全藩一覧—幕末の藩を地域・名前から探す– category –
江戸時代に置かれた藩を、地方別にまとめています。幕末まで続いた藩だけでなく、江戸時代の初めに取りつぶされたり国替えで消えたりした小さな藩も含め、およそ530の藩を一つずつ取り上げました。各ページでは藩が生まれた経緯、藩主家の移り変わり、幕末から廃藩置県までの動き、いまの城跡・陣屋跡の場所を紹介しています。
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窪田藩/土方家2万石:土方雄隆 跡目相続のお家騒動により幕末前に改易
窪田藩(土方家2万石、土方雄隆)。跡目相続のお家騒動により幕末前に改易。天和三年(1683年)五月十三日、窪田へ向かうことになった藩主の土方雄隆は、病気を理由に、腹違いの弟の土方貞辰に家督を譲りたいと幕府に願い出ました。 -
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浅川藩/本多家1万石:本多忠晴 幕末前に三河国伊保藩への移封により廃藩
浅川藩(本多家1万石、本多忠晴)。幕末前に三河国伊保藩への移封により廃藩。浅川藩は寛文二年(1662年)十一月、石川藩と同じく、白河藩主「本多忠義」の三男「本多忠以」が一万石を父から分与されたことで成立した藩です。 -
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白河新田藩(白河藩支藩)/松平家2万石:松平忠尚 陸奥桑折藩に移封となり廃藩
白河新田藩(白河藩支藩)(松平家2万石、松平忠尚)。陸奥桑折藩に移封となり廃藩。白河新田藩は元禄元年(1688年)、「松平忠尚」が白河藩主で養父「松平忠弘」より二万石の新田を分与されたことに始まります。 -
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白河藩/阿部家10万石:阿部正静 幕末時には棚倉へ移封により廃藩 城主不在のまま白河城攻防戦が勃発した
白河藩(阿部家10万石、阿部正静)。幕末時には棚倉へ移封により廃藩 城主不在のまま白河城攻防戦が勃発した。江戸時代を通じて様々な大名が統治したが、幕末期は阿部家が城主として治めていました。 -
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泉藩/本多家2万石:本多忠紀 奥羽越列藩同盟に加盟し新政府軍と交戦した泉藩
泉藩(本多家2万石、本多忠紀)。奥羽越列藩同盟に加盟し新政府軍と交戦した泉藩。第6代藩主「本多忠紀」は幕末に寺社奉行・奏者番として参与します。そして「戊辰戦争」では旧幕府軍に与して新政府軍と戦ったため、官位剥奪の上、二千石を召し上げら… -
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湯長谷藩/内藤家1万5千石:内藤政養 奥羽越列藩同盟に加盟各地に転戦したため新政府軍に攻められ落城した湯長谷藩
湯長谷藩(内藤家1万5千石、内藤政養)。奥羽越列藩同盟に加盟各地に転戦したため新政府軍に攻められ落城した湯長谷藩。本藩にあたる「磐城平藩」内藤家は、延享四年(1747年)に「日向延岡」に転封されるが、湯長谷藩の内藤家はそのまま領地を保… -
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棚倉藩/阿部家10万石:阿部正静 奥羽越列藩同盟に加わり新政府軍の攻撃で落城した棚倉藩
棚倉藩(阿部家10万石、阿部正静)。奥羽越列藩同盟に加わり新政府軍の攻撃で落城した棚倉藩。戊辰戦争では、藩主「阿部正静」が藩兵を率いて「奥羽越列藩同盟」に参加、白河口において新政府軍と対峙しました。 -
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磐城平藩/安藤家4万石:安藤信正 坂下門外の変で浪士に襲撃された安藤信正の磐城平藩
磐城平藩(安藤家4万石、安藤信正)。坂下門外の変で浪士に襲撃された安藤信正の磐城平藩。歴代藩主の中で最も有名な人物は、第5代藩主「安藤信正」です。桜田門外の変の後、老中として幕政を主導したが、文久二年(1862年)の「坂下門外の変」で… -
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守山藩(水戸藩支藩)/松平家2万石:松平頼升 戊辰戦争では戦うことなく恭順した守山藩
守山藩(水戸藩支藩)(松平家2万石、松平頼升)。戊辰戦争では戦うことなく恭順した守山藩。幕末期の元治元年(1864年)、「武田耕雲斎」「藤田小四郎」らの「天狗党の乱」が勃発し、守山藩でもこの乱に加わった者が多数いたため、多くの藩士が処… -
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三春藩/秋田家5万石:秋田映季 無血開城して新政府側に転じ「裏切り」と語られた三春藩
三春藩(秋田家5万石、秋田映季)。無血開城して新政府側に転じ「裏切り」と語られた三春藩。戊辰戦争の際には他の東北諸藩同様に新政府側であったが、奥羽鎮撫総督参謀の世良修蔵暗殺と会津・旧幕府軍による白河城攻略による白石会議が「奥羽越列藩同… -
