幕末・維新– category –
幕末から明治維新にかけての人物・組織・軍艦・城・史跡などの記事をまとめたカテゴリーです。新選組隊士、海援隊士、坂本龍馬の手紙、幕末の軍艦などのシリーズのほか、2027年の大河ドラマの主人公・小栗忠順に関する記事もここに入っています。
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幕末・維新
中村五郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
中村五郎は新選組の平隊士。出身は下野宇都宮、最期は自刃。宇都宮の出身で、十七歳で入隊しました。新選組の幕臣取り立てに反発し、隊を離れることを願いますが認められません。慶応三年六月、茨木司らとともに会津藩邸で自刃しました。十九歳でした。 -
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富川十郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
富川十郎は新選組の平隊士。出身は甲斐または常陸、最期は自刃。慶応元年、江戸での隊士募集に応じて入隊しました。新選組の幕臣取り立てに反発し、御陵衛士への合流を願いますがかないません。 -
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酒井兵庫【新選組隊士 勘定方 幕末】
酒井兵庫は新選組の勘定方。出身は摂津住吉、最期は殺害(とも伝わる)。摂津住吉の出身で、勘定方を務めました。池田屋事件で褒賞を受けますが、慶応元年ごろ脱走します。脱走後、沖田総司らに斬られたとも伝わります。 -
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馬越三郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
馬越三郎は新選組の平隊士。出身は阿波徳島、最期は不明。阿波出身で、「美男五人衆」の最年少とされる隊士です。武田観柳斎の薩摩藩邸への出入りを近藤勇に報告したといわれます。その後、土方歳三に金を渡されて隊を去ったと伝わります。 -
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尾関雅次郎【新選組隊士 諸士取調役兼監察 幕末】
尾関雅次郎は新選組の諸士取調役兼監察。出身は大和高取、最期は病没。高取藩士の次男で、壬生浪士組のころから加わった古参です。行軍の先頭で隊旗を掲げる旗役を務め、非行五か条の建白にも名を連ねました。箱館まで戦い、明治二十五年まで生きました。 -
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立川主税【新選組隊士 会津新撰組機械方頭取下役 幕末】
立川主税は新選組の会津新撰組機械方頭取下役。出身は筑前宗像、最期は病没。筑前の漁村に生まれ、近藤勇のそば近くに仕えたとされる隊士です。箱館で土方歳三の戦死に立ち会い、土方家への手紙と遺品を日野へ届けました。明治以降は僧侶となりました。 -
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近藤芳助【新選組隊士 伍長 幕末】
近藤芳助は新選組の伍長。出身は近江国友、最期は病没。近江国友村の出身で、二十二歳で入隊して伍長を務めました。鳥羽伏見で負傷し、会津で捕らえられます。明治以降は横浜で代言人(弁護士)となり、県会議員を務めました。 -
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佐野七五三之助【新選組隊士 平隊士 幕末】
佐野七五三之助は新選組の平隊士。出身は尾張、最期は切腹。尾張の神職の家に生まれ、尊王攘夷を志して新選組に入りました。新選組の幕臣取り立てに反対し、御陵衛士への合流を望みます。それがかなわず、茨木司らとともに会津藩邸で切腹しました。 -
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久米部正親【新選組隊士 軍目付 幕末】
久米部正親は新選組の軍目付。出身は摂津大坂、最期は病没。大坂の出身で、伍長・軍目付を務めました。鳥羽伏見で負傷し、会津では如来堂の戦いを経験します。銚子で降伏し、明治四十三年まで生きました。 -
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楠小十郎【新選組隊士 平隊士 幕末】
