幕末・維新– category –
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幕末・維新
権現台場:五稜郭と四稜郭を結ぶ重要な位置に築かれた権現台場【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 権現台場 【権現台場の説明】 権現台場は函館東照宮を中心に建設された旧幕府軍の台場です。明治2年(1869年)4月、新政府軍の襲撃を予想していた榎本武揚率いる旧幕府軍は各地に台場や陣地を建設しました。 その中の一つに「権現台場」が存在... -
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三稜郭跡:五稜郭と四稜郭だけじゃない!!三稜郭の存在が浮上(比遅里神社内)【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 三稜郭跡 【三稜郭跡の説明】 榎本脱走艦隊(蝦夷共和国)では新政府軍の襲撃に備えて各地で砲台や陣屋の建設を急ぎました。明治2年(1869年)、旧幕府軍は「弁天台場」の改修をはじめ、千代ヶ岡台場、権現台場、四稜郭などの防衛施設を建設し... -
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宮古湾海戦の碑:旧幕府軍「回天丸」が新政府軍旗艦「甲鉄艦」奪取を試みた海戦【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 宮古湾海戦の碑 【宮古湾海戦の碑の説明】 明治2年(1869年)5月6日、榎本武揚率いる旧幕府軍は海軍力の劣っている穴を埋めるため宮古湾に停泊している新政府軍の旗艦「甲鉄艦」を奪取する斬り込み攻撃を実行しました。これが「宮古湾海戦」で... -
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一本木関門跡:新選組結成から函館戦争の最後まで戦い抜いた新選組土方歳三最期の地碑【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 一本木関門跡(土方歳三最期の地碑) 【一本木関門跡(土方歳三最期の地碑)の説明】 京都で新選組を結成してから鳥羽伏見の戦いで敗れ江戸に帰還し、大鳥圭介ら旧幕府軍と北関東で戦い、さらには会津戦争にも参加しました。各地で戦闘を重ねた... -
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母成峠古戦場跡:会津藩兵や大鳥圭介率いる伝習隊・新選組と新政府軍と戦闘があった母成峠【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 母成峠古戦場跡 【母成峠古戦場跡の説明】 慶応4年(1868年)、二本松城を落とした新政府軍は次の目標を会津藩に定めました。一方会津藩は広大な領内に兵力を分散する必要があり、どこに主力部隊を配置するかが勝敗の鍵となっていました。 会津... -
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八木邸跡:近藤勇・芹沢鴨・土方歳三が会津藩預かり新選組結成時の屯所 八木邸【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 八木邸跡 【八木邸跡の説明】 近藤勇・芹沢鴨・土方歳三らが会津藩お預かりの新選組を結成した時に屯所としたのが八木邸です。当初は近藤派と芹沢派に割れていた新選組だが、土方らの策略により「芹沢鴨」は暗殺され派閥争いは解消されました。... -
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お台場:幕末江戸湾海上防衛のため江川太郎左衛門が建設した砲台跡(第三台場・第六台場)【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 お台場砲台跡 【お台場砲台跡の説明】 嘉永6年(1853年)、ペリー艦隊が日本に来航するとこれに驚いた徳川幕府は急遽江戸湾の防衛強化を急ぎました。この頃、韮山代官の「江川太郎左衛門」が江戸湾砲台建設の提案書を出しており、幕府はこの提... -
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千代ヶ岡陣屋(千代ヶ岡台場):函館戦争で壮絶な最期を迎えた中島三郎助終焉の地【史跡 日本の歴史】
【陣屋名】 千代ヶ岡陣屋(千代ヶ岡台場) 【千代ヶ岡陣屋(千代ヶ岡台場)の説明】 千代ヶ岡陣屋(千代ヶ岡台場)は函館市にある五稜郭の少し南に築かれた陣屋です。文化5年(1808年)、日露関係が緊迫した中、幕府が蝦夷地を直轄しここに陣屋を築いたの... -
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竹中氏陣屋:竹中半兵衛の嫡子重門が関ヶ原の戦い後に築城した竹中氏陣屋【お城特集 日本の歴史】
【城名】 竹中氏陣屋 【竹中氏陣屋の説明】 竹中氏陣屋は岐阜県不破郡垂井町にあった竹中氏の陣屋跡です。 羽柴秀吉の軍師として名高い「竹中半兵衛」の嫡男「重門」が、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで、もともと親しかった「黒田長政」の呼びかけに応... -
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福井城:家康の次男結城秀康を藩祖とし幕末には松平慶永を輩出した福井城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 福井城 【福井城の説明】 福井城は福井県福井市にあった平城で現在も城の一部が残されています。 江戸時代には福井藩越前松平家の城下町として栄えました。 織田信長が越前の守護職「朝倉義景」を滅ぼしたあと、明智光秀に北ノ庄城を任せました。... -
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龍岡城(五稜郭):日本に二つある星形西洋式城郭の一つ龍岡五稜郭【お城特集 日本の歴史】
