新選組隊士– category –
新選組の隊士を一人ずつ紹介しています。近藤勇・土方歳三・沖田総司などの幹部から、名前と役職しか伝わらない平隊士まで、入隊の時期、役職、隊を離れた事情やその後の消息を、分かる範囲で書いています。隊士全456名の一覧からも各ページへ進めます。
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新選組隊士
佐伯又三郎【新選組隊士 副長助勤 幕末】
佐伯又三郎は新選組の副長助勤。出身は長州、最期は殺害。長州の出身とされ、田宮流の剣術を学んだ人です。壬生浪士組の初めのころに加わり、副長助勤となりました。文久三年八月、嶋原で何者かに斬られました。誰が斬ったのかには諸説があります。 -
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三浦啓之助【新選組隊士 客員 幕末】
三浦啓之助は新選組の客員。出身は信濃松代藩(佐久間家)、最期は病没(事故説あり)。洋学者・佐久間象山の子(本名は佐久間恪二郎)です。父を京都で暗殺され、仇討ちのために新選組に入りました。 -
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平間重助【新選組隊士 副長助勤 幕末】
平間重助は新選組の副長助勤。出身は常陸(水戸)、最期は不明。芹沢鴨と同じ常陸の出で、芹沢の門人とされる水戸派の幹部です。壬生浪士組で副長助勤と勘定役を兼ねました。芹沢暗殺の夜、ただ一人逃げ延び、その後の消息ははっきりしません。 -
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野口健司【新選組隊士 副長助勤 幕末】
野口健司は新選組の副長助勤。出身は常陸水戸、最期は切腹。水戸藩の出身で、芹沢鴨の水戸派に属した若い幹部です。壬生浪士組の結成に加わり、副長助勤となりました。芹沢暗殺の後も隊に残りましたが、文久三年十二月、突然切腹を命じられました。 -
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御倉伊勢武【新選組隊士 国事探索方 幕末】
御倉伊勢武は新選組の国事探索方。出身は不明(京都在住の浪士)、最期は暗殺。京都に住んでいた浪士で、文久三年に入隊しました。長州藩の桂小五郎の指示で入り込んだ間者だったとされます。 -
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平山五郎【新選組隊士 副長助勤 幕末】
平山五郎は新選組の副長助勤。出身は不明(旗本の家来)、最期は暗殺。芹沢鴨とともに行動した水戸派の幹部です。浪士組から京都に残り、壬生浪士組で副長助勤になりました。文久三年九月、八木邸で芹沢とともに寝込みを襲われ、斬られました。 -
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箱館の新選組—蝦夷地で入隊した隊士たちと、弁天台場の降伏
最後に弁天台場で降伏した新選組は、京都のころとは顔ぶれが違っていた。桑名・唐津の藩士が加わった仙台での再編から、宮古湾・二股口・土方の戦死、相馬主計の降伏署名まで。箱館の主な隊士の一覧つき。 -
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大野右仲【新選組隊士 函館新撰組頭取 幕末】
大野右仲は新選組の函館新撰組頭取。出身は肥前唐津藩(江戸生まれ)、最期は病没。唐津藩士の子で、昌平坂学問所に学んだ人です。老中・小笠原長行に従って北へ向かい、仙台で新選組に入りました。 -
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森常吉【新選組隊士 函館新撰組頭取改役 幕末】
森常吉は新選組の函館新撰組頭取改役。出身は伊勢桑名藩、最期は切腹。桑名藩の重臣で、京都所司代・松平定敬の公用人を務めた人です。諱は陳明。桑名藩士・小河内殷秋の長男に生まれ、伯父の森家を継ぎました。 -
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油小路事件とは—伊東甲子太郎と御陵衛士が斬られた夜
慶応三年十一月十八日、新選組は元参謀・伊東甲子太郎と御陵衛士を油小路で斬った。分離から斎藤一の報告、遺体を囮にした待ち伏せ、近藤狙撃まで。関わった隊士の一覧つき。 -
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光縁寺に眠る新選組隊士たち—山南敬助と、局中法度で死んだ人々の寺
京都・四条大宮の近く、綾小路通に面した小さな寺に、新選組の隊士たちの名を刻んだ墓碑が並んでいます。光縁寺です。戦いで死んだ者だけでなく、切腹や粛清で命を落とした隊士が、この寺に葬られました。 壬生の八木邸の門前(京都市中京区)。新選組が最... -