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相馬中村藩/相馬家6万石:相馬誠胤 奥羽越列藩同盟に参加し仙台藩・米沢藩と共に新政府軍と交戦したが早々に恭順した相馬中村藩
相馬中村藩(相馬家6万石、相馬誠胤)。奥羽越列藩同盟に参加し仙台藩・米沢藩と共に新政府軍と交戦したが早々に恭順した相馬中村藩。慶応四年(1868年)の戊辰戦争では南境の「磐城平藩」や北境の「仙台藩」とともに「奥羽越列藩同盟」に参加し、… -
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高畠藩/織田家2万石:織田信美 天童への移封に伴い廃藩
高畠藩(織田家2万石、織田信美)。天童への移封に伴い廃藩。江戸後期の高畠藩主「織田信美」は所領の大部分が天童を中心とした村山郡に集中していることを考慮して、居館を「高畠陣屋」から天童に移そうとしました。 -
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村山藩/本多家1万石:本多助芳 糸魚川藩への移封にて廃藩
村山藩(本多家1万石、本多助芳)。糸魚川藩への移封にて廃藩。天和二年(1682年)二月二十二日、遠江国横須賀藩五万石の藩主であった「本多利長」は、播磨国明石藩六万石の藩主であった「本多政利」の改易に連座して改易されました。 -
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出羽丸岡藩/加藤家1万石:加藤忠広 忠広死去と共に廃藩
出羽丸岡藩(加藤家1万石、加藤忠広)。忠広死去と共に廃藩。寛永九年(1632年)六月、幕府の命令で熊本藩主の加藤忠広(加藤清正の子)は領地を取り上げられ、庄内藩主・酒井忠勝に預けられる身となりました。 -
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仁賀保藩/仁賀保家1万石:仁賀保挙誠 江戸時代に分与旗本となり廃藩
仁賀保藩(仁賀保家1万石、仁賀保挙誠)。江戸時代に分与旗本となり廃藩。寛永元年二月十四日(1624年4月1日)に仁賀保挙誠が亡くなると、一万石の領地は、長男の良俊に七千石、次男の誠政に二千石、三男の誠次に千石と三つに分けられました。 -
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左沢藩(左沢楯山城)/酒井家1万2千石:酒井直次 幕末前に出羽松山藩へ併呑
左沢藩(左沢楯山城)(酒井家1万2千石、酒井直次)。幕末前に出羽松山藩へ併呑。元和八年(1622年)、山形の最上家が取りつぶされると、庄内藩ができるのと同時に、庄内藩主・酒井忠勝の弟の酒井直次が村山郡の左沢で一万二千石を与えられ、左沢… -
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大山藩(庄内藩支藩)/酒井家1万石:酒井忠解 嗣子がなく幕末前に廃藩
大山藩(庄内藩支藩)(酒井家1万石、酒井忠解)。嗣子がなく幕末前に廃藩。庄内藩初代藩主「酒井忠勝」の死去に際し、2代藩主「酒井忠当」への遺言に基づき、忠勝の七男「酒井忠解」が、正保四年(1647年)庄内藩領のうち田川郡内の大山(鶴岡市… -
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米沢新田藩(米沢藩支藩)/上杉家1万石:上杉勝道 米沢宗家が新政府軍に交戦したため減封のため吸収された米沢新田藩
米沢新田藩(米沢藩支藩)(上杉家1万石、上杉勝道)。米沢宗家が新政府軍に交戦したため減封のため吸収された米沢新田藩。米沢新田藩は享保四年(1719年)に5代藩主「上杉吉憲」が弟「上杉勝周」に領内の新田分一万石を分与して成立しました。 -
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米沢藩/上杉家14万7千石:上杉茂憲 奥羽越列藩同盟では仙台藩と共に盟主となり交戦した米沢藩
米沢藩(上杉家14万7千石、上杉茂憲)。奥羽越列藩同盟では仙台藩と共に盟主となり交戦した米沢藩。米沢藩が幕末を迎えたのは、12代藩主・上杉斉憲の時代です。斉憲は幕府寄りの立場をとり、文久三年(1863年)に京へ上って御所の警備にあたり… -
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長瀞藩/米津家1万1千石:米津政敏 庄内藩に与したため天童藩に陣屋を焼かれた長瀞藩
長瀞藩(米津家1万1千石、米津政敏)。庄内藩に与したため天童藩に陣屋を占拠された長瀞藩。幕末時の長瀞藩では、幕末の藩主「米津政明」のときに藩内で攘夷討幕を叫ぶ声が高まり始めます。 -
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天童藩/織田家2万石:織田信敏 奥羽鎮撫先導を命じられるがほどなく奥羽越列藩同盟に加わった天童藩
天童藩(織田家2万石、織田信敏)。奥羽鎮撫先導を命じられるがほどなく奥羽越列藩同盟に加わった天童藩。明治元年(1868年)一月、藩主「織田信学」は新政府より上洛の命を受けました。
