全藩一覧—幕末の藩を地域・名前から探す– category –
江戸時代に置かれた藩を、地方別にまとめています。幕末まで続いた藩だけでなく、江戸時代の初めに取りつぶされたり国替えで消えたりした小さな藩も含め、およそ530の藩を一つずつ取り上げました。各ページでは藩が生まれた経緯、藩主家の移り変わり、幕末から廃藩置県までの動き、いまの城跡・陣屋跡の場所を紹介しています。
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板鼻藩/酒井家2万石:酒井忠行 本家の姫路移封に伴い支藩も廃藩
板鼻藩(酒井家2万石、酒井忠行)。本家の姫路移封に伴い支藩も廃藩。寛永二年(1625年)九月二日に、上野厩橋藩主「酒井忠世」の長男「酒井忠行」が板鼻に二万石の所領を与えられ板鼻藩を立藩しました。 -
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那波藩/酒井家2万2千5百石:酒井忠能 小諸藩へ移封のため廃藩
那波藩(酒井家2万2千5百石、酒井忠能)。小諸藩へ移封のため廃藩。豊臣秀吉の「北条征伐」後、関東に入封した「徳川家康」は「松平家乗」に上野国那波郡内一万石を与えました。これが那波藩の立藩です。 -
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総社藩/秋元家1万5千石:秋元泰朝 幕末前に甲斐谷村藩に加増移封のため廃藩
総社藩(秋元家1万5千石、秋元泰朝)。幕末前に甲斐谷村藩に加増移封のため廃藩。後北条氏の遺臣で徳川家の譜代家臣となった「秋元長朝」が一万石で入りました。長朝は地元の領民などの助力を得て総社に新城築城と城下町建設を計画しました。 -
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館林藩/秋元家6万石:秋元礼朝 新政府軍に恭順し奥羽戦線に派兵した館林藩
館林藩(秋元家6万石、秋元礼朝)。新政府軍に恭順し奥羽戦線に派兵した館林藩。館林藩は長州藩と縁戚関係にあったため、常陸水戸藩と共に関東における尊皇攘夷派の急先鋒となりました。 -
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小幡藩/奥平松平家2万石:松平忠恕 戊辰戦争では早くから新政府軍に恭順して家名を保った小幡藩
小幡藩(奥平松平家2万石、松平忠恕)。戊辰戦争では早くから新政府軍に恭順して家名を保った小幡藩。上野上里見藩より、若年寄の「松平忠恒」が二万石で入封します。奥平松平家の歴代藩主4人は若年寄、寺社奉行、奏者番などを歴任しました。 -
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吉井藩(矢田藩)/松平家1万石:吉井信謹 幕末時に新政府側の立場を取り松平姓を捨て吉井姓に改めた吉井藩
吉井藩(矢田藩)(松平家1万石、吉井信謹)。幕末時に新政府側の立場を取り松平姓を捨て吉井姓に改めた吉井藩。第9代藩主「松平信発」は安政六年(1859年)、前水戸藩主「徳川斉昭」に永蟄居の命を伝える上使を務めた功績から、莫大な恩賞を受け… -
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七日市藩/前田家1万石:前田利昭 早くから新政府軍に恭順し会津戦争へ加わった七日市藩
七日市藩(前田家1万石、前田利昭)。早くから新政府軍に恭順し会津戦争へ加わった七日市藩。慶応四年(1868年)の「戊辰戦争」では新政府側に与し、会津藩の討伐に参加しました。 -
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伊勢崎藩/酒井家2万石:酒井忠彰 自ら謹慎して新政府に恭順した伊勢崎藩
伊勢崎藩(酒井家2万石、酒井忠彰)。自ら謹慎して新政府に恭順した伊勢崎藩。幕末には本家の「姫路藩」が佐幕派だったため新政府から警戒されたが、8代藩主「酒井忠強」は自ら謹慎することで恭順の意を示しました。 -
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高崎藩/大河内松平家8万2千石:松平輝聲 早くから新政府へ恭順し明治を迎えた高崎藩
高崎藩(大河内松平家8万2千石、松平輝聲)。早くから新政府へ恭順し明治を迎えた高崎藩。安政六年(1859年)十二月十五日、高崎藩主「大河内輝声」は将軍「徳川家茂」に拝謁します。 -
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安中藩/板倉家2万石:板倉勝殷 幕末期に同志社大学を創設した新島襄を輩出した安中藩
安中藩(板倉家2万石、板倉勝殷)。幕末期に同志社大学を創設した新島襄を輩出した安中藩。安中藩は幕末期に「和宮降嫁」のために中山道の守備を務めました。「偽官軍事件」として有名な「赤報隊」事件はこの安中で起こっています。 -