楠小十郎は新選組の平隊士。出身は京都、最期は殺害。「美男五人衆」の一人に数えられる若い隊士です。長州の間者として入り込んでいたとされます。文久三年九月、前川邸の門前で原田左之助に斬られました。 -
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安富才輔【新選組隊士 諸士取調役兼監察 幕末】
安富才輔は新選組の諸士取調役兼監察・馬術師範。出身は備中足守、最期は病没。足守藩士で、大坪流馬術の使い手として馬術師範を務めました。会津では斎藤一に次ぐ副長役、箱館では土方歳三直属の陸軍奉行添役となります。 -
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葛山武八郎【新選組隊士 伍長 幕末】
葛山武八郎は新選組の伍長。出身は会津(とされる)、最期は切腹。伍長として池田屋事件で働き、褒賞を受けました。永倉新八らとともに近藤勇の非行を会津藩に訴えます。建白に加わった六人のうち、ただ一人切腹しました。 -
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富山弥兵衛【新選組隊士 伍長 幕末】
富山弥兵衛は新選組の伍長。出身は薩摩、最期は殺害。薩摩藩士の子で、新選組の伍長となりました。御陵衛士に加わり、伏見街道で近藤勇を狙撃します。戊辰戦争で北越へ向かい、出雲崎で水戸諸生党に殺されました。 -
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加納鷲雄【新選組隊士 伍長 幕末】
加納鷲雄は新選組の伍長。出身は伊豆、最期は病没。伊東甲子太郎の弟子として入隊し、伍長を務めました。御陵衛士として隊を離れ、伏見街道での近藤勇の襲撃に加わりました。板橋宿の本陣で、出頭した近藤の正体を見破ったとされる人です。 -
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谷万太郎【新選組隊士 槍術師範 幕末】
谷万太郎は新選組の槍術師範。出身は備中松山、最期は病没。谷三兄弟の次男で、大坂に道場を開いた槍の名手です。池田屋事件、ぜんざい屋事件に加わり、おもに大坂で活動しました。兄の三十郎の死後に隊を離れ、明治も大坂で道場を続けました。 -
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近藤周平【新選組隊士 諸士取調役兼監察 幕末】
近藤周平は新選組の諸士取調役兼監察。出身は備中松山、最期は病没。備中松山藩士・谷家の三男で、兄たちとともに入隊しました。近藤勇の養子となって池田屋事件に加わりますが、のちに縁組は解かれます。明治以降は神戸で暮らしました。 -
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横倉甚五郎【新選組隊士 函館新撰組 嚮導役 幕末】
横倉甚五郎は新選組の函館新撰組 嚮導役。出身は武州多摩(八王子)、最期は獄死。八王子の天然理心流から、近藤勇の募集に応じて入隊しました。油小路事件に出動し、会津を経て箱館の弁天台場で降伏します。 -
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山野八十八【新選組隊士 平隊士 幕末】
山野八十八は新選組の平隊士。出身は加賀、最期は不明。加賀の出身で、隊内の「美男五人衆」の一人に数えられたと伝わる隊士です。編成では沖田総司の一番隊に名があり、鳥羽伏見にも加わり、箱館の降伏前に離隊しました。 -
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田村銀之助【新選組隊士 両長召抱人 幕末】
田村銀之助は新選組の両長召抱人。出身は磐城平、最期は病没。磐城平藩の出身で、十一歳で兄たちとともに入隊しました。近藤勇・土方歳三付きの小姓として働き、箱館では榎本武揚の小姓となります。明治以降は陸軍の士官となり、大正時代まで生きました。 -
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毛内有之助【新選組隊士 諸士取調役兼監察 幕末】
毛内有之助は新選組の諸士取調役兼監察。出身は陸奥弘前(津軽藩)、最期は戦死。津軽藩用人の次男で、「毛内の百人芸」と呼ばれた才人です。伊東甲子太郎とともに上京して入隊し、文学師範・監察を務めました。 -
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服部武雄【新選組隊士 諸士取調役兼監察 幕末】
服部武雄は新選組の諸士取調役兼監察。出身は播磨赤穂、最期は戦死。赤穂藩出身の二刀流の使い手で、監察・撃剣師範を務めました。伊東甲子太郎とともに御陵衛士となります。
