全藩一覧—幕末の藩を地域・名前から探す– category –
江戸時代に置かれた藩を、地方別にまとめています。幕末まで続いた藩だけでなく、江戸時代の初めに取りつぶされたり国替えで消えたりした小さな藩も含め、およそ530の藩を一つずつ取り上げました。各ページでは藩が生まれた経緯、藩主家の移り変わり、幕末から廃藩置県までの動き、いまの城跡・陣屋跡の場所を紹介しています。
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下野上田藩/西郷家1万石:西郷寿員 勤務怠慢により減封され寄合となって廃藩
下野上田藩(西郷家1万石、西郷寿員)。勤務怠慢により減封され寄合となって廃藩。元禄五年(1692年)二月七日、「徳川綱吉」の寵臣であった安房東条藩主「西郷寿員」は、下野国都賀郡・河内郡・芳賀郡に所領を移されました。 -
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真岡藩/稲葉家4万石:稲葉正勝 小田原へ移封のため廃藩
真岡藩(稲葉家4万石、稲葉正勝)。小田原へ移封のため廃藩。寛永四年(1627年)、「堀親良」が下野烏山藩に加増移封された後、「稲葉正成」が二万石で入封しました。 -
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茂木藩/細川家1万6千2百石:細川興貫 谷田部藩の移封により立藩された茂木藩
茂木藩(細川家1万6千2百石、細川興貫)。谷田部藩の移封により立藩された茂木藩。この藩を開いたのは、細川藤孝(幽斎)の次男で、熊本藩の祖・細川忠興の弟にあたる細川興元です。 -
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鹿沼藩/内田家1万5千石:内田正親 下総国小見川藩へ移封のため廃藩
鹿沼藩(内田家1万5千石、内田正親)。下総国小見川藩へ移封のため廃藩。正保四年(1647年)、小姓組番頭であった「朽木稙綱」は、鹿沼において五千石を加増され、二万五千石の大名として鹿沼藩を立藩しました。 -
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板橋藩/大給松平家1万石:松平成重 三河西尾藩へ移封のため廃藩
板橋藩(大給松平家1万石、松平成重)。三河西尾藩へ移封のため廃藩。慶長五年(1600年)の「関ヶ原の戦い」の前哨戦「伏見城攻防戦」で「松平近正」は戦死しました。 -
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高徳藩/戸田家1万石:戸田忠綱 幕末の宇都宮城攻防戦では新政府軍側で参戦した高徳藩
高徳藩(戸田家1万石、戸田忠綱)。幕末の宇都宮城攻防戦では新政府軍側で参戦した高徳藩。慶応二年(1866年)三月、「戸田忠至」は「天狗党の乱」で改易の危機に立たされた宇都宮藩を救い、山陵奉行として功績を挙げたことから、本家である宇都宮… -
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高徳藩/戸田家1万石:戸田忠綱 旧幕府軍と新政府軍の戦場にもなった高徳藩
高徳藩(戸田家1万石、戸田忠綱)。旧幕府軍と新政府軍の戦場にもなった高徳藩。慶応二年(1866年)三月、戸田忠至は本家の宇都宮藩戸田家から一万石を分けてもらい、大名に取り立てられて高徳藩を開きました。 -
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那須藩/那須家1万2千石:那須資祗 烏山藩へ移封のため廃藩
那須藩(那須家1万2千石、那須資祗)。烏山藩へ移封のため廃藩。慶安元年(1648年)、無嗣断絶とされた信濃国小諸藩主「松平憲良」の弟「松平康尚」が名跡の継承を許されて那須城へ一万石で入封し、那須藩が再立藩されました。 -
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佐野藩/堀田家1万6千石:堀田正頌 幕末時には新政府軍に武器を献上し恭順した佐野藩
佐野藩(堀田家1万6千石、堀田正頌)。幕末時には新政府軍に武器を献上し恭順した佐野藩。唐沢山城を統治していた「佐野房綱」は豊臣秀吉に仕えていたが、ほどなく死去し、その跡を養子の「佐野信吉」が継ぎました。 -
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壬生藩/鳥居家3万石:鳥居忠宝 土壇場で新政府軍に恭順した壬生藩
壬生藩(鳥居家3万石、鳥居忠宝)。土壇場で新政府軍に恭順した壬生藩。幕末期、壬生藩では尊皇攘夷をめぐっての争いが絶えず、文久二年(1862年)には勤王派が主導権を握って保守派の江戸家老「鳥居志摩」が失脚の上、自刃させられました。 -
