新選組隊士– category –
新選組の隊士を一人ずつ紹介しています。近藤勇・土方歳三・沖田総司などの幹部から、名前と役職しか伝わらない平隊士まで、入隊の時期、役職、隊を離れた事情やその後の消息を、分かる範囲で書いています。隊士全456名の一覧からも各ページへ進めます。
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新選組隊士
幕末の新選組、隊士名簿はなぜ食い違うのか—『英名録』と、記録に残らなかった人たち
幕末の新選組に、隊士は何人いたのか。この問いに一つの答えを返すことはできません。資料によって、二十四名とも、百五十名とも、二百三十名とも、延べ五百名以上とも書かれています。どれかが間違っているわけではなく、数えている対象が違うのです。 当... -
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永倉新八【新選組隊士 二番隊隊長 幕末】
永倉新八は新選組の二番隊隊長。出身は江戸、最期は病没。江戸の神道無念流門下だが試衛館に出入りしており近藤と共に浪士組に参加し、その後新選組結成のおりには二番隊長となります。 -
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近藤勇【新選組隊士 局長 幕末】
近藤勇は新選組の局長。出身は武蔵国多摩、最期は斬首。天然理心流4代目宗家にて試衛館道場主となります。浪士組の結成に参加し、その後京都にて新たに会津藩お預かりの「新選組」を結成して局長に就任します。 -
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土方歳三【新選組隊士 副長 幕末】
土方歳三は新選組の副長。出身は武蔵国多摩、最期は戦死。天然理心流に入門し近藤勇と出会います。 -
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伊東甲子太郎【新選組隊士 参謀 幕末】
伊東甲子太郎は新選組の参謀。出身は常陸、最期は暗殺。北辰一刀流伊東道場に入門しその門を継ぐ文武両道の人物です。その後藤堂平助を会して門人約15人を引き連れて新選組に入隊し参謀となります。 -
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青木連【新選組隊士 平隊士 幕末】
青木連は新選組の平隊士。出身は江戸、最期は降伏。蝦夷渡海後に入隊しました。弁天台場にて降伏しました。静岡藩に引き渡されたがその後消息不明です。 -
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上坂甲太郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
上坂甲太郎は新選組の平隊士。出身は近江彦根、最期は離隊。元治元年に入隊しました。鳥羽伏見の戦いを経て江戸に帰還し離隊します。以後の消息は不明です。上坂甲太郎をもっと深く—井伊の城下から来て、江戸で隊を離れた出身は近江彦根。彦根藩の城下です。 -
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印具馬作【新選組隊士 函館新選組 幕末】
印具馬作は新選組の函館新選組。出身は唐津藩 士、最期は病没。慶応四年9月に仙台にて入隊する唐津藩士。しかし蝦夷渡航後の隊士としての詳細や降伏場所などは不明です。 -
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岩崎勝次郎【新選組隊士 函館新選組第三分隊 幕末】
岩崎勝次郎は新選組の函館新選組第三分隊。出身は江戸、最期は降伏。新選組への入隊は蝦夷渡航後とされています。明治二年弁天台場にて降伏しました。静岡藩に引き渡され、以後の消息は不明です。 -
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今井祐次郎【新選組隊士 諸士取調役兼監察 幕末】
今井祐次郎は新選組の諸士取調役兼監察。出身は信州、最期は不明。詳細は不明です。 -
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茨木司【新選組隊士 諸士取調役兼監察 幕末】
茨木司は新選組の諸士取調役兼監察。出身は奥州中村、最期は自刃。慶応元年に入隊しました。三条制札事件に出勤しています。近藤と伊東両方に重用されるが次第に伊東に共鳴していきます。 -
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井上泰助【新選組隊士 両長召抱人 幕末】
井上泰助は新選組の両長召抱人。出身は武州日野、最期は病没。6番隊隊長井上源三郎の甥。慶応三年に入隊しました。鳥羽伏見の戦いで戦死した叔父の首を持っていこうとしたがその重さに断念し近くの寺の門前に埋めました。 -
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伊藤与八郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
伊藤与八郎は新選組の平隊士。出身は不明、最期は離隊。文久三年に入隊しました。池田屋事件前に離隊します。以後の消息は不明です。伊藤与八郎をもっと深く—池田屋の前に、隊を離れています文久三年に入隊し、池田屋事件の前に離隊しました。 -
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伊東隼之助【新選組隊士 平隊士 幕末】
伊東隼之助は新選組の平隊士。出身は不明、最期は離隊。慶応元年に入隊しほどなく離隊します。以後の消息は不明です。伊東隼之助をもっと深く—慶応元年に入って、すぐ辞めています慶応元年に入隊し、ほどなく離隊しました。それだけが伝わっています。 -
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伊藤浪之介【新選組隊士 平隊士 幕末】
伊藤浪之介は新選組の平隊士。出身は京都、最期は獄死。慶応元年に入隊し三条制札事件に出勤します。伏見町奉行所移転前に隊を脱走し明治三年常住院に押し入り住職を殺害。その後獄死したと伝わります。 -
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伊藤主計【新選組隊士 平隊士 幕末】
伊藤主計は新選組の平隊士。出身は備前岡山、最期は離隊。慶応元年に入隊し、同3年に離隊。以後の消息は不明です。伊藤主計をもっと深く—備前岡山から来て、慶応三年に去りました出身は備前岡山。岡山藩池田家三十一万五千石の地です。 -
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逸見勝三郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
逸見勝三郎は新選組の平隊士。出身は甲州甲府、最期は戦死。慶応元年に江戸にて入隊しました。鳥羽伏見の戦いで戦死しました。逸見勝三郎をもっと深く—甲州から出て、鳥羽伏見で死にました出身は甲州甲府。 -
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市村鉄之助【新選組隊士 両長召抱人 幕末】
市村鉄之助は新選組の両長召抱人。出身は美濃大垣、最期は戦死。市村辰之助の弟。慶応三年に入隊し鳥羽伏見の戦い以降も戦い続けて函館まで転戦します。土方に頼まれて函館を脱走し土方の日野の生家佐藤家に遺品を届けました。 -
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市村辰之助【新選組隊士 局長附 幕末】
市村辰之助は新選組の局長附。出身は美濃大垣、最期は脱走。市村鉄之助の兄。慶応三年に入隊し鳥羽伏見の戦いを経て江戸に帰還します。五兵衛新田駐屯地まで在隊するが、のちに脱走し明治五年に死去しました。 -
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市橋鎌吉【新選組隊士 平隊士 幕末】
市橋鎌吉は新選組の平隊士。出身は尾張、最期は不明。慶応元年に京都にて入隊しました。翌2年に死亡するが死因は不明です。市橋鎌吉をもっと深く—入隊の翌年に、京都で死にました出身は尾張。尾張藩六十一万九千五百石、御三家筆頭の国です。 -
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一瀬寛次【新選組隊士 平隊士 幕末】
一瀬寛次は新選組の平隊士。出身は不明、最期は不明。「土方歳三函館へ脱走の際募集せし同士なり」と永倉新八の記録に残るのみの隊士です。一瀬寛次をもっと深く—永倉新八が書き留めた一行この隊士について伝わるのは、永倉新八が残した一行だけです。
