【藩名】
上山藩
【説明】
上山藩は慶応4年(1868年)、戊辰戦争が始まると「奥羽越列藩同盟」に参加し総督「山村求馬」率いる洋式軍隊を出羽久保田藩に派兵する。しかし、山村求馬は出羽新庄藩の裏切りにより戦死してしまう。その後は庄内藩と合流して久保田城へと進軍した。

また、飛び地であった七日市が長岡の近所であったため北越戦争にも巻き込まれ、別働隊を長岡に派遣した。米沢藩が新政府に恭順すると、背後からの攻撃を恐れて軍を引き上げ降伏恭順し、版籍奉還を迎えた。
【上山藩・場所・アクセス】
〒999-3154 山形県上山市元城内3-7
【上山藩地図】
目次
出羽の城下町・上山
上山藩は、出羽国村山郡上山(現在の山形県上山市)に置かれた三万石の藩で、上山城を居城とし、藩主は藤井松平家でした。羽州街道の宿場町としても栄えた温泉の地で、山形盆地の南の入口を押さえる位置にありました。
奥羽越列藩同盟の一員として
戊辰戦争において上山藩は、東北・北越の諸藩が結んだ奥羽越列藩同盟に加わり、新政府軍と対峙しました。同盟の一員として、隣接する久保田藩(秋田藩)への攻撃にも兵を出しています。しかし戦局が同盟側の不利に傾くと、上山藩もやがて新政府に恭順しました。東北の小藩が同盟のなかで戦い、そして力尽きていった過程を映す藩です。

