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相馬中村藩/相馬家6万石:相馬誠胤 奥羽越列藩同盟に参加し仙台藩・米沢藩と共に新政府軍と交戦したが早々に恭順した相馬中村藩
【藩名】 相馬中村藩 【説明】 慶応4年(1868年)の戊辰戦争では南境の「磐城平藩」や北境の「仙台藩」とともに「奥羽越列藩同盟」に参加し、浜街道を北上してきた新政府軍に対して「仙台藩」や「米沢藩」と共に応戦(磐城の戦い)しました。しかし、中村... -
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高畠藩/織田家2万石:織田信美 天童への移封に伴い廃藩
【藩名】 高畠藩 【説明】 江戸中期の高畠藩主「織田信美」は所領の大部分が天童を中心とした村山郡に集中していることを考慮して、居館を「高畠陣屋」から天童に移そうとしました。文政11年(1828年)5月に幕府からもそれを許され、信美は天保元年(1830... -
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村山藩/本多家1万石:本多助芳 糸魚川藩への移封にて廃藩
【藩名】 村山藩 【説明】 天和2年(1682年)2月22日、遠江国横須賀藩5万石の藩主であった「本多利長」は、播磨国明石藩6万石の藩主であった「本多政利」の改易に連座して改易されました。その後、政利が陸奥国岩瀬藩1万石の藩主として復帰を許されると、... -
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出羽丸岡藩/加藤家1万石:加藤忠広 忠広死去と共に廃藩
【藩名】 出羽丸岡藩 【説明】 寛永9年(1632年)6月、幕命により肥後国熊本藩主「加藤忠広」は改易となり、庄内藩主「酒井忠勝」預かりの身となったが、このとき忠広には1万石が与えられ丸岡藩が成立しました。しかし藩としての支配機構や支配権はほとん... -
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仁賀保藩/仁賀保家1万石:仁賀保挙誠 江戸時代に分与旗本となり廃藩
【藩名】 仁賀保藩 【説明】 寛永元年2月14日(1624年4月1日)に挙誠が死去すると、その所領は長男・仁賀保良俊に7,000石、次男・仁賀保誠政に2,000石、三男・仁賀保誠次に1,000石とそれぞれ分封されて旗本となり、仁賀保藩はわずか1年で廃藩となりました... -
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左沢藩(左沢楯山城)/酒井家1万2千石:酒井直次 幕末前に出羽松山藩へ併呑
【藩名】 左沢藩 【説明】 元和8年(1622年)山形の最上氏の改易によって、庄内藩成立と同時に「酒井忠勝」の弟「酒井直次」が村山郡左沢で1万2,000石を与えられ左沢藩が成立しました。左沢藩主「直次」は当初居城を「左沢楯山城」としたが、後に小漆川に... -
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大山藩(庄内藩支藩)/酒井家1万石:酒井忠解 嗣子がなく幕末前に廃藩
【藩名】 大山藩(庄内藩支藩) 【説明】 庄内藩初代藩主「酒井忠勝」の死去に際し、2代藩主「酒井忠当」への遺言に基づき、忠勝の七男「酒井忠解」が、正保4年(1647年)庄内藩領のうち田川郡内の大山(鶴岡市)で新田1万石を分与され、陣屋を構え立藩し... -
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米沢新田藩(米沢藩支藩)/上杉家1万石:上杉勝道 米沢宗家が新政府軍に交戦したため減封のため吸収された米沢新田藩
【藩名】 米沢新田藩(米沢藩支藩) 【説明】 米沢新田藩は享保4年(1719年)に5代藩主「上杉吉憲」が弟「上杉勝周」に領内の新田分1万石を分与して成立しました。米沢城内二の丸に藩庁を置き、居所としていました。武鑑では江戸藩邸は麻布に上屋敷があっ... -
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米沢藩/上杉家14万7千石:上杉茂憲 奥羽越列藩同盟では仙台藩と共に盟主となり交戦した米沢藩
【藩名】 米沢藩 【説明】 第12代藩主「上杉斉憲」の時代に、米沢藩は幕末を迎えます。斉憲は佐幕派として文久3年(1863年)に上洛して京都警衛を果たし、翌年からは嗣子「上杉茂憲」が上洛して2年間京都警衛を果たしたため、その功績により慶応2年9月(18... -
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長瀞藩/米津家1万1千石:米津政敏 庄内藩に与したため天童藩に陣屋を占拠された長瀞藩
【藩名】 長瀞藩 【説明】 幕末時の長瀞藩では、幕末の藩主「米津政明」のときに藩内で攘夷討幕を叫ぶ声が高まり始めます。政明は農民30余名を兵として取り立てて農兵を組織し、軍事改革を進めるなどの手腕を見せていました。しかし、藩内をまとめるだけの... -
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天童藩/織田家2万石:織田信敏 奥羽鎮撫先導を命じられるがほどなく奥羽越列藩同盟に加わった天童藩
