海援隊士– category –
メンバー五十四人をまとめた 亀山社中・海援隊のメンバー一覧(隊士五十四人) もあります。
坂本龍馬がつくった亀山社中・海援隊に加わった隊士を紹介しています。陸奥宗光・近藤長次郎・菅野覚兵衛などの主な隊士のほか、記録の少ない隊士もまとめて取り上げ、分かることと分からないことを分けて書いています。
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菅野 覚兵衛(千屋 寅之助)【海援隊士 幕末亀山社中】
菅野覚兵衛は土佐出身の海援隊隊士で明治時代の軍人です。旧名千屋寅之助。妻の起美(君江)は、坂本龍馬の妻・お龍の妹です。つまり覚兵衛は、龍馬と義理の兄弟になります。土佐の和食(いまの芸西村)で、庄屋・千屋民五郎の三男として生まれました。 -
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高松 太郎(龍馬の甥)【海援隊士 幕末亀山社中】
坂本直は土佐藩出身の海援隊隊士です。坂本龍馬の甥であり、龍馬暗殺後は家督を継ぎました。幕末は高松太郎と名乗ります。天保十三年に土佐藩の郷士、高松順蔵と母・千鶴(龍馬の実姉)の長男として生まれます。19歳の時、九州に剣術修行の旅に出ます。 -
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坂本 龍馬【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
隊長坂本龍馬は誰もが知る有名な歴史上の人物で、大政奉還の影の立役者であり、薩長同盟の立役者でもあります。勝海舟が幕府の許可を得て運営していた神戸海軍塾が取りつぶしとなった後、龍馬ら土佐脱藩浪士達は行く場をなくし途方に暮れていました。 -
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陸奥宗光(陸奥陽之助)【紀州出身 海援隊士 幕末亀山社中】
陸奥陽之助は維新後の外務大臣「陸奥宗光」です。カミソリ大臣と言われていたことは有名です。紀州藩士伊達宗広の六男として生まれるが、その後父が藩内の政争に敗れて失脚します。陽之助は江戸に出て安井息軒に師事し尊王攘夷運動に加わります。 -
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長岡 謙吉【海援隊士 幕末亀山社中】
長岡謙吉は、幕末期の土佐藩出身者で海援隊の隊員の一人です。別名は今井純正。高知城下の浦戸町の医師・今井孝順(孝純、玄泉)の息子として生まれます。孝順は坂本龍馬の継母・伊予の縁者でした。幼少期は河田小龍の下で蘭学に励みました。 -
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近藤 長次郎(上杉 宋次郎)【海援隊士 幕末亀山社中】
近藤長次郎は、幕末期の土佐出身の人物です。別名は上杉宋次郎。高知城下の饅頭商人の息子として生まれ、苗字がなく饅頭屋長次郎と呼ばれました。幼少期から聡明で土佐では河田小龍、江戸では安積艮斎らに学びました。 -
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新宮 馬之助【海援隊士 幕末亀山社中】
新宮馬之助は、土佐国香美郡新宮村の農民の出で、海援隊ではただ一人「農民」に分けられる隊士です。河田小龍に絵と学問を学び、龍馬の誘いで勝海舟の塾へ。薩長同盟の場にも居合わせたと伝わり、維新後は海軍に入りました。