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新選組の切腹・粛清一覧—局中法度で死んだ隊士は誰だったのか
新選組は、敵よりも味方を多く斬った—そう言われることがあります。実際、隊の中での切腹や暗殺で命を落とした隊士は少なくありません。この記事では、史料や研究でわかっている範囲で、隊の内部で処断された主な隊士を時代順にまとめます。 壬生の八木邸... -
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柴田彦三郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
柴田彦三郎は新選組の平隊士。出身は不明、最期は切腹。元治元年、江戸での隊士募集に応じて入隊しました。慶応二年、無断で金を集めようとして脱走し、捕らえられます。屯所で大勢の隊士の前で切腹させられました。 -
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中村五郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
中村五郎は新選組の平隊士。出身は下野宇都宮、最期は自刃。宇都宮の出身で、十七歳で入隊しました。新選組の幕臣取り立てに反発し、隊を離れることを願いますが認められません。慶応三年六月、茨木司らとともに会津藩邸で自刃しました。十九歳でした。 -
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富川十郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
富川十郎は新選組の平隊士。出身は甲斐または常陸、最期は自刃。慶応元年、江戸での隊士募集に応じて入隊しました。新選組の幕臣取り立てに反発し、御陵衛士への合流を願いますがかないません。 -
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酒井兵庫【新選組隊士 勘定方 幕末】
酒井兵庫は新選組の勘定方。出身は摂津住吉、最期は殺害(とも伝わる)。摂津住吉の出身で、勘定方を務めました。池田屋事件で褒賞を受けますが、慶応元年ごろ脱走します。脱走後、沖田総司らに斬られたとも伝わります。 -
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馬越三郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
馬越三郎は新選組の平隊士。出身は阿波徳島、最期は不明。阿波出身で、「美男五人衆」の最年少とされる隊士です。武田観柳斎の薩摩藩邸への出入りを近藤勇に報告したといわれます。その後、土方歳三に金を渡されて隊を去ったと伝わります。 -
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尾関雅次郎【新選組隊士 諸士取調役兼監察 幕末】
尾関雅次郎は新選組の諸士取調役兼監察。出身は大和高取、最期は病没。高取藩士の次男で、壬生浪士組のころから加わった古参です。行軍の先頭で隊旗を掲げる旗役を務め、非行五か条の建白にも名を連ねました。箱館まで戦い、明治二十五年まで生きました。 -
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立川主税【新選組隊士 会津新撰組機械方頭取下役 幕末】
立川主税は新選組の会津新撰組機械方頭取下役。出身は筑前宗像、最期は病没。筑前の漁村に生まれ、近藤勇のそば近くに仕えたとされる隊士です。箱館で土方歳三の戦死に立ち会い、土方家への手紙と遺品を日野へ届けました。明治以降は僧侶となりました。 -
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近藤芳助【新選組隊士 伍長 幕末】
近藤芳助は新選組の伍長。出身は近江国友、最期は病没。近江国友村の出身で、二十二歳で入隊して伍長を務めました。鳥羽伏見で負傷し、会津で捕らえられます。明治以降は横浜で代言人(弁護士)となり、県会議員を務めました。 -
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佐野七五三之助【新選組隊士 平隊士 幕末】
佐野七五三之助は新選組の平隊士。出身は尾張、最期は切腹。尾張の神職の家に生まれ、尊王攘夷を志して新選組に入りました。新選組の幕臣取り立てに反対し、御陵衛士への合流を望みます。それがかなわず、茨木司らとともに会津藩邸で切腹しました。
