西岡德馬さんが演じる島津斉彬とは何をした人物か—集成館で薩摩を近代化した名君。小栗忠順の横須賀製鉄所に十四年先がけた「富国強兵」

桜島を望む磯の集成館で反射炉を見渡す島津斉彬(イメージ)

2027年NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』(2027年1月10日放送開始/主演・松坂桃李)の関連記事です。▶ 大河『逆賊の幕臣』特集に、関連記事とキャスト一覧をまとめています。

大河ドラマ『逆賊の幕臣』では、西岡德馬さんが島津斉彬を演じます(2026年10月9日発表)。

島津斉彬(しまづ なりあきら)は、薩摩藩の十一代藩主です。西洋の技術と世界情勢に通じ、鹿児島に反射炉や溶鉱炉、造船所、ガラス工場などを集めた「集成館」をつくって、藩の近代化を一気に進めました。養女の篤姫を十三代将軍・徳川家定に嫁がせ、下級藩士だった西郷隆盛を見いだしたことでも知られます。

大河ドラマ『逆賊の幕臣』では、勝海舟の才能を早くから認め、壮大な海軍構想で勝を魅了する人物として登場します。この記事では、斉彬が何をした人なのかを、のちに小栗忠順が進めた横須賀製鉄所との比較も含めてまとめます。

島津斉彬の銀板写真(1857年)
島津斉彬の銀板写真。安政四年(1857年)、藩士・市来四郎らが撮影。日本人が撮影した現存最古の写真とされる。出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
目次

島津斉彬とは?—先に答え

読み方しまづ なりあきら
生没文化六年三月十四日(1809年4月28日)〜安政五年七月十六日(1858年8月24日)。数え五十歳
生まれ江戸・芝の薩摩藩上屋敷。十代藩主・島津斉興の長男
何をした人嘉永四年(1851年)に数え四十三歳で藩主となり、集成館事業で薩摩藩の近代化を進めました。洋式船の建造、日の丸を日本の船印とする建議、篤姫の輿入れ、一橋慶喜を将軍の跡継ぎに推す運動などで、幕政にも深く関わりました
小栗との接点直接の接点は知られていません。ただし、斉彬が鹿児島で進めた工場群と、小栗が横須賀で始めた製鉄所は、同じ「西洋の技術で国を守る」構想の、藩と幕府それぞれの形でした
最期安政五年七月、鹿児島で急死。在任はわずか七年半でした
大河ドラマ『逆賊の幕臣』で西岡德馬さんが演じます

江戸生まれの世子—四十三歳まで藩主になれなかった

斉彬は、江戸・芝の薩摩藩上屋敷で、のちの十代藩主・島津斉興の長男として生まれました。大名の妻子は江戸に住む決まりだったため、斉彬も江戸で育っています。曽祖父の八代藩主・島津重豪は西洋の文物を好んだ「蘭癖」大名で、斉彬はこの曽祖父にかわいがられ、早くから蘭学や世界の情勢に親しみました。

ところが、斉彬はなかなか藩主になれませんでした。父・斉興は、家老の調所広郷とともに、五百万両ともいわれた藩の借金を立て直してきた人物です。重豪の蘭癖が藩財政を傾けた記憶もあり、同じように西洋好みの斉彬に藩を任せることをためらったといわれます。

斉興の側室・お由羅が産んだ久光を跡継ぎにしようとする動きもあり、嘉永二年(1849年)には斉彬を推す藩士たちが大量に処分される「お由羅騒動」(高崎崩れ)が起きました。最終的には老中・阿部正弘らのはたらきかけで斉興が隠居し、嘉永四年(1851年)、斉彬は数え四十三歳でようやく藩主の座に就きます。

集成館事業—反射炉・造船・ガラス・紡績

藩主になった斉彬は、すぐに大規模な近代化に取りかかりました。鹿児島の磯の地に、大砲を鋳造するための反射炉、鉄をつくる溶鉱炉、さらに造船・ガラス・陶器・紡績などの工場を集め、安政四年(1857年)にはこれらを「集成館」と名づけています。

斉彬は、オランダの書物を翻訳させ、その図面だけを頼りに反射炉を築かせました。最初は失敗を重ねましたが、斉彬は「西洋人も人なり、薩摩人も人なり」と励まして作業を続けさせたと伝わります。のちに薩摩切子として知られるガラス器も、この事業の中から生まれました。

