幕末・維新– category –
幕末から明治維新にかけての人物・組織・軍艦・城・史跡などの記事をまとめたカテゴリーです。新選組隊士、海援隊士、坂本龍馬の手紙、幕末の軍艦などのシリーズのほか、2027年の大河ドラマの主人公・小栗忠順に関する記事もここに入っています。
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幕末・維新
兵庫商社とは—小栗忠順が大坂の豪商二十人に作らせ、半年で消えた組織
兵庫商社は、慶応三年に幕府の勘定奉行・小栗忠順らの建議によって、大坂の豪商たちが元手を出し合って作った組織です。兵庫の開港に間に合わせるように動きはじめ、開港からわずか半月ほどで御用納めを迎え、そのまま二度と店を開けませんでした。 -
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幕府とフランスの借款交渉とは—ロッシュと小栗忠順、横須賀製鉄所の資金と六百万ドルの行方
幕末の幕府は、横須賀に造船施設を建てる資金をフランスから調達し、さらに大きな借款をまとめようとして、果たせないまま倒れました。その中心にいたのが勘定奉行の小栗忠順と、駐日フランス公使レオン・ロッシュです。 -
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青木崇高さんが演じる栗本鋤雲とは—箱館の医者からフランス通の幕臣へ、小栗忠順を書き残した人
栗本鋤雲(くりもと じょうん)は、蝦夷地の箱館に送られた幕府の医者から、フランスとの交渉をになう外国奉行へ転じた人物です。 -
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廃藩置県より前に、自分から消えた藩がありました—吉井・狭山・盛岡ほか十数藩の「自主廃藩」
藩がなくなったのは明治四年七月十四日の廃藩置県、と習います。ところがその前に、自分から廃藩を願い出て消えた藩が十数ありました。版籍奉還と明治三年の「藩制」が小藩に何をしたのか、手続きはどうだったのか、そして大藩の願いはなぜ通らなかったのかをたどります。 -
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小栗忠順の子孫はいるのか—ただ一人の遺児・国子から現在まで。会津へ逃げた身重の妻と、三野村・大隈が支えた家
小栗忠順(小栗上野介)の子孫はいまも続いています。会津で生まれたただ一人の遺児・国子、婿の小栗貞雄(矢野龍渓の弟)、東郷平八郎が書を贈った孫の又一、曾孫・小栗忠人氏、玄孫の漫画家・小栗かずまた氏まで。三野村利左衛門と大隈家に支えられた家の歩み。 -
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龍馬の死後、海援隊は瀬戸内の島を占領していた—塩飽・小豆島の統治と梅花隊
幕末の坂本龍馬が斃れたあと、海援隊はどうなったのか。解散して終わり、と思われがちですが、そうではありません。隊は瀬戸内海の島々へ渡り、そこを占領して統治していました。 塩飽諸島、小豆島の東部、直島、男木島、女木島。二代目隊長となった長岡謙... -
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亀山社中・海援隊のメンバー一覧(隊士五十四人)—龍馬がつくった「会社」に集まった人びとを出身藩ごとに
坂本龍馬がつくった亀山社中・海援隊のメンバー五十四人を、出身の藩ごとに並べた一覧です。土佐二十三人、越前八人、そのほか五人、出身の伝わらない隊士十八人。名前から一人ずつの経歴へ進めます。 -
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天狗党の乱とは何だったのか—幕末の水戸が二つに割れ、敦賀で三百五十二人が斬られるまで
幕末の水戸藩といえば、徳川斉昭と水戸学、そして桜田門外の変が思い浮かびます。尊王攘夷という言葉を全国に広めたのは、まぎれもなくこの藩でした。ところがその水戸藩は、明治の新政府にほとんど人を送り出していません。藩が内側で割れ、割れた者同士... -
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荒川良々さんが演じる三野村利左衛門とは何をした人物か—小栗忠順に恩を返し、三井を救った大番頭
三野村利左衛門(みのむら・りざえもん)は、幕末から明治にかけて三井を支えた大番頭です。傾きかけた三井を立て直し、日本で最初の私立銀行である三井銀行を作った人物として知られています。ただ、この記事で書きたいのはそこではありません。 -
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小栗忠順と勝海舟—同じ幕府に仕えた二人は、なぜ正反対の道を選んだのか
幕末の幕府を支えた人物として、小栗忠順(小栗上野介)と勝海舟の二人はよく並べて語られます。片や徹底抗戦を説いて罷免され、故郷で斬られた男。片や江戸城無血開城をまとめ、明治まで生き延びた男。 -
