幕末・維新– category –
幕末から明治維新にかけての人物・組織・軍艦・城・史跡などの記事をまとめたカテゴリーです。新選組隊士、海援隊士、坂本龍馬の手紙、幕末の軍艦などのシリーズのほか、2027年の大河ドラマの主人公・小栗忠順に関する記事もここに入っています。
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幕末・維新
津和野城(三本松城):山陰地方の天空の城 亀井政矩が居城 津和野城【お城特集 日本の歴史】
津和野城(三本松城)について 津和野城は、島根県津和野町後田の、津和野盆地の南西にそびえる標高367メートルの山の上に築かれた山城です。鎌倉時代、弘安の役の翌年の弘安五年(1282年)、吉見頼行が西石見の地頭として、海岸の守りのためにこの地へ赴... -
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館山城:千葉県最南端の里見義頼によって築城された館山城【お城特集 日本の歴史】
1580年(天正八年)、里見義頼によって館山城が築城されました。それまでの里見家は安房の国「稲村城」で栄え、さらに「里見義堯」が上総の久留里城を居城とした時が里見家の最盛期と言えます。その後、慶長十九年(1614年)、当主「里見忠義」の時に里見... -
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龍神丸【庄内藩 スクーナー船 幕末軍艦】清河八郎と新徴組、酒田の本間家
龍神丸は庄内藩のスクーナー船。長16間4尺・幅3間4尺国産。所属した庄内藩と、清河八郎・新徴組この軍艦・龍神丸を運用したのは、出羽の庄内藩(酒井家)です。江戸の治安維持を担った庄内藩は、ある特異な集団と関わりました。 -
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廣運丸【南部藩 バーク船 幕末軍艦】蝦夷地の警備と、七十万両で戻った盛岡
廣運丸は南部藩のバーク船。原名「ウアトルウイッチ」長21間・幅3間4尺・236tイギリス製。所属した盛岡(南部)藩と、戦後の白石転封この軍艦・廣運丸を運用したのは、陸奥の盛岡藩(南部藩)です。 -
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福海丸【秋田藩 スクーナー船 幕末軍艦】
福海丸は久保田藩のスクーナー船。幕府がオランダに発注した当時最先端の軍艦。艦長は長崎伝習所二期生の榎本武揚。一期生には当時軍艦奉行を務めていた勝海舟がいます。戊辰戦争終盤の函館戦争中に江差沖にて座礁し海の藻屑と消えました。 -
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陽春丸【秋田藩 砲艦 幕末軍艦】
陽春丸は秋田藩の砲艦。1864年にアメリカで建造され、秋田藩に売却されます。原名カガノカミ号。後、明治政府に徴発され函館戦争に参加しました。先ず、陸兵を品川から輸送、矢不来、弁天台場砲撃を行いました。 -
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四稜郭:旧幕府軍により築城 あまり知られていない五稜郭と並ぶ西洋城郭 四稜郭【お城特集 日本の歴史】
四稜郭は箱館戦争の際に蝦夷共和国(旧幕府軍)が、明治二年(1869年)に北海道函館市陣川町に築城した堡塁です。空堀に囲まれ、規模は東西約100メートル、南北約70メートル程あり、まわりには土塁が巡らされ、土塁の周辺には空濠が掘られています。 四隅... -
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安済丸【弘前藩 バーク船 幕末軍艦】
安済丸は弘前藩のバーク船。安済丸は慶應2年(1866年)の正月に完成した国産の洋式帆船です。試運転も終わり、乗員55名を載せて6月21日に青森を出航し、7月30日には品川に入港しました。 -
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坂本 龍馬【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
隊長坂本龍馬は誰もが知る有名な歴史上の人物で、大政奉還の影の立役者であり、薩長同盟の立役者でもあります。勝海舟が幕府の許可を得て運営していた神戸海軍塾が取りつぶしとなった後、龍馬ら土佐脱藩浪士達は行く場をなくし途方に暮れていました。 -
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高知城:山内一豊が関ヶ原の戦いの戦功により得た土佐24万石の高知城 【お城特集 日本の歴史】