集成館の跡地に残る建物や反射炉跡は、現在「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録されています。

洋式船と日の丸—斉彬が描いた海軍

斉彬がとくに力を入れたのが、洋式の船づくりでした。嘉永六年(1853年)にペリーが来航すると、幕府は大船の建造を禁じていた決まりを改めます。斉彬はすぐに洋式帆船・昇平丸を完成させ、幕府に献上しました。小型ながら国産の蒸気船・雲行丸もつくっています。

このとき、日本の船であることを外国船と見分ける目印として、斉彬は白地に赤い丸、つまり日の丸を船印にすることを幕府に建議しました。安政元年(1854年)、幕府は日の丸を「日本総船印」と定めています。

安政五年(1858年)、長崎海軍伝習の練習航海で鹿児島を訪れた勝麟太郎(海舟)は、斉彬に会い、その海軍構想に強い印象を受けたといわれます。勝はのちに、斉彬を高く評価する言葉を何度も残しています。大河ドラマで勝が斉彬に魅了される場面は、この出会いがもとになっています。

篤姫と将軍の跡継ぎ問題—一橋派の中心として

斉彬は、分家から養女に迎えた篤姫を、近衛家の養女としたうえで十三代将軍・徳川家定の正室として送り込みました。安政三年(1856年)のことです。病弱だった家定の跡継ぎをめぐって、斉彬は水戸の徳川斉昭、越前の松平春嶽らとともに一橋慶喜を推しました。いわゆる一橋派です。

しかし安政五年、大老となった井伊直弼は、紀州の徳川慶福(のちの家茂)を跡継ぎに決め、勅許を得ないまま日米修好通商条約に調印しました。斉彬はこれに強く反発し、兵を率いて京都へ上る計画を立てていたともいわれます。

突然の死—天保山の調練のあとに

安政五年七月、斉彬は鹿児島の天保山で兵の調練を見たあとに体調を崩し、数日のうちに亡くなりました。数え五十歳でした。死因はコレラなどの急病とされますが、あまりに急な死だったため、毒殺されたのではないかという説も昔から語られています。ただし、これは推測の域を出ず、確かな証拠はありません。

斉彬は遺言で、異母弟・久光の長男である忠義(はじめ茂久)を跡継ぎに指名しました。藩の実権は、やがて「国父」となった久光に移っていきます。久光については斎藤工さんが演じる島津久光とは何をした人物か—兄・斉彬の遺志を継いだ「国父」。千の兵で幕府に改革を迫り、小栗忠順たちの幕府陸軍が生まれたをご覧ください。

斉彬の集成館と小栗の横須賀製鉄所

斉彬と小栗忠順に、直接会ったという記録は知られていません。けれども二人のしたことを並べると、驚くほど似ています。

項目島津斉彬(集成館)小栗忠順(横須賀製鉄所)
始めた時期嘉永四年(1851年)〜慶応元年(1865年)〜
立場薩摩藩主幕府の勘定奉行
技術の入手オランダの書物を翻訳し、自力で試作フランスから技師ヴェルニーらを招く
中心の設備反射炉・溶鉱炉・造船・ガラス・紡績造船所・ドック・製鉄所
その後薩英戦争で被害を受けたのち再建。跡地は世界文化遺産明治政府が引き継ぎ、横須賀造船所・海軍工廠へ。ドックは今も現役

斉彬は藩の力で、小栗は幕府の力で、西洋の技術を取り入れて国を守ろうとしました。斉彬の死から七年後、小栗が横須賀で同じ夢を形にしようとしたことになります。横須賀製鉄所については横須賀製鉄所とはで詳しく扱っています。

大河『逆賊の幕臣』で西岡德馬さんが演じる島津斉彬—役どころと史実の見せ場

役どころ(NHKの発表):琉球とつながる辺境の大藩・薩摩の十一代藩主。西洋の文化や技術、世界情勢に通じ、ペリー来航の情報もいち早くつかんでいた。江戸で生まれ育ち、老中・阿部正弘や水戸の徳川斉昭、名だたる蘭学者たちと幅広く交わる。蘭学に秀でた勝の才能を早くから見抜き、長崎の海軍伝習の途中で薩摩を訪れた勝を、壮大な海軍構想で魅了する

