幕末・維新– category –
幕末から明治維新にかけての人物・組織・軍艦・城・史跡などの記事をまとめたカテゴリーです。新選組隊士、海援隊士、坂本龍馬の手紙、幕末の軍艦などのシリーズのほか、2027年の大河ドラマの主人公・小栗忠順に関する記事もここに入っています。
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幕末・維新
岩瀬忠震とは何をした人物か—日米修好通商条約に署名した外交官。ポーハタン号で調印し、井伊直弼に退けられた「幕末三俊」
岩瀬忠震(いわせ ただなり)は、阿部正弘に抜擢された目付で、日米修好通商条約に井上清直とともに全権として署名した幕臣です。一橋派として井伊直弼に退けられ、四十四歳で亡くなりました。小栗忠順・水野忠徳と並ぶ「幕末三俊」の一人です。 -
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水野忠徳とは何をした人物か—長崎奉行から外国奉行へ。小判の流出と戦い、小笠原を日本の島にした「幕末の三俊」の一人
水野忠徳(みずの ただのり)は、浦賀奉行・長崎奉行・勘定奉行・外国奉行を歴任した幕臣です。開国直後の金貨流出でハリスと渡り合い、咸臨丸で小笠原諸島に渡って日本の領有を示しました。小栗忠順・岩瀬忠震と並んで「幕末の三俊」と呼ばれます。 -
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中村倫也さんが演じる吉田松陰とは何をした人物か—黒船に乗り込もうとした長州の兵学者。乗せてもらえなかったポーハタン号に、六年後小栗忠順が乗った
吉田松陰(よしだ しょういん)は、長州藩の兵学者で、松下村塾で高杉晋作・久坂玄瑞・伊藤博文らを教えた人物です。下田で黒船ポーハタン号に乗り込もうとして断られ、安政の大獄で数え三十歳で処刑されました。その六年後に同じ船で太平洋を渡ったのが小栗忠順です。大河『逆賊の幕臣』での配役まで。 -
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寛一郎さんが演じる高杉晋作とは何をした人物か—松陰の門人から奇兵隊へ。小栗忠順が後押しした長州征討を、わずかな兵ではね返した
高杉晋作(たかすぎ しんさく)は、吉田松陰の松下村塾に学んだ長州藩士で、身分を問わない奇兵隊をつくり、功山寺挙兵で藩論を倒幕へ転換させ、第二次長州征討で幕府軍を退けました。数え二十九歳で病死。小栗忠順との関わりと、大河『逆賊の幕臣』での配役まで。 -
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西岡德馬さんが演じる島津斉彬とは何をした人物か—集成館で薩摩を近代化した名君。小栗忠順の横須賀製鉄所に十四年先がけた「富国強兵」
島津斉彬(しまづ なりあきら)は、薩摩藩十一代藩主として反射炉・溶鉱炉・造船・ガラスなどの集成館事業を進め、篤姫を将軍家に嫁がせ、西郷隆盛を見いだした人物です。藩主在任わずか七年半で急死しました。小栗忠順の横須賀製鉄所との比較と、大河『逆賊の幕臣』での配役まで。 -
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斎藤工さんが演じる島津久光とは何をした人物か—兄・斉彬の遺志を継いだ「国父」。千の兵で幕府に改革を迫り、小栗忠順たちの幕府陸軍が生まれた
島津久光(しまづ ひさみつ)は、薩摩藩主・島津忠義の父として「国父」と呼ばれ、藩の実権を握った人物です。文久二年に兵を率いて上洛し、勅使とともに江戸に下って幕政改革を迫りました。その帰路に生麦事件が起きています。小栗忠順との関わりと、大河『逆賊の幕臣』での配役まで。 -
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『逆賊の幕臣』のあらすじ—2027年大河はどんな物語か。原作はある?主人公・小栗忠順の生涯でたどる
2027年1月10日放送開始のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』。原作のないオリジナル脚本で、主人公は幕臣・小栗忠順。発表されている作品情報と、あらすじの下敷きになる史実をまとめました。 -
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渋沢成一郎(渋沢喜作)とは何をした人物か—渋沢栄一の従兄で彰義隊の初代頭取。振武軍・飯能戦争から箱館へ、明治は生糸と米の商人に
渋沢成一郎(喜作)は、彰義隊の初代頭取です。渋沢栄一の従兄で、栄一と一緒に故郷を出て一橋家に仕え、幕臣になりました。彰義隊を離れたあとは振武軍を率いて飯能で戦い、さらに箱館戦争まで戦い抜きます。そして明治になると、生糸と米の商売で財界に... -
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天野八郎とは何をした人物か—上州の名主の子が彰義隊の頭取になり、上野の山に残って戦った。獄中の『斃休録』と円通寺の墓
天野八郎は、上野戦争で彰義隊を率いた頭取です。上州の名主の家に生まれた農民の子で、旗本でも幕臣でもありませんでした。その人が、徳川家のために最後まで上野の山を降りず、戦いに敗れ、獄中で38年の生涯を終えます。 天野八郎(出典:『幕末・明治・... -
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【現地取材】新島襄旧宅|本家・備中松山藩の快風丸で箱館へ、一文無しで国の禁を破った安中藩士の子
群馬県安中市の新島襄旧宅を訪ねました。帰国した新島が両親と再会した二軒長屋と、本家・備中松山藩の帆船快風丸で箱館へ渡り、一文無しで密航した道のりを、展示と案内の方の話でたどります。 -