関ヶ原の戦いの功績により徳川家康から土佐一国を拝領した山内一豊は、長宗我部元親・盛親が居城としていた浦戸城に取りあえず入城します。しかし、慶長六年(1601年)に大高坂山に新たな城の築城を始め、慶長八年(1603年)に本丸と二ノ丸が完成し、浦戸... -
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芹沢鴨【新選組隊士 局長 幕末】
芹沢鴨は新選組の局長。出身は水戸、最期は暗殺。水戸時代に水戸天狗党に連なる天狗党の生き残り。文久三年に新見錦、平山五郎らと共に浪士組に参加し上洛しました。その後近藤勇らと新選組を結成し局長となります。 -
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新見錦【新選組隊士 副長 幕末】
新見錦は新選組の副長。出身は水戸、最期は切腹。入隊前より芹沢らと交流。文久三年に浪士組に加わって上洛しました。その後芹沢らとともに新選組を結成し局長となります。しかし祖業が不良だったために途中で副長に降格されました。 -
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小倉城:長州軍に攻められ自ら城に火を放った 徳川幕府九州への重要な玄関口小倉城【お城特集 日本の歴史】
小倉城と言えば、幕末に高杉晋作率いる奇兵隊と小倉城を拠点とする幕府軍との間で戦いがあったことで有名なお城で、戦国時代には龍造寺氏、大友氏、毛利氏などの間で小倉城をめぐって大きな戦が何度も起こった城でもあります。元々はどのようないきさつで... -
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会津若松城:戊辰戦争最大の激戦地 一ヶ月にも及ぶ籠城戦 会津若松城【お城特集 日本の歴史】
会津若松城 福島県会津若松市にある鶴ヶ城は現在も多くの観光客で賑わう由緒ある城です。室町時代から「蘆名氏」が代々この地を治めていたが、戦国時代末期に米沢から領地拡大を続けていた「伊達政宗」によって攻略されてしまいます。この時期の鶴ヶ城は「... -
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五稜郭:榎本武揚や旧幕府軍最後の抵抗 日本初の西洋城郭五稜郭【お城特集 日本の歴史】
北海道函館市にある五稜郭は日本初の西洋式陵堡です。江戸時代の幕末期に北方からの外国の脅威に対抗するため「武田斐三郎」の設計のもと築城されました。函館五稜郭の特徴としては5つの星型の城郭で、それぞれ5つの先端には砲座が置かれ各方面への砲撃... -
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山南敬助【新選組隊士 副長 幕末】
山南敬助は新選組の副長。出身は奥州仙台、最期は切腹。江戸で近藤と立会い敗れ弟子になります。その後、新選組結成に参加し土方と同等の副長となります。元治元年頃より体調を崩し池田屋事件には参加していません。 -
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陸奥宗光(陸奥陽之助)【紀州出身 海援隊士 幕末亀山社中】
陸奥陽之助は維新後の外務大臣「陸奥宗光」です。カミソリ大臣と言われていたことは有名です。紀州藩士伊達宗広の六男として生まれるが、その後父が藩内の政争に敗れて失脚します。陽之助は江戸に出て安井息軒に師事し尊王攘夷運動に加わります。 -
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長岡 謙吉【海援隊士 幕末亀山社中】
長岡謙吉は、幕末期の土佐藩出身者で海援隊の隊員の一人です。別名は今井純正。高知城下の浦戸町の医師・今井孝順(孝純、玄泉)の息子として生まれます。孝順は坂本龍馬の継母・伊予の縁者でした。幼少期は河田小龍の下で蘭学に励みました。 -
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近藤 長次郎(上杉 宋次郎)【海援隊士 幕末亀山社中】
近藤長次郎は、幕末期の土佐出身の人物です。別名は上杉宋次郎。高知城下の饅頭商人の息子として生まれ、苗字がなく饅頭屋長次郎と呼ばれました。幼少期から聡明で土佐では河田小龍、江戸では安積艮斎らに学びました。 -
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新宮 馬之助【海援隊士 幕末亀山社中】
新宮馬之助は、土佐国香美郡新宮村の農民の出で、海援隊ではただ一人「農民」に分けられる隊士です。河田小龍に絵と学問を学び、龍馬の誘いで勝海舟の塾へ。薩長同盟の場にも居合わせたと伝わり、維新後は海軍に入りました。