史実から見た見せ場:斉彬が一橋派として争った相手が、大老・井伊直弼でした。その井伊が遣米使節に選んだのが小栗忠順です。斉彬が急死したのは、まさにその条約と将軍継嗣をめぐる争いのさなかでした

大河ドラマ『逆賊の幕臣』では、西岡德馬さんが島津斉彬を演じます。2026年10月9日に発表された薩摩・長州側の四人の一人で、異母弟の島津久光は斎藤工さんが演じます。

西岡さんはコメントで、今回が十作目の大河出演であること、とくに思い出深い役として『翔ぶが如く』で演じた薩摩藩士・赤山靱負を挙げ、長く敬愛してきた斉彬を演じることに縁を感じていると語っています。赤山靱負は、お由羅騒動で斉彬を推して切腹を命じられた人物です。

全体の配役は大河『逆賊の幕臣』特集にまとめています。

島津斉彬の家族・先祖・最期—人物データ

家族父は十代藩主・島津斉興、母は鳥取藩主・池田治道の娘・周子。異母弟に島津久光。男子は多く生まれましたが、いずれも幼くして亡くなりました
養女篤姫(天璋院)。十三代将軍・徳川家定の正室
見いだした人西郷隆盛。下級藩士だった西郷を庭方役に抜擢し、江戸や京都での工作に使いました
跡継ぎ異母弟・久光の長男、忠義(茂久)。遺言による指名
最期安政五年七月十六日(1858年8月24日)、鹿児島で死去。数え五十歳
墓所・祭祀福昌寺跡(鹿児島市)の島津家墓所。のちに照国神社(鹿児島市)の祭神としてまつられました

島津斉彬の逸話

  • 安政四年に撮影された斉彬の銀板写真は、日本人が撮影した現存最古の写真とされ、国の重要文化財に指定されています
  • 人に読まれたくない覚え書きを、ローマ字で書くことがあったと伝わります。西洋の文字への関心の高さがうかがえます
  • 「勇断なき人は事を為す能わず」という言葉が伝えられています

島津斉彬のゆかりの地めぐり

西岡德馬さんの歴史ドラマ・映画への出演

  • 大河ドラマ『武田信玄』(1988年)
  • 大河ドラマ『翔ぶが如く』(1990年)赤山靱負
  • 大河ドラマ『太平記』(1991年)長崎高資
  • 大河ドラマ『北条時宗』(2001年)
  • 大河ドラマ『風林火山』(2007年)直江実綱
  • 映画『関ヶ原』(2017年)前田利家

※出演歴は公開されている出演作の一覧や報道をもとに、主なものを挙げています。

小栗忠順のゆかりの地をめぐる

小栗のゆかりの地は、東京・横須賀・埼玉・群馬に集まっています。姉妹サイト「日本の歴史旅ガイド」で、都内から回るモデルコースを紹介しています。

倉渕(高崎市)の東善寺や最期の地は駅から離れているので、高崎駅前でレンタカーを借りると回りやすくなります。各社の料金はじゃらんレンタカーで比べられます(PR)。

泊まりがけで回るなら、宿は高崎駅の周辺か、倉渕から車で40〜50分ほどの伊香保温泉が便利です。横須賀は横須賀中央駅のまわりに宿が集まっています。空き室はじゃらんnet(高崎駅周辺・伊香保温泉・横須賀中央)で探せます(PR)。

小栗忠順をもっと知る本

記事の内容をもっと知りたい方に、小栗忠順を扱った本を紹介します。

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2027年NHK大河ドラマ

『逆賊の幕臣』大河ドラマ特集

放送日・キャスト28人と相関・あらすじ・見どころから、主人公・小栗忠順の生涯とゆかりの地の現地写真まで、1ページで徹底解説しています。

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参考資料

芳即正『島津斉彬』(吉川弘文館)、鹿児島県歴史・美術センター黎明館の展示解説、尚古集成館の展示解説、勝海舟『氷川清話』、NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』出演者発表(2026年10月9日)、シネマトゥデイ・クランクイン!の出演者発表記事。

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