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【現地取材】安中城跡と安中藩を歩く|郡奉行役宅と武家長屋、小栗上野介の捕縛を命じられた三藩の一つ、新島襄旧宅とめがね橋
群馬県安中市の安中城跡を現地取材。石垣も土塁も残らない城跡と、復元された郡奉行役宅・武家長屋、小栗上野介の捕縛を命じられた三藩の一つとしての安中藩、本家・備中松山板倉家との対比、日本のマラソンの始まりといわれる安政遠足、新島襄旧宅と安中教会、碓氷峠のめがね橋まで、写真で紹介します。 -
軍艦全140隻
幕末の軍艦の種類とは—帆船と蒸気船、外輪とスクリュー(内車)、バーク・ブリッグ・スクーナーの違いを130隻で読み解く
幕末の軍艦の「バーク級」「スクーナー級」「蒸気内車」「帆走」とは何か。帆船と蒸気船、外輪とスクリュー、帆の張り方、フリゲート・コルベット・砲艦の違い、木造と鉄製を、当サイトの130隻の要目表で数えながら解説し、藩ごとの船と幕末の立場も一覧にします。 -
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金輪五郎・団伸二郎とは何をした人物か—大村益次郎を襲った8人の刺客。秋田の草莽と長州の脱藩士、越前での捕縛、粟田口の処刑と弾正台事件
明治2年9月4日、京都・木屋町で兵部大輔・大村益次郎を襲った8人。指揮をとった長州の団伸二郎、天狗党や赤報隊の流れをくむ秋田の草莽・金輪五郎、神代直人と同じ塾の太田光太郎らは、越前で捕らえられ、粟田口で処刑されました。処刑の直前に弾正台が待ったをかけた事件、8人の出身、ゆかりの地まで。 -
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長連豪とは何をした人物か—西郷隆盛を慕って鹿児島に学び、紀尾井坂の変で大久保利通を討った加賀の士族。島田一郎との挙兵計画、市ヶ谷での最期とゆかりの地
能登の穴水に生まれた加賀藩士の子・長連豪。西郷隆盛を慕って鹿児島へ渡り、桐野利秋や別府晋介と親しくなりました。帰郷後は島田一郎と挙兵を探り、西南戦争のあと高官暗殺へ。明治11年5月14日、紀尾井坂の変で大久保利通を討ち、7月に市ヶ谷で処刑されました。生い立ち、鹿児島での日々、事件、最期、谷中霊園の墓まで。 -
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【現地取材】ヴェルニー公園の石碑と案内板を全文で読む|海軍の碑・長門・沖島の碑、子規の句碑、陸奥の主砲(横須賀)
横須賀・ヴェルニー公園に立つ石碑と案内板を、現地で撮った写真から一枚ずつ文字に起こして紹介します。黒船と幕府の製鉄所から書き起こされる「海軍の碑」、軍艦長門・沖島・山城の碑、国威顕彰の碑、正岡子規の句碑、逸見波止場衛門、戦艦陸奥の主砲と主砲弾、小栗上野介とヴェルニーの説明板まで。 -
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肥田浜五郎とは何をした人物か—咸臨丸の機関を預かり、横須賀造船所長になった伊豆の蘭学者
肥田浜五郎は、咸臨丸の機関を預かって太平洋を渡った幕臣です。伊豆に生まれ、江川太郎左衛門の韮山代官所に出仕し、長崎で蒸気機関を学びました。明治には横須賀造船所長、海軍機関総監。幕末から明治にかけて、日本の船の機関をずっと見続けた人です。 ... -
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前原巧山とは何をした人物か—提灯張りの職人が、宇和島で蒸気船を走らせるまでの五年
前原巧山は、提灯を張っていた町人から蒸気船の機関を作る職人になった人です。宇和島藩主・伊達宗城に命じられ、設計図もないところから外輪と蒸気機関を考え、一度は「おつぶし方」とあだ名されるほど失敗し、安政六年に試運転にこぎつけました。薩摩藩... -
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矢田堀景蔵とは何をした人物か—榎本武揚を育て、艦隊を引き渡す側に立った幕府海軍の最後の総裁
矢田堀景蔵は、幕府海軍の最後の総裁です。勝海舟と同じ年に長崎海軍伝習所へ入り、築地の軍艦操練所で榎本武揚や赤松則良を育て、幕府が倒れたときに艦隊を新政府へ引き渡す側に立ちました。名前はほとんど知られていません。この記事も、分からないこと... -
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佐野常民とは何をした人物か—佐賀の精煉方を率い、三重津で蒸気船を造り、日本赤十字社をつくった人
佐野常民は、佐賀藩の精煉方を率いて蒸気機関と洋式船を手がけ、のちに日本赤十字社の初代社長になった人です。三重津海軍所で日本初の実用蒸気船が生まれたとき、その主任十一人のひとりでした。幕末の技術者が、そのまま明治の赤十字につながっていきま... -
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岩崎弥太郎とは何をした人物か—土佐の地下浪人の子が、長崎で藩の船を買い、三菱をつくるまで
岩崎弥太郎は、土佐の地下浪人の子に生まれ、長崎で藩の船と武器を買う仕事を任され、のちに三菱をつくった人です。幕末の彼は商人ではなく、藩の貿易実務を預かる役人でした。樟脳や和紙を売り、その金で軍艦を買う。そういう仕事をしていました。 地下浪... -
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小松帯刀とは何をした人物か—二十八歳で薩摩の家老になり、薩長同盟と大政奉還を回した三十六年
小松帯刀(こまつ たてわき)は、二十八歳で薩摩藩の家老になり、薩長同盟と大政奉還を裏側で回し、三十六歳で死んだ人です。西郷隆盛や大久保利通ほどには名が知られていませんが、二人を引き上げたのはこの人でした。坂本龍馬を霧島へ湯治に連れて行った...
