ヴェルニー公園で無料で入れる二つの施設—ヴェルニー記念館とティボディエ邸

ヴェルニー記念館の外観

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横須賀のヴェルニー公園には、ただで入れる展示施設が二つあります。ヴェルニー記念館と、ティボディエ邸です。どちらも横須賀製鉄所がらみで、片方には国の重要文化財が二基置かれ、もう片方は建物そのものが幕末明治の遺構です。駅から近く、二つ合わせても半日かかりません。それぞれ何が見られるのかをまとめます。

目次

ヴェルニー記念館—駅を出て一分、重要文化財が二基

横須賀駅を出てすぐのところにあります。徒歩一分。京急の汐入駅からでも十分ほどです。平成十四年五月一日に開いた施設で、横須賀市自然・人文博物館の付属という位置づけでした。

建物は石の壁に急な勾配の屋根という造りで、ヴェルニーの故国フランス、ブルターニュ地方の住宅の特徴を取り入れたものだと横須賀市は説明しています。製鉄所の建物を模したものではありません。

入館は無料です。開いているのは午前九時から午後四時まで。休みは一月一日と二日だけ。専用の駐車場はないので、車なら隣のヴェルニー公園駐車場を使うことになります。普通車は九台分で、最初の一時間が四百二十円です。

令和八年四月から運営が横須賀市観光協会に移りました。それまでの月曜休館をやめて年中無休になり、館内に観光案内所ができています。土産の売り場が広がり、ガイドとスチームハンマーの模型を動かす実演の日程も増えました。

百三十年働いたハンマー

この記念館の目玉が、旧横須賀製鉄所で使われていたスチームハンマー二基です。

大きいほうはハンマーの頭が三トンの門型、小さいほうが半トンの片持型。どちらも慶応元年の製造で、翌慶応二年に横須賀へ届きました。平成十年六月三十日に国の重要文化財となり、平成二十五年には日本機械学会の機械遺産第五十八号にも認定されています。

驚くのは、これがつい最近まで現役だったことです。半トンのほうは昭和四十六年まで、三トンのほうは平成八年まで使われていました。幕末に届いた機械が、百三十年にわたって船の部品を叩き出していたことになります。国内に現存する最古のスチームハンマーです。

ひとつ注意があります。この機械がどこで作られたかは、公的機関のあいだで見解が分かれています。文化庁はオランダ製としており、横須賀市と日本機械学会はイギリスで作られたものをオランダ経由で輸入したとしています。どちらが正しいかは、こちらでは判断できませんでした。

ほかに、三トンハンマーが最後に動いたときの様子を再現した十分の一の模型、戦艦陸奥の模型、幕末明治の製鉄所を再現した立体映像、パスカルの原理を体験できる装置などがあります。製鉄所そのものについては横須賀製鉄所とはを、造船所を築いた技師についてはヴェルニーとは何をした人物かをご覧ください。

ティボディエ邸—建物そのものが展示品です

公園を汐入のほうへ歩いていくと、もう一つの施設があります。正式には「よこすか近代遺産ミュージアム ティボディエ邸」。令和三年五月二十九日に開きました。横須賀駅からも汐入駅からも徒歩五分です。

ここも入館は無料。開いているのは午前九時から午後五時まで、年中無休です。シアターだけが有料で、一回二百円、高校生以下は無料になっています。

館内はエントランス、再現ゾーン、横須賀ことはじめゾーン、シアターに分かれています。シアターは三次元の映像で十五分ほど。「横須賀造船所めぐり」と「黒船来航」の二本を三十分おきに交互に上映していて、午前十時から午後四時十五分まで。前者は明治の造船所のなかを歩くような内容です。

