海援隊士– category –
メンバー五十四人をまとめた 亀山社中・海援隊のメンバー一覧(隊士五十四人) もあります。
坂本龍馬がつくった亀山社中・海援隊に加わった隊士を紹介しています。陸奥宗光・近藤長次郎・菅野覚兵衛などの主な隊士のほか、記録の少ない隊士もまとめて取り上げ、分かることと分からないことを分けて書いています。
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島本 要(土岐 真金)【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
島村要(土岐真金)は、天保十一年(1840)に土佐藩足軽・島本信平の長男として生まれます。慶応二年(1866)に、藩命で京都藩邸詰となり、その後、脱藩し坂本龍馬の海援隊に加わりました。 -
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中江 兆民【土佐藩出身 長崎で学んだ思想家】
中江 兆民 出身 土佐藩 職名 中江兆民は、明治時代の思想家、ジャーナリスト、政治家(衆議院議員)です。 フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーを日本へ紹介して自由民権運動の理論的指導者となった事で知られ、「東洋のルソー」と評されます。衆議... -
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佐々木 栄(三上栄太郎)【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
福井越前藩出身の海援隊士です。越前藩が亀山社中に出資している関係上、松平春嶽侯より亀山社中へ出向させられた可能性が高いです。その他詳細は不明です。 -
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坂本 清次郎(三好 清明)【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
坂本清次郎は幕末期の土佐藩出身の海援隊士で、明治期の自由民権運動家。本名は鎌田清次郎で、明治期に三好賜・三好清明と改名しました。天保十二年(1842年)土佐藩陪臣鎌田実清と坂本幸の母・久の姉妹の井上好春の娘の二男として生まれます。 -
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小谷 耕造【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
越前藩出身の海援隊士です。一説によると亀山社中に出資した越前藩が幕府には内密に亀山社中に社員として送り込んだと言われています。しかし、小谷耕造は資料などがとても乏しく詳細はわかっていません。 -
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宮地 彦三郎【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
高知城下新町田渕(現在の高知市桜井町)の御用人宮地六丞真景の二男として、天保十年十月十五日同地に生まれました。学問については徳永千規や細川潤次郎等に学び、俊才でした。その他にも書画をよくし、河田小龍等と親交がありました。 -
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関 義臣【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
関義臣は、越前福井藩出身の海援隊士です。別名を山本龍二郎。1839年、福井藩士・山本五郎の三男に生まれます。藩校明道館に学び、幹事の橋本左内に認められて、文久二年(1862年)に昌平坂学問所に学びました。 -
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佐々木 栄【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
佐々木栄は越前藩出身の海援隊士です。詳細は不明だが、慶応三年の夏頃に海援隊へ参加しています。慶応三年七月六日の夜更け、長崎丸山でイギリス軍艦イカルス号の乗り組み水夫二人が何者かに殺害される事件が発生しました。 -
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吉井 源馬【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
土佐国土佐郡南新町の土佐藩士吉井駒大(吾)の長男として生まれます。慶応元年三条実美ら五卿が太宰府に蟄居のころ、随行していた土佐藩出身の土方久元らを追って脱藩しました。 -
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中島 作太郎(中島信行)【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
中島信行は、土佐藩出身の政治家。男爵。通称は作太郎。最初の妻は陸奥宗光の妹中島初穂(1877年死去)で、後妻は女性解放運動家の岸田俊子。土佐国高岡郡塚地村(現・高知県土佐市塚地)の郷士・中島猪三の長男。少年期に耕余塾へ通います。 -
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山本 復輔(山本 洪堂)【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
山本復輔は土佐藩出身の志士で明治期の役人。亀山社中・海援隊の一人です。明治期は山本洪堂(号)と名乗ります。慶応元年(1865年)に坂本龍馬が結成した亀山社中に間もなく参加したものと推測されます。 -
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野村 辰太郎【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
土佐国土佐郡小高坂村の出身で土佐藩士、白札格の野村亀四郎の長男です。野村家は代々砲術を得意とする家柄で万延元年父・亀四郎に従い江戸に出て、江川太郎左衛門の門に入り新式砲術を学びます。 -
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腰越 次郎(野村幸次郎)【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
腰越次郎は越前藩出身で変名を野村幸次郎。亀山社中が設立される比較的早い時期から参加していたものと推測されます。元来が機関方の専門家で、幕府所有の洋式船の乗組員でした。 -
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橋本 久太夫【越後出身 海援隊士 幕末亀山社中】
橋本久太夫は、越後出身の海援隊隊士です。元は江戸幕府の軍艦船員であったが、同僚と喧嘩をして出奔し、その際に坂本龍馬に助けられました。以降、龍馬とともに亀山社中に属し、桜島丸の水夫頭を勤めました。 -
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佐柳高次(前田常三郎)【海援隊士 幕末亀山社中】
佐柳高次は、讃岐国塩飽佐柳島の海援隊隊士です。本名は前田常三郎。嘉永四年江戸に出府し、安政二年に長崎海軍伝習所の水夫に採用されます。 -
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黒木小太郎【鳥取藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
黒木小太郎は因幡藩(鳥取)出身の海援隊士です。剣の達人だったと言われており、鳥取藩の剣道師範だった千葉重太郎に学びました。 -
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安岡金馬(平安佐輔)【海援隊士 幕末亀山社中】
弘化元年、土佐郡福井村(高知市)に安岡忠郷の二男として生まれます。別名平安佐輔。 -
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石田英吉(伊吹周吉)【海援隊士 幕末亀山社中】
石田英吉は、土佐藩士で明治の政治家。変名を伊吹周吉といいます。土佐藩の医師の家に生まれます。家業を継ぐため大坂の適塾で緒方洪庵に師事し、医術を学びました。しかし、志士・吉村寅太郎に心酔し、天誅組に加わって大和挙兵に参陣しました。 -
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池内蔵太(細川左馬之助)【海援隊士 幕末亀山社中】
池内蔵太(いけくらた)は、幕末の土佐藩郷士。別名に細川左馬之助。土佐藩士の中でも身分の低い微禄の家柄の息子として生まれました。1861年、江戸に出て安井息軒に師事し、様々な藩の志士と交流しました。 -
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沢村惣之丞(関雄之助)【海援隊士 幕末亀山社中】
沢村惣之丞は、幕末の土佐藩出身の人物です。別名、関雄之助。土佐国土佐郡潮江村の浪人の子として生まれます。間崎哲馬に師事し、学問を学びます。その後土佐勤王党に加入しました。文久二年に吉村虎太郎と共に土佐藩を脱藩します。 -
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白峰 駿馬(鵜殿豊之進)【海援隊士 幕末亀山社中】
白峰駿馬は長岡藩出身の海援隊士です。初名は鵜殿豊之進。1847年、長岡藩士・鵜殿瀬左衛門の三男に生まれます。1862年、江戸に行き、異父兄の鵜殿団次郎と交流があった勝海舟の門下生になります。
