| 豊瑞丸 | |||
| 藩名 | 薩摩藩 | ||
| 藩主 | 島津忠義(茂久) | ||
| 船種 | 輸送船 | ||
| 機関 | 蒸気内車 | ||
| 備砲 | 0門 | ||
| 材質 | 鉄製 | ||
| 馬力 | 105馬力 | ||
| 写真 | 無 | ||

原名「ナンバーワン」。1864年10月17日長崎にてイギリス商人グラバーより購入しました。明治七年(1874)、長崎から神戸へ航行中機関爆発し沈没しました。
薩摩藩が持っていた艦船
一隻だけを見ていると、その藩が海にどれだけ力を入れていたかは分かりません。当サイトで扱っている薩摩藩の艦船は十六隻で、内訳は輸送船が十一隻、砲艦・軍艦が四隻、その他が一隻です。
- 三邦丸/蒸気内輪船
- 万年丸/仮装軍艦
- 豊瑞丸(この記事)/輸送船
- 平運丸/ブリッグ級輸送船
- 白凰丸/輸送船
- 天佑丸/輸送船
- 竜田丸/バーク級輸送船
- 青鷹丸/輸送船
- 翔凰丸/仮装軍艦
- 胡蝶丸/輸送船
- 乾行丸/バーク級砲艦
- 春日丸/仮装軍艦
- 開聞丸/輸送船
- 永平丸/輸送船
- 雲行丸/輸送船
- 安行丸(伊呂波丸と同一船)/輸送船
数のうえで中心になっているのは、戦うための砲艦ではなく人と物を運ぶ船です。幕末の海軍は、兵を運び、米を運び、使者を運ぶ仕事から始まっていました。
前年の生麦事件(薩摩藩士が英国人を殺傷した事件)の報復として、イギリス艦隊が鹿児島湾に来襲し、薩摩と砲火を交えました。城下は大きな被害を受けましたが、薩摩もイギリス艦隊に痛手を与え、戦いは痛み分けに終わります。この経験から薩摩はむしろイギリスに接近し、攘夷から開国・近代化へと大きく舵を切りました。豊瑞丸は、その転換期の薩摩が持った一隻です。
日本で初めて、三隻がまとまって動きました
慶応四年、この船は日本の海軍史の節目に立ち会っています。佐賀藩の孟春丸、久留米藩の雄飛丸、そして薩摩藩の豊瑞丸。この三隻が日本で初めて艦隊としてまとまった行動をとり、大坂から横浜まで兵を運びました。二月三十日に大原重徳が海軍先鋒総督に任じられ、三月十九日に兵庫を出て、三月二十三日に横浜へ着いています。藩の違う三隻が一つの指揮のもとで動いた、最初の例です。
組んだ二隻
孟春丸は前の年の一月にロンドンで造られたばかりの船で、原名をヨーゼニーといい、慶応四年の正月に佐賀藩が長崎で買いました。雄飛丸はイギリスのグラスゴーで文久元年に造られた鉄製の蒸気船で、原名はスワトウ。久留米藩が元治元年正月に七万五千ドルで買ったもので、二百五トン、長さおよそ四十五・五メートル。大砲二門と小銃百二十五丁を積んでいました。
船そのものの記録は、乏しいままです
ところが肝心の豊瑞丸そのものについては、分からないことが多く残っています。原名はナンバーワン。元治元年十月十七日に長崎で、イギリス商人グラバーから買った船でした。鉄製の蒸気内輪船で、三百トン、百五十馬力とする資料があります。ただし受け取りを元治元年七月とする記述もあって、月が食い違います。造船所と値段はわかっていません。最後は明治七年、長崎から神戸へ向かう途中に機関が爆発して沈んでいます。艦隊行動で運んだ兵が何人でどこの隊だったのかは、わかっていません。
豊瑞丸を船の型と持ち主から読む
豊瑞丸の機関は「内車」、つまり水の中のスクリュー(プロペラ)を回す方式です。推進器が外から見えず砲弾に当たりにくいため、幕末の軍艦の主流になった型です(外輪とスクリュー)。船種は「輸送船」。人や荷を運ぶ輸送船です(軍艦の格)。船体は鉄で造られていました。日本で鉄の船が造れるようになるのは明治以降で、鉄船はすべて外国から買われたものです。
当サイトで紹介している薩摩藩の船は、この豊瑞丸を含めて16隻あり、そのうち帆船は1隻です。同じ薩摩藩の船には、三邦丸(蒸気内輪船)、万年丸(仮装軍艦)、平運丸(ブリッグ級輸送船)、白凰丸(輸送船)、天佑丸(輸送船)、竜田丸(バーク級輸送船)、青鷹丸(輸送船)、翔凰丸(仮装軍艦)などがあります。
持ち主の薩摩藩の幕末をふり返ると、倒幕の中心。戊辰戦争では新政府軍の主力。豊瑞丸も、そうした藩の歩みのなかで使われた一隻です(藩ごとの船と幕末の立場)。
持ち主の薩摩藩—西郷隆盛の召還
元治元年の西郷
豊瑞丸が薩摩藩の船となった元治元年(1864)、その二月に西郷隆盛は流されていた沖永良部島から呼び戻されました。西郷は島津久光の命にそむいたとして二度目の島流しにあっていましたが、京都の情勢が緊迫するなかで、藩はその力を必要としたのです。
京都の西郷
京都に入った西郷は、薩摩藩の軍事と外交の中心となり、七月の禁門の変では兵を率いて戦いました。九月には大坂で勝海舟と会い、幕府の内情を聞いて考えを大きく改めています。島から戻った西郷のもとで、薩摩藩は倒幕へ向かう道を歩み始めました。