【藩名】 天童藩 【説明】 明治元年(1868年)1月、藩主「織田信学」は新政府より上洛の命を受けました。しかし信学は病床にあったため、嫡男の「織田信敏」が代理として参内しました。このとき、新政府から奥羽鎮撫使先導に任じられ、天童藩重臣の「吉田... -
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山形藩/水野家5万石:水野忠弘 奥羽越列藩同盟に加わるも米沢藩・仙台藩の降伏とともに恭順した山形藩
【藩名】 山形藩 【説明】 幕末時の山形藩は周辺の「米沢藩」「仙台藩」とともに「奥羽越列藩同盟」に加わったが、同盟の主要な藩(米沢藩・仙台藩)が降伏すると山形藩も慶応4年9月17日(1868年11月1日)に新政府軍に降伏しました。 2代藩主「水野忠弘」... -
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出羽松山藩(庄内藩支藩)/酒井家2万5千石:酒井忠良 本藩の庄内藩と共に奥羽越列藩同盟に加盟して参戦した出羽松山藩
【藩名】 出羽松山藩(庄内藩支藩) 【説明】 庄内藩初代藩主「酒井忠勝」の三男「酒井忠恒」が、正保4年(1647年)庄内藩領のうち新田など2万石を分与されたことに始まります。3代「忠休」は奏者番を経て若年寄に累進しました。このため5000石を加増され... -
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庄内藩(鶴岡藩・大泉藩)/酒井家17万石:酒井忠篤 奥羽越列藩同盟軍で最後まで新政府軍と戦い連戦連勝した庄内藩
【藩名】 庄内藩(鶴岡藩・大泉藩) 【説明】 慶応3年12月(1868年1月)、「上山藩」などとともに江戸薩摩藩邸への討ち入りを命ぜられて実行します。戊辰戦争の口火を切るとともに、この焼き打ちが新政府軍による徳川家武力討伐の口実や、奥羽鎮撫総督によ... -
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久保田新田藩(久保田藩支藩)/佐竹家1万石:佐竹義堅 久保田藩主を継いだため幕末前に廃藩
【藩名】 久保田新田藩(久保田藩支藩) 【説明】 久保田新田藩は久保田藩の支藩で、元禄14年(1701年)に久保田藩3代藩主「佐竹義処」が甥の「佐竹義都」に新田1万石を分与したことに始まります。享保17年(1732年)に義都の子「佐竹義堅」が宗家の養子と... -
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矢島藩/生駒家1万石:生駒親敬 戊辰戦争では新政府軍に与したため庄内藩の攻撃を受け陣屋を自焼した矢島藩
【藩名】 矢島藩 【説明】 慶応4年(1868年)の「戊辰戦争」において、新政府軍に対抗すべく「奥羽越列藩同盟」が結成されます。矢島藩12代当主「生駒親敬」は当初同盟軍に加盟したが、久保田藩からの誘いを受け、家中を勤王論に統一し新政府軍に与しまし... -
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亀田藩/岩城家2万石:岩城隆邦 庄内藩と共に新政府軍と戦った亀田藩
【藩名】 亀田藩 【説明】 慶応4年(1868年)の「戊辰戦争」では、東北諸藩が結んだ「奥羽越列藩同盟」に加盟しました。しかし、12代藩主の「岩城隆邦」は同盟締結前に新政府の上洛命令に東北諸藩で唯一応じて明治天皇に拝謁したほどの勤王派であったこと... -
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岩崎藩(久保田藩支藩)/佐竹家2万石:佐竹義諶 戊辰戦争では本藩とともに新政府軍側で戦った岩崎藩
【藩名】 岩崎藩(久保田藩支藩) 【説明】 幕末「王政復古の大号令」により江戸定府の必要がなくなると、8代藩主「佐竹義諶」は国入りし、慶応4年(1868年)3月、河辺郡椿台に「椿台陣屋」を構えることになりました。 このため藩士は「椿台藩」を自称しま... -
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中津山藩(仙台藩支藩)/伊達家3万石:伊達邦賢 江戸城登城中に旗本を斬ったため改易となった中津山藩
【藩名】 中津山藩(仙台藩支藩) 【説明】 翌元禄9年(1696年)1月11日に六本木に藩邸が落成し、10月28日に中津山を藩庁とすることが公的に確認されると、次第に中津山藩は藩としての体裁を整えていきました。 ところが元禄12年(1699年)9月9日、江戸城... -
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岩沼藩(仙台藩支藩)/田村家2万石:田村建顕 一関藩へ移封のため廃藩
【藩名】 岩沼藩(仙台藩支藩) 【説明】 伊達政宗の正室「愛姫」の実家である田村家は、天正18年(1590年)の豊臣秀吉による「小田原征伐」に参陣しなかったため改易に処せられました。愛姫の実子である「伊達忠宗」は母の遺言により承応2年(1653年)、... -
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仙台藩/伊達家62万石:伊達義邦 戊辰戦争では奥羽越列藩同盟の盟主となった仙台藩
【藩名】 仙台藩 【説明】 「戊辰戦争」では「奥羽越列藩同盟」を結成し、盟主となりました。仙台藩は当時、日本有数の兵力を有していたものの、イギリスから大量に最新型の銃器を購入していた薩長軍と比べると、銃器の保有数や銃器自体の性能が圧倒的に劣...