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万延元年遣米使節とは—幕末の七十七人、小判を溶かした造幣局と、持ち帰ったネジ
万延元年遣米使節とは、万延元年(1860年)、日米修好通商条約の批准書を交換するため幕府がアメリカへ送った七十七人の使節団です。目付・小栗忠順がフィラデルフィアの造幣局で小判を分析させた話、持ち帰ったネジまで。 -
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幕末の新選組、隊士名簿はなぜ食い違うのか—『英名録』と、記録に残らなかった人たち
幕末の新選組に、隊士は何人いたのか。この問いに一つの答えを返すことはできません。資料によって、二十四名とも、百五十名とも、二百三十名とも、延べ五百名以上とも書かれています。どれかが間違っているわけではなく、数えている対象が違うのです。 当... -
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小栗上野介はなぜ殺されたのか—斬られた理由と最後の地・烏川の水沼河原、取り調べなき処刑の六十四日
小栗上野介(小栗忠順)はなぜ殺されたのか。慶応四年閏四月六日、群馬県高崎市倉渕町の烏川・水沼河原で取り調べもなく斬首された最後の六十四日、殺された理由とされる四つの説、村人が取り返した首を日付順にたどります。 -
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横須賀製鉄所とは—小栗忠順とヴェルニーが作り、いまも動いている幕末の造船所
神奈川県横須賀市。米海軍と海上自衛隊が使っている基地の中に、明治四年に完成した石造りのドライドックが、いまも現役で残っています。幕府が倒れる三年前に着工したものです。造らせたのは勘定奉行の小栗忠順。 -
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小栗忠順(おぐり ただまさ/小栗上野介)とは何をした人?—大河で松坂桃李さんが演じる主人公、横須賀を作り罪なくして斬られた幕臣
小栗忠順(おぐり ただまさ/小栗上野介)とは何をした人か。生まれは江戸・神田駿河台、石高二千七百石、勘定奉行など役職、妻・道子、最後の地・水沼河原、子孫、大河ドラマ『逆賊の幕臣』まで、要点と生涯をわかりやすくまとめました。 -
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田中良助 宛(借金借用の手紙)
坂本龍馬が田中良助に宛てた手紙(借金借用の手紙)の原文と現代語訳。一、金子2両私は讃岐(香川県)地方に行くので、お金が必要となりましたので貸して頂きたいのです。返済は今年の暮れまでに、一割五分の利息を付けて、元利金ともども返済致します。 -
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清井権二郎 宛
坂本龍馬が清井権二郎に宛てた手紙の原文と現代語訳。いよいよご安全なようで、謹んでお祝い致します。しかしながら、お金のことですが、この頃お金が無くて困ってます。近いうちに田舎から(お金が)届きましたら、その時にお渡しします。 -
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渡辺剛八【海援隊士 幕末亀山社中】
渡辺剛八は、越前(いまの福井)出身の海援隊隊士。激論家で知られたといいます。慶応初頭までに亀山社中に名を連ね、慶応二年(1866年)、大洲藩からの頼みでいろは丸の機関方として送り込まれました。 -
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永倉新八【新選組隊士 二番隊隊長 幕末】
永倉新八は新選組の二番隊隊長。出身は江戸、最期は病没。江戸の神道無念流門下だが試衛館に出入りしており近藤と共に浪士組に参加し、その後新選組結成のおりには二番隊長となります。 -
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坂本清次郎(坂本家養子) 宛 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が坂本清次郎(坂本家養子)に宛てた手紙の原文と現代語訳。追伸明朝から大阪へ下り、小野惇助(高松太郎)と話しそのうえで長崎へ行こうと思い立ちましたところ、蒸気船の便が二、三日のうちにあります。 -
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陸奥宗光 宛(慶応三年十一月十三日(推定)) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が陸奥宗光に宛てた手紙(慶応三年十一月十三日(推定)の原文と現代語訳。一、差し上げると言った脇差は、まだ大阪の便が帰ってこないのでわからない。一、持たせた短刀(差し上げると話した)は私のものよりはるかに良いものです。