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前橋藩/松平家17万石:松平直克 大政奉還後の戊辰戦争ではいち早く新政府に恭順した前橋藩
前橋藩(松平家17万石、松平直克)。大政奉還後の戊辰戦争ではいち早く新政府に恭順した前橋藩。幕末になって時の川越藩主「松平直克」に念願の前橋帰城が許されました。 -
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沼田藩/土岐家3万5千石:土岐頼知 新政府軍に恭順し三国峠の戦いで会津藩と交戦した沼田藩
沼田藩(土岐家3万5千石、土岐頼知)。新政府軍に恭順し三国峠の戦いで会津藩と交戦した沼田藩。第11代沼田藩主となった「土岐頼之」は、寛政の改革で有名な「松平定信」の孫であったが、徳川幕府とはあまり深く関わらずにきました。 -
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石川藩/本多家1万石:本多忠利 三河国挙母藩への移封にて廃藩
石川藩(本多家1万石、本多忠利)。三河国挙母藩への移封にて廃藩。石川藩は寛文二年(1662年)、「本多忠勝」の曾孫「本多忠平(白河藩主)」が襲封にあたり次弟の「本多忠利」に陸奥石川郡のうち16か村一万石を分与して成立した白河藩の支藩です。 -
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大久保藩/本多家1万石:本多政利 藩政不届きにより幕末前に改易
大久保藩(本多家1万石、本多政利)。藩政不届きにより幕末前に改易。延宝七年(1679年)、郡山藩で起こった九・六騒動の当事者の一人「本多政利」は幕府からその責を問われ、六万石の内三万石を返還した上で新たに三万石が加えられるという形で播… -
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会津藩/松平家23万石:松平容保 戊辰戦争最大の激戦地で白虎隊の悲劇が起こった会津藩
会津藩(松平家23万石、松平容保)。戊辰戦争最大の激戦地で白虎隊の悲劇が起こった会津藩。慶応四年(1868年)に鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争)が勃発します。会津藩は、桑名藩や幕府軍とともに新政府軍と戦ったが敗北しました。 -
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陸奥下村藩/田沼家1万石:田沼意正 幕末前に相良へ移封となり廃藩
陸奥下村藩(田沼家1万石、田沼意正)。幕末前に相良へ移封となり廃藩。文政六年(1823年)、老中の水野忠成と11代将軍・徳川家斉のはからいで、田沼意正は祖父・意次の時代の領地だった遠江の相良へ戻されることになり、下村藩はなくなりました。 -
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下手渡藩/立花家1万石:立花種恭 奥羽戦争では新政府軍側で仙台藩と戦った下手渡藩
下手渡藩(立花家1万石、立花種恭)。奥羽戦争では新政府軍側で仙台藩と戦った下手渡藩。幕末の藩主・立花種恭は、慶応四年(1868年)一月十日、幕府の老中格・会計総裁に任じられます。 -
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桑折藩/松平家2万石:松平忠恒 幕末前に上野篠塚へ転封となり廃藩
桑折藩(松平家2万石、松平忠恒)。幕末前に上野篠塚へ転封となり廃藩。藩主は奥平系の松平家(奥平松平家)で、徳川家康の娘婿・奥平信昌の孫にあたる松平忠弘の養子、松平忠尚を藩祖とします。家格は帝鑑間詰譜代大名でした。 -
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梁川藩/松前家9千石:松前章広 幕末前に蝦夷松前へ再封となり廃藩
梁川藩(松前家9千石、松前章広)。幕末前に蝦夷松前へ再封となり廃藩。蝦夷地は度々幕府の管轄する領地となり梁川に転封された松前氏は、まず財政難に直面しました。蝦夷地での松前家は、米ではなくアイヌとの交易の場(商場)を家臣に分け与える「商… -
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二本松藩/丹羽家10万7百石:丹羽長国 戊辰戦争では二本松少年隊の悲劇で知られる二本松藩
二本松藩(丹羽家10万7百石、丹羽長国)。戊辰戦争では二本松少年隊の悲劇で知られる二本松藩。幕末期、第10代二本松藩主「丹羽長国」は江戸湾警備、京都警衛、天狗党の乱鎮圧などで活躍しました。 -
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福島藩/板倉家3万石:板倉勝達 奥羽越列藩同盟に加盟したため減封の上三河国重原藩へ移封となった板倉氏
福島藩(板倉家3万石、板倉勝達)。奥羽越列藩同盟に加盟したため減封の上三河国重原藩へ移封となった板倉氏。元禄十五年(1702年)に板倉氏が三万石にて福島藩へ入封しました。
