製鉄所とは/栗本鋤雲とは何をした人物か

名言3「国が滅び、身が倒れるまで」

病の癒ゆべからざるを知りて薬せざるは孝子の所為にあらず。国亡び身倒るるまでは公事に鞅掌するこそ真の武士なれ。

小栗忠順(伝わる言葉)

意味:親の病がもう治らないと知っていても、薬を与えるのをやめるのは孝行な子のすることではない。国が滅び、自分が倒れるその時まで、公の仕事に力を尽くすのが本当の武士だ。

幕府の先行きが暗いことは、小栗自身がいちばんよく分かっていたはずです。それでも小栗は、勘定奉行として、軍艦奉行として、最後まで改革の手を止めませんでした。「どうせ滅びるなら何もしない」のではなく、「滅びるまで手を尽くす」。小栗の生き方そのものといえる言葉です。

小栗忠順の胸像
小栗忠順の胸像(出典:Wikimedia Commons、CC0)

ほかの人が小栗について語った言葉

大隈重信「明治の近代化は、小栗の模倣にすぎない」

明治政府で大蔵卿や総理大臣を務めた大隈重信が、こう語ったと広く伝えられています。ただし、この言葉が大隈のどの発言・文章にあるのかははっきりせず、出どころは確かめられていません。

大村益次郎「その策が行われていたら、我々の首はなかった」

新政府軍の軍事の中心だった大村益次郎が、小栗の作戦(箱根で迎え撃ち、艦隊で背後を突く)を知って、こう言ったと伝わります。これも後の時代の伝聞です。

▶ 【幕末のもしも】小栗忠順の作戦が採用されていたら

東郷平八郎の礼

日露戦争の日本海海戦で勝った東郷平八郎は、のちに小栗の遺族を招き、「日本海海戦で勝てたのは、小栗さんが横須賀の造船所を造っておいてくれたおかげ」という意味の礼を述べたと伝わります。

▶ 小栗上野介と親しかったのは誰か—福地源一郎、渋沢栄一、大隈重信/小栗忠順はいつ再評価されたのか

最期の言葉

慶応4年(1868年)閏4月6日、小栗は上野国の烏川の水沼河原で、取り調べもないまま斬られました。そのとき小栗は取り乱すこともなく、家来たちをいたわる言葉をかけたと伝わります。言い残した言葉の中身については、記録によって食い違いがあります。

高崎市倉渕の東善寺
小栗の墓がある倉渕の東善寺(出典:Wikimedia Commons、CC0)

▶ 小栗上野介はなぜ殺されたのか

名言から見える小栗の人柄

言葉見えてくる人柄
「どうにかなろう」が国を滅ぼす問題を先送りにしない。先を読んで手を打つ
土蔵付きの売り家幕府という組織より、日本という国の将来を考えていた
国が滅び身が倒れるまで勝ち目がなくても、自分の務めを最後まで果たす

大河ドラマ『逆賊の幕臣』では、これらの言葉がどんな場面で、どんな言い回しで出てくるのかにも注目です。

参考資料

  • 福地源一郎『幕末政治家』
  • 栗本鋤雲の回想(『匏庵遺稿』ほか)
  • 写真:Wikimedia Commons(パブリックドメイン/CC0)、当サイト撮影

小栗忠順のゆかりの地をめぐる

小栗のゆかりの地は、東京・横須賀・埼玉・群馬に集まっています。姉妹サイト「日本の歴史旅ガイド」で、都内から回るモデルコースを紹介しています。

倉渕(高崎市)の東善寺や最期の地は駅から離れているので、高崎駅前でレンタカーを借りると回りやすくなります。各社の料金はじゃらんレンタカーで比べられます(PR)。

泊まりがけで回るなら、宿は高崎駅の周辺か、倉渕から車で40〜50分ほどの伊香保温泉が便利です。横須賀は横須賀中央駅のまわりに宿が集まっています。空き室はじゃらんnet(高崎駅周辺・伊香保温泉・横須賀中央)で探せます(PR)。

小栗忠順をもっと知る本

記事の内容をもっと知りたい方に、小栗忠順を扱った本を紹介します。

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2027年NHK大河ドラマ

『逆賊の幕臣』大河ドラマ特集

放送日・キャスト28人と相関・あらすじ・見どころから、主人公・小栗忠順の生涯とゆかりの地の現地写真まで、1ページで徹底解説しています。

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