全藩– category –
-
全藩
前橋藩/松平家17万石:松平直克 大政奉還後の戊辰戦争ではいち早く新政府に恭順した前橋藩
【藩名】 前橋藩 【説明】 幕末になって時の川越藩主「松平直克」に念願の前橋帰城が許されました。足掛け4年におよぶ大規模な築城を経て、慶応3年(1867年)新「【現地取材】前橋城・前橋藩」が完成し、川越藩の石高17万石をもって前橋藩が再立藩したが間... -
全藩
沼田藩/土岐家3万5千石:土岐頼知 新政府軍に恭順し三国峠の戦いで会津藩と交戦した沼田藩
【藩名】 沼田藩 【説明】 第11代沼田藩主となった「土岐頼之」は、寛政の改革で有名な「松平定信」の孫であったが、徳川幕府とはあまり深く関わらずにきました。慶応3年(1867年)4月に家督を「土岐頼知」に譲って隠居したが、依然として藩への影響力を持... -
全藩
石川藩/本多家1万石:本多忠利 三河国挙母藩への移封にて廃藩
【藩名】 石川藩 【説明】 石川藩は寛文2年(1662年)、「本多忠勝」の曾孫「本多忠平(白河藩主)」が襲封にあたり次弟の「本多忠利」に陸奥石川郡のうち16か村1万石を分与して成立した白河藩の支藩です。天和元年(1681年)9月に三河国挙母藩へ移封とな... -
全藩
大久保藩/本多家1万石:本多政利 藩政不届きにより幕末前に改易
【藩名】 大久保藩 【説明】 天和2年(1682年)2月、郡山藩で起こった九・六騒動の張本人の一人「本多政利」は幕府からその責を問われ、6万石の内3万石を返還した上で新たに3万石が加えられるという形で播磨国明石藩に移封されました。 その地で過酷な政治... -
全藩
会津藩/松平家23万石:松平容保 戊辰戦争最大の激戦地で白虎隊の悲劇が起こった会津藩
【藩名】 会津藩 【説明】 慶応4年(1868年)に鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争)が勃発します。会津藩は、桑名藩や幕府軍とともに新政府軍と戦ったが敗北しました。この戦の結果、朝廷は会津藩を「朝敵」としました。その後の奥羽戦線において、会津藩は「奥... -
全藩
陸奥下村藩/田沼家1万石:田沼意正 幕末前に相良へ移封となり廃藩
【藩名】 陸奥下村藩 【説明】 文政6年(1823年)、老中「水野忠成」や将軍「徳川家斉」の計らいもあって、「田沼意正」は意次時代の旧領の相良へ再び移されることとなり、下村藩は廃藩となりました。ちなみに、田沼氏が再び相良へ戻ることには幕閣の多く... -
全藩
下手渡藩/立花家1万石:立花種恭 奥羽戦争では新政府軍側で仙台藩と戦った下手度藩
【藩名】 下手渡藩 【説明】 幕末の藩主「立花種恭」は慶応4年(1866年)1月10日に老中格の会計総裁となったが、すでに「戊辰戦争」が始まっており、「鳥羽伏見の戦い」において敗北を喫した直後でした。この混乱の中で種恭はその職を辞します。 同年3月2... -
全藩
桑折藩/松平家2万石:松平忠恒 幕末前に上野篠塚へ転封となり廃藩
【藩名】 桑折藩 【説明】 藩主は奥平氏系の松平家(奥平松平家)で、徳川家康の女婿「奥平信昌」の孫「松平忠弘」の養子となった「松平忠尚」を藩祖とします。家格は帝鑑間詰譜代大名でした。 その後、忠弘に直系の孫「松平忠雅」が生まれたため、元禄元... -
全藩
梁川藩/松前家9千石:松前章広 幕末前に蝦夷松前へ再封となり廃藩
【藩名】 梁川藩 【説明】 蝦夷地は度々幕府の管轄する領地となり梁川に転封された松前氏は、まず財政難に直面しました。蝦夷においては商場知行という形で知行地を家臣に与えていたが、梁川では石高制度に切り替える必要があり、その収入も家臣団を賄えな... -
全藩
二本松藩/丹羽家10万7千石:丹羽長国 戊辰戦争では二本松少年隊の悲劇で知られる二本松藩
【藩名】 二本松藩 【説明】 幕末期、第10代二本松藩主「丹羽長国」は江戸湾警備、京都警衛、天狗党の乱鎮圧などで活躍しました。戊辰戦争では奥羽越列藩同盟に参加して新政府軍と戦ったが、各地で敗戦を重ねて明治元年(1868年)7月28日に長国は米沢藩に... -
全藩
福島藩/板倉家3万石:板倉勝達 奥羽越列藩同盟に加盟したため減封の上三河国重原藩へ移封となった板倉氏