米軍基地のなかから救い出された建物

この施設のいちばんの見どころは、展示物ではなく建物の由来です。

もとは横須賀製鉄所の副首長ティボディエの官舎でした。建てられたのは明治二年ごろ、資料によっては明治三年ごろとされます。木骨煉瓦造のコロニアル様式で、小屋組にはトラスを使いながら、随所に日本古来の技法も残っていたと日本建築学会は記しています。西洋建築が日本に入ってきた最初期の姿を伝える建物で、東日本では現存最古級、旧横須賀製鉄所の唯一の遺構でした。

ところがこの建物は、長らく在日米海軍横須賀基地のなかにありました。稲岡町にあり、五十三号という番号で呼ばれていました。平成十三年七月、米海軍から解体の計画が通知されます。学術調査をふまえて日本建築学会が「国内第一級の歴史遺産」と評価し、同年十一月二十日に会長名で要望書を出しました。解体撤去は回避され、平成十五年から保存を目的とした解体調査がおこなわれます。

いま館内で見られる実物は、そのとき運び出された木骨煉瓦の壁と、小屋組のトラスです。それ以外の部分は再現です。基地のフェンスの内側で消えかけた建物の一部が、いまは誰でもただで見られるところに置かれている、ということになります。

ティボディエという人

建物に名を残したジュール・セザール・クロード・ティボディエについても触れておきます。

エコール・ポリテクニークを出て、シェルブールの造船学校を首席で卒業した人です。明治二年に横須賀製鉄所の副首長として来日し、造船の現場と付属の学校である黌舎での教育に力を尽くしました。首長のヴェルニーが帰国したあとも請われて残り、明治十年まで日本にいます。大正七年十一月十八日、パリで亡くなりました。

ヴェルニーとの関係については、よく「妻同士が姉妹だった」と紹介されます。これは事実です。ティボディエの妻ナタリーと、ヴェルニーの妻マリーは実の姉妹でした。ただしティボディエがナタリーと結婚したのは帰国後の千八百七十七年で、二人が横須賀で一緒に働いていた八年のあいだ、まだ姻戚ではありませんでした。縁続きだから呼ばれたわけではない、ということになります。

二つを回るなら

横須賀駅を出てすぐがヴェルニー記念館、公園を四分ほど歩いた先がティボディエ邸、という並びです。どちらも無料なので、公園を散歩するついでに両方のぞける距離にあります。

公園そのものも見どころがあります。ヴェルニーと小栗上野介の胸像が並ぶ小栗広場、戦艦陸奥の主砲、日本遺産の構成文化財である逸見波止場衛門。フランス式の庭園で、百三十種千三百株ほどのバラが植わっています。対岸には米海軍基地が見え、明治四年に完成した第一号ドックを遠くに望むことができます。あのドックはいまも現役です。

なお日本遺産「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴」の構成文化財になっているのは、スチームハンマーと逸見波止場衛門、そして対岸のドック群です。ティボディエ邸は構成文化財には入っていません。

この公園は名前が変わります。横須賀市は「ヴェルニー・小栗公園」への改称を進めており、令和八年十一月十四日のヴェルニー・小栗祭にあわせて施行される予定です。実際に歩いたときの様子は【現地取材】小栗上野介ゆかりの地に書きました。

参考にした資料

  • 横須賀市『ヴェルニー記念館』『よこすか近代遺産ミュージアム ティボディエ邸』『ヴェルニー公園』『日本遺産構成文化財一覧』
  • 横須賀市自然・人文博物館『概要』『ヴェルニー記念館』『横須賀製鉄所の指導者ヴェルニーとティボディエってどういう関係?』『ティボディエの家 調査と発見』
  • 文化庁『文化遺産オンライン スチームハンマー(旧横須賀製鉄所設置)』
  • 日本機械学会『機械遺産第五十八号 旧横須賀製鉄所スチームハンマー』
  • 日本建築学会『旧横須賀製鉄所首長官舎の保存に関する要望書』
  • よこすか近代遺産ミュージアム ティボディエ邸 公式サイト
  • 横須賀市観光協会『ヴェルニー記念館』、横須賀市観光情報『ティボディエ邸』

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