【城名】 龍岡城(五稜郭) 【城の説明】 龍岡城(たつおかじょう)は長野県佐久市にあった洋式城跡です。ここには龍岡藩松平家の藩庁が置かれていました。日本に二つある星形の西洋式城郭のうちの一つであり、もう一つの西洋式城郭である五稜郭(函館)と... -
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唐津城:豊臣家の寺沢広高が築城し幕末には小笠原長道が居城 唐津城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 唐津城 【唐津城の説明】 唐津城は、佐賀県唐津市東城内にあった城で別名は、舞鶴城。唐津市街の北部に位置し、松浦川が唐津湾に注ぐ河口付近の満島山に位置します。唐津湾に突き出た満島山上に本丸が配され、その西側に二の丸、三の丸が配された... -
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造海城:里見義堯が治めた重要な水軍の拠点 造海城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 造海城 【造海城の説明】 造海城は千葉県富津市竹岡にあった内房に面した海城です。 寛正2年(1461年)に「真里谷信興」により築城されたと伝えられているが詳細は不明です。 天文2年(1533年)に里見義豊が伯父である「里見実堯」を突如襲い討ち... -
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七戸城:九戸政実の乱で滅びた七戸家国の居城 七戸城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 七戸城 【七戸城の説明】 七戸城は青森県上北郡七戸町にあった平山城です。 南部氏初代「南部光行」の四男「朝清」が七戸地方へ移り七戸氏を名乗ったと伝えられています。 城としての築城は南北朝時代の「南部政長」により築城されたとする説と、... -
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大館城(出羽):戦国時代に浅利勝頼が築城し秋田氏により滅ぼされた出羽大館城 【お城特集 日本の歴史】
【城名】 大館城(出羽) 【大館城(出羽)の説明】 大館城はは秋田県大館市にあった平城で、別名桂城とも呼ばれています。 源頼朝の奥州征伐の後、頼朝の御家人「浅利氏」が地頭職となったのが比内浅利氏のはじまりとされています。 しかし、当時は館程度... -
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飯山城:武田信玄の北信濃侵攻により高梨政頼が本城を追われ退去した飯山城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 飯山城 【飯山城の説明】 飯山城は長野県飯山市飯山にあった平山城です。 築城時期は不明だが戦国時代にこの地域を治めていた「高梨政頼」が甲斐の武田信玄の侵攻により「高梨氏館」から支城である飯山城へ逃れました。 第四次川中島の戦いでは上... -
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淀城:将軍秀忠に命により松平定綱が築城 幕末には鳥羽伏見の戦いで敗れた幕府軍の入城を拒否した淀城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 淀城 【淀城の説明】 淀城は京都府京都市伏見区淀本町にあった徳川時代の城です。 豊臣秀吉の時代の淀城は「淀古城」と呼ばれています。 元和9年(1623年)、2代将軍「徳川秀忠」の命により「松平定綱」が3万5千石にて淀城へ入り淀藩を立藩しまし... -
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浜田城:家康より古田重治が拝領し幕末には松平武聡が長州藩の攻撃により城を焼失 浜田城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 浜田城 【浜田城の説明】 浜田城は島根県浜田市殿町にあった平山城です。大坂の陣の功績により「古田重治」が家康より5万4000石にてこの地に入封し城や城下町を築きました。 二代当主「古田重恒」の時にお家騒動が勃発し改易されました。その後、... -
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猪苗代城:人取橋の戦いでは猪苗代盛国が伊達家へ寝返り蘆名氏は滅亡 猪苗代城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 猪苗代城 【猪苗代城の説明】 猪苗代城は福島県耶麻郡猪苗代町にあった平山城で別名「亀ヶ城」と呼ばれています。 鎌倉時代初期に奥州の藤原氏攻めに功績があった相模の国人「佐原氏」が猪苗代一帯を与えられ、城を築いたと言われています。 その... -
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相馬中村城:戦国時代に伊達政宗への備えから本拠地を移した相馬義胤の居城 中村城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 相馬中村城 【相馬中村城の説明】 相馬中村城は現在の福島県相馬市中村にあった城跡です。 土佐の一条家の中村城と混合するため、相馬中村城と明記されることが多いです。 永禄6年(1563年)、戦国時代の真っただ中「相馬盛胤」は陸奥国行方郡で... -
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館林城:徳川四天王の1人榊原康政が10万石にて入封した館林城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 館林城 【館林城の説明】 館林城は群馬県館林市城町にあった平城です。 築城時期は不明だが戦国時代初期(室町時代)に「赤井照光」により築城されたという伝記があります。 戦国時代に入ると上杉氏・北条氏との間で激しい戦いが繰り広げられ、最...
