幕末・維新– category –
幕末から明治維新にかけての人物・組織・軍艦・城・史跡などの記事をまとめたカテゴリーです。新選組隊士、海援隊士、坂本龍馬の手紙、幕末の軍艦などのシリーズのほか、2027年の大河ドラマの主人公・小栗忠順に関する記事もここに入っています。
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幕末・維新
池内蔵太家族 宛(31通目) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が池内蔵太家族に宛てた手紙の原文と現代語訳。池ご家族一同杉ご家族一同先日大阪にいた時は、本当に久しぶりに風邪をひき、薬を6服ほども飲んだところ、難なく治りました。 -
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印藤聿 宛(30通目) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が印藤聿に宛てた手紙の原文と現代語訳。昨日山口より中島四郎(長州藩海軍)、能間百合熊(財満百合熊のこと長州藩海軍)、福原三蔵(奇兵隊士)の他要人が山田宇右衛門(長州藩士)とかいう人ときました。 -
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岩下佐次右衛門・吉井友実 宛
坂本龍馬が岩下佐次右衛門・吉井友実に宛てた手紙の原文と現代語訳。一筆書きます。さて、私でなければ誰かを上関まで行かせるつもりでいます。最近薩摩藩から来た船が下関に到着し、幸いにも黒田了介殿も一緒に来ていて、少々下関に滞在しています。 -
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印藤聿 宛(慶応元年十二月三日) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が印藤聿に宛てた手紙(慶応元年十二月三日)の原文と現代語訳。一筆書かせて頂きます。私は11月24日に大阪を出港し、同26日夕方に上関(山口県)に着きました。今日は下関に来ていて、手紙を届けにきました。いずれまた会いましょう。 -
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印藤聿 宛(27通目) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が印藤聿に宛てた手紙の原文と現代語訳。追伸、今夜も伊藤助太夫と飲んでいます。昨夜から貴方からご相談された件で考えていました。何にしても急ぎすぎてはかえって双方の心が通じないことと思います。 -
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三邦丸【薩摩藩 蒸気内輪船 幕末軍艦】
三邦丸は薩摩藩の蒸気内輪船。薩摩藩の鉄製蒸気内輪船で「坂本龍馬」と「お龍」が新婚旅行で鹿児島に行くときに乗った船として有名です。原名を「ゼラール」といい、文久二年(1862)、イギリスのリクエブールで建造されました。 -
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横笛丸【土佐藩 木製輸送帆船 幕末軍艦】
横笛丸は土佐藩の木製スクーナー。慶応三年に土佐藩が17,000ドルで購入した265トンの木製スクーナー帆船です。 -
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丁卯丸【長州藩 スクーナー級 幕末軍艦】
丁卯丸は長州藩のスクーナ-級。建造時の仮称は「ヒンダ(Hinda)」と称し、イギリス・ロンドンで建造され、慶応四年一月(1868年1月)に長州藩が購入しました。当初の艦名は「丁卯丸」と呼ばれ、後に「第一丁卯」と呼ばれるようになります。 -
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お龍 宛の手紙【坂本龍馬の手紙】
坂本龍馬がお龍に宛てた手紙の原文と現代語訳。次に書く本を寄こして下さい。太刀の絵が書いてあるものです。宿で借りてあるタンスの引き出しの下の端の引き出しに、白い鞘の短刀がある。これも送って下さいませ。 -
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池内蔵太 宛
坂本龍馬が池内蔵太に宛てた手紙の原文と現代語訳。さる9月29日上関町(山口県)にて薩摩藩の小蝶丸で来ました。この度の用事をあれこれ書きます。まず京都の様子は去月15日に将軍が上洛しました。 -
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坂本乙女 宛(文久三年六月十六日) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が坂本乙女に宛てた手紙(文久三年六月十六日)の原文と現代語訳。西町の池内蔵太の母上はいかがですか。きっと心配なさっていることでしょう。 -
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坂本乙女 宛(慶応元年九月か) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が坂本乙女に宛てた手紙(慶応元年九月か)の原文と現代語訳。私が以前持っていました、楷書で書かれた烈女伝(中国の古書)がありますよね。あれをひらがなに直して絵を入れたものがあって、その絵は元の烈女伝の絵のとおりで、本当に面白い。 -
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池内蔵太家族 宛(23通目) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が池内蔵太家族に宛てた手紙の原文と現代語訳。時勢の事は他から聞いてるかもしれませんね。 -
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乙女・おやべ(春猪) 宛
坂本龍馬が乙女・おやべ(春猪)に宛てた手紙の原文と現代語訳。私達と一緒にいるのは、とても元気のある2丁目の赤づら馬之助(新宮馬之助)、近藤長次郎、高松太郎(龍馬の甥)で、望月亀弥太(池田屋にて新選組により惨死)は死にました。 -
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坂本権平・乙女・おやべ(春猪) 宛(桂小五郎なるものあり)
坂本龍馬が坂本権平・乙女・おやべ(春猪)に宛てた手紙(桂小五郎なるものあり)の原文と現代語訳。9月6日の朝、京都寺町で川村盈進(土佐藩の医師)と会い、幸いにも家族のことを聞くことが出来ました。 -
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坂本乙女 宛(20通目) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳
坂本龍馬が坂本乙女に宛てた手紙の原文と現代語訳。ご無沙汰しております。いつもお気づかいして頂いていることと思います。それはそうと私は甥の高松太郎共々無事に精を出しております。 -
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池内蔵太宛
池内蔵太宛 原文 其後ハ御物遠奉存候。昨日頃より御風気ニ御引籠のよし御大事可被成、奉存候。然ニ拙儀御国の無余儀方に文通し申度、独兄ならでハ不叶事拝顔仕度奉存候。彼海軍士官被仰付候者も、大坂表ニて被仰付候時ハ拙者、急々下坂仕らねバ彼者とよる... -
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渋谷彦介 宛
坂本龍馬が渋谷彦介に宛てた手紙の原文と現代語訳。坂本龍馬から渋谷彦助へ将軍上洛の件薩摩藩渋谷彦助様坂本龍馬追伸土方楠左衛門久元は土佐より出てきたものですでに打ち合わせをしており事情も存じております。 -
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勝海舟 宛(黒龍丸のこと)
坂本龍馬が勝海舟に宛てた手紙(黒龍丸のこと)の原文と現代語訳。龍馬より黒龍丸の船うんぬんの議論では、この船を軍艦とし、大砲を積んで数年間交代しつつ、かつ神戸を守ろうという。 -
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坂本乙女 宛の手紙【坂本龍馬の手紙】
坂本龍馬が坂本乙女に宛てた手紙の原文と現代語訳。あの小野小町の歌を見てみよ、日照りの時の雨乞いの歌は、雨が降る見込みがあるときに請け合って歌うから雨が降るのである。あれは北の山が曇ってきたのを内々によく知っていて読んだ歌である。 -
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坂本乙女・春猪 宛(天誅組の蜂起失敗をあわれむ)
坂本龍馬が坂本乙女・春猪に宛てた手紙(天誅組の蜂起失敗をあわれむ)の原文と現代語訳。先の便で頂いた手紙や歌などは、これはもう面白く拝見させて頂きました。私は急用があって、本日江戸へ向かいます。