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宇都宮藩/戸田家7万7千石:戸田忠友 戊辰戦争では旧幕府軍と新政府軍との間で激戦となった宇都宮城
宇都宮藩(戸田家7万7千石、戸田忠友)。戊辰戦争では旧幕府軍と新政府軍との間で激戦となった宇都宮城。元治元年(1864年)、常陸国筑波山にて「天狗党の乱」が起こり天狗党の一軍が宇都宮城にやって来ました。 -
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烏山藩/大久保家3万石:大久保忠順 幕末時は特にめだったこともなく新政府軍に恭順した烏山藩
烏山藩(大久保家3万石、大久保忠順)。幕末時は特にめだったこともなく新政府軍に恭順した烏山藩。幕末期の烏山藩は領内が荒廃していたこともあり、特に目立ったことはありませんでした。 -
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喜連川藩/喜連川家5千石:喜連川縄氏 いち早く新政府軍に恭順し白河小峰城の攻防戦にも参戦した喜連川藩
喜連川藩(喜連川家5千石、喜連川縄氏)。いち早く新政府軍に恭順し白河小峰城の攻防戦にも参戦した喜連川藩。喜連川藩主は「足利国朝(正室は古河公方足利氏姫)」を藩祖とする足利一門です。 -
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黒羽藩/大関家1万8千石:大関増勤 戊辰戦争では新式装備にて三斗小屋攻略や会津戦争へ参戦した黒羽藩
黒羽藩(大関家1万8千石、大関増勤)。戊辰戦争では新式装備にて三斗小屋攻略や会津戦争へ参戦した黒羽藩。第15代黒羽藩主「大関増裕」は外様の小藩ながら幕末には「海軍奉行」や「若年寄」などの幕府要職を歴任します。 -
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大田原藩/大田原家1万1千石:大田原一清 新政府軍についたため会津藩や旧幕府軍から攻撃を受けた大田原藩
大田原藩(大田原家1万1千石、大田原一清)。新政府軍についたため会津藩や旧幕府軍から攻撃を受けた大田原藩。第3代大田原藩主「大田原高清」は弟の「為清」に千石を分知し、表高は一万一千石となりました。 -
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篠塚藩/松平家2万石:松平忠恒 上里見藩へ移封のため短期間のうちに廃藩
篠塚藩(松平家2万石、松平忠恒)。上里見藩へ移封のため短期間のうちに廃藩。延享四年(1747年)七月、陸奥桑折藩主であった「松平忠恒」が陸奥伊達郡など一万二千二百五十石の所領を上野国に移され、邑楽郡篠塚村に陣屋を構えたことから篠塚藩を… -
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上里見藩/松平家2万石:松平忠恒 小幡藩へ移封となり廃藩
上里見藩(松平家2万石、松平忠恒)。小幡藩へ移封となり廃藩。上里見藩は寛延元年(1748年)八月、篠塚藩主であった「松平忠恒」が移封されたことから立藩しました。表高は二万石。 -
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青柳藩/近藤家1万石:近藤秀用 幕末前に井伊谷藩へ移封のため廃藩
青柳藩(近藤家1万石、近藤秀用)。幕末前に井伊谷藩へ移封のため廃藩。慶長十九年(1614年)、槍奉行であった「近藤秀用」は相模国内において新たに一万石を与えられ、従来の上野国邑楽郡青柳五千石と合わせて一万五千石の大名として諸侯に列し青… -
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白井藩/本多家1万石:本多紀貞 幕末前に嗣子がなくお家は断絶し廃藩
白井藩(本多家1万石、本多紀貞)。幕末前に嗣子がなくお家は断絶し廃藩。「西尾忠永」が二万石で白井藩へ入封します。しかし、元和四年(1618年)に常陸国土浦藩へ移封となりました。 -
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大胡藩/牧野家2万石:牧野忠成 幕末前に長岡へ加増転封となり廃藩
大胡藩(牧野家2万石、牧野忠成)。幕末前に長岡へ加増転封となり廃藩。慶長十四年(1609年)十二月、「牧野康成」が死去し、子の「牧野忠成」が大胡藩主の跡を継ぎました。 -
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上野豊岡藩/根津家1万石:根津信直 幕末前に嗣子がなくお家断絶により廃藩
上野豊岡藩(根津家1万石、根津信直)。幕末前に嗣子がなくお家断絶により廃藩。慶長七年(1602年)、「根津政直」の子である「根津信政」は五千石の加増により合計一万石の大名として上野豊岡藩を立藩しました。