【藩名】 福島藩 【説明】 元禄15年(1702年)に板倉氏が3万石にて福島藩へ入封しました。明治元年(1868年)、12代藩主「板倉勝達」は「奥羽越列藩同盟」に与したため、領土を奥羽内に移されました。これに伴い元々飛地だった三河重原に藩庁を移して重原... -
全藩
窪田藩/土方家2万石:土方雄隆 跡目相続のお家騒動により幕末前に改易
【藩名】 窪田藩 【説明】 天和3年(1683年)5月13日に窪田に赴くとき、病を理由に異母弟の「土方貞辰」に家督を譲ろうと幕府に請うた。ところが家臣団の一部から雄信の子の「土方内匠」を擁立する一派が現われ、家督をめぐっての御家騒動が発生しました。... -
全藩
浅川藩/本多家1万石:本多忠晴 幕末前に三河国伊保藩への移封により廃藩
【藩名】 浅川藩 【説明】 浅川藩は寛文2年(1662年)11月、石川藩と同じく、白河藩主「本多忠義」の三男「本多忠以」が1万石を父から分与されたことで成立した藩です。忠以の後を継いだ弟「本多忠晴」が天和元年(1681年)9月、三河国伊保藩へ移封となり... -
全藩
白河新田藩(白河藩支藩)/松平家2万石:松平忠尚 陸奥桑折藩に移封となり廃藩
【藩名】 白河新田藩(白河藩支藩) 【説明】 白河新田藩は元禄元年(1688年)、「松平忠尚」が白河藩主で養父「松平忠弘」より2万石の新田を分与されたことに始まります。忠弘の嫡子「松平清照」の病弱を理由に、天和元年(1681年)に次期白河藩主として... -
全藩
白河藩/阿部家10万石:阿部正静 幕末時には棚倉へ移封により廃藩 城主不在のまま白河城攻防戦が勃発した
【藩名】 白河藩 【説明】 江戸時代を通じて様々な大名が統治したが、幕末期は阿部家が城主として治めていました。分家の旗本から本家を相続して第7代藩主となった「阿部正外」は間もなく老中となり、攘夷派の反対を押し切って兵庫開港を決定したが、結果... -
全藩
泉藩/本多家2万石:本多忠紀 奥羽越列藩同盟に加盟し新政府軍と交戦した泉藩
【藩名】 泉藩 【説明】 第6代藩主「本多忠紀」は幕末に寺社奉行・奏者番として参与します。そして「戊辰戦争」では旧幕府軍に与して新政府軍と戦ったため、官位剥奪の上、2000石を召し上げられて強制隠居を余儀なくされました。磐城の戦いでは平藩と湯長... -
全藩
湯長谷藩/内藤家1万5千石:内藤政養 奥羽越列藩同盟に加盟各地に転戦したため新政府軍に攻められ落城した湯長谷藩
【藩名】 湯長谷藩 【説明】 本藩にあたる「磐城平藩」内藤家は、延享4年(1747年)に「日向延岡」に転封されるが、湯長谷藩の内藤家はそのまま領地を保ち、幕末まで存続します。歴代藩主はほとんどが養子を迎えていました。 10代藩主「内藤政民」が藩校「... -
全藩
棚倉藩/阿部家10万石:阿部正静 奥羽越列藩同盟に加わり新政府軍の攻撃で落城した棚倉藩
【藩名】 棚倉藩 【説明】 戊辰戦争では、藩主「阿部正静」が藩兵を率いて「奥羽越列藩同盟」に参加、白河口において新政府軍と対峙しました。慶応4年(1868年)6月24日、棚倉城は新政府軍の攻撃を受けて落城し正静は降伏しました。維新後は4万石を減封さ... -
全藩
磐城平藩/安藤家4万石:安藤信正 坂下門外の変で浪士に襲撃された安藤信正の磐城平藩
【藩名】 磐城平藩 【説明】 歴代藩主の中で最も有名な人物は、第5代藩主「安藤信正」です。桜田門外の変の後、老中として幕政を主導したが、文久2年(1862年)の「坂下門外の変」で失脚、強制隠居処分に処されて所領も4万石に削減されました。 関連する現... -
全藩
守山藩(水戸藩支藩)/松平家2万石:松平頼升 戊辰戦争では戦うことなく恭順した守山藩
【藩名】 守山藩(水戸藩支藩) 【説明】 幕末期の元治元年(1864年)、「武田耕雲斎」「藤田小四郎」らの「天狗党の乱」が勃発し、守山藩でもこの乱に加わった者が多数いたため、多くの藩士が処罰されました。戊辰戦争が勃発すると、【現地取材】白河小峰... -
全藩
三春藩/秋田家5万石:秋田映季 新政府軍へ寝返り奥羽越列藩同盟軍へ攻撃を加えた三春藩
【藩名】 三春藩 【説明】 戊辰戦争の際には他の東北諸藩同様に新政府側であったが、奥羽鎮撫総督参謀の世良修蔵暗殺と会津・旧幕府軍による白河城攻略による白石会議が「奥羽越列藩同盟」に変貌した為これに加わります。 新政府軍の「迅衝隊(土佐藩)」...
