幕末・維新– category –
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幕末・維新
住谷寅之助・大胡聿蔵 宛
住谷寅之助・大胡聿蔵 宛 原文 尊札拝見仕候。寒気之節益御安泰、長途無御障り御修行、珍重之御儀奉存候。抑被越候御趣、何レ拝顔之上御相談可申上奉存候。然ニ奴儀無拠要用ニ相掛居申候間、明後出足ニ而其御許迄参上可仕奉存候。誠ニ偏境之地、殊ニ山中御... -
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坂本乙女 宛
坂本乙女 宛 原文 二白、御家内へも宜敷御伝声可被下候、以上。一筆啓上仕候。冷気次第に相増し候へ共、弥御安全可被成目出度奉存候。随而野生儀道中筋無異議江戸に着仕り、築地屋敷に罷在候。乍懼御休意被下度候。陳者出足の節は御懇念被下、又御見事成る... -
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相良屋源之助 宛
相良屋源之助 宛 原文 二白、御家内へも宜敷御伝声可被下候、以上。一筆啓上仕候。冷気次第に相増し候へ共、弥御安全可被成目出度奉存候。随而野生儀道中筋無異議江戸に着仕り、築地屋敷に罷在候。乍懼御休意被下度候。陳者出足の節は御懇念被下、又御見事... -
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坂本八平(父)宛(最古の手紙)
坂本八平(父)宛(最古の手紙) 原文 一筆啓上仕候。秋気次第に相増候所、愈々御機嫌能可被成御座、目出度千万存奉候。次に私儀無異に相暮申候。御休心可被成下候。兄御許にアメリカ沙汰申上候に付、御覧可被成候。先は急用御座候に付、早書乱書御推覧可... -
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桜田門:水戸浪士らの襲撃で討たれた大老井伊直弼(桜田門外の変)【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 桜田門 【桜田門の説明】 桜田門は江戸城の内堀に造られた門の一つである。 実は桜田門は2つあり、「内桜田門」と「外桜田門」に分かれている。 田安門、一ツ橋門、清水門、半蔵門などそれぞれの門にはそれなりの理由がある中、桜田門ではその... -
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館城:函館戦争直前に松前藩が築城した城で旧幕府軍に攻撃された館城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 館城 【館城の説明】 館城(たてじょう)は、現在の厚沢部町に築城された松前藩の城である。 明治元年(1868年)、函館戦争直前に松前藩が松前城(福山城)から本拠を移すために築城された。その理由の一つとして海岸沿いにあった松前城では洋式... -
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権現台場:五稜郭と四稜郭を結ぶ重要な位置に築かれた権現台場【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 権現台場 【権現台場の説明】 権現台場は函館東照宮を中心に建設された旧幕府軍の台場である。明治2年(1869年)4月、新政府軍の襲撃を予想していた榎本武揚率いる旧幕府軍は各地に台場や陣地を建設した。 その中の一つに「権現台場」が存在す... -
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三稜郭跡:五稜郭と四稜郭だけじゃない!!三稜郭の存在が浮上(比遅里神社内)【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 三稜郭跡 【三稜郭跡の説明】 榎本脱走艦隊(蝦夷共和国)では新政府軍の襲撃に備えて各地で砲台や陣屋の建設を急いだ。明治2年(1869年)、旧幕府軍は「弁天台場」の改修をはじめ、千代ヶ岡台場、権現台場、四稜郭などの防衛施設を建設した。 ... -
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宮古湾海戦の碑:旧幕府軍「回天丸」が新政府軍旗艦「甲鉄艦」奪取を試みた海戦【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 宮古湾海戦の碑 【宮古湾海戦の碑の説明】 明治2年(1869年)5月6日、榎本武揚率いる旧幕府軍は海軍力の劣っている穴を埋めるため宮古湾に停泊している新政府軍の旗艦「甲鉄艦」を奪取する斬り込み攻撃を実行した。これが「宮古湾海戦」であり... -
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一本木関門跡:新選組結成から函館戦争の最後まで戦い抜いた新選組土方歳三最期の地碑【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 一本木関門跡(土方歳三最期の地碑) 【一本木関門跡(土方歳三最期の地碑)の説明】 京都で新選組を結成してから鳥羽伏見の戦いで敗れ江戸に帰還し、大鳥圭介ら旧幕府軍と北関東で戦い、さらには会津戦争にも参加。各地で戦闘を重ねた土方歳三... -
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母成峠古戦場跡:会津藩兵や大鳥圭介率いる伝習隊・新選組と新政府軍と戦闘があった母成峠【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 母成峠古戦場跡 【母成峠古戦場跡の説明】 慶応4年(1868年)、二本松城を落とした新政府軍は次の目標を会津藩に定めた。一方会津藩は広大な領内に兵力を分散する必要があり、どこに主力部隊を配置するかが勝敗の鍵となっていた。 会津藩では日... -
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八木邸跡:近藤勇・芹沢鴨・土方歳三が会津藩預かり新選組結成時の屯所 八木邸【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 八木邸跡 【八木邸跡の説明】 近藤勇・芹沢鴨・土方歳三らが会津藩お預かりの新選組を結成した時に屯所としたのが八木邸である。当初は近藤派と芹沢派に割れていた新選組だが、土方らの策略により「芹沢鴨」は暗殺され派閥争いは解消された。 ... -
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お台場:幕末江戸湾海上防衛のため江川太郎左衛門が建設した砲台跡(第三台場・第六台場)【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 お台場砲台跡 【お台場砲台跡の説明】 嘉永6年(1853年)、ペリー艦隊が日本に来航するとこれに驚いた徳川幕府は急遽江戸湾の防衛強化を急いだ。この頃、韮山代官の「江川太郎左衛門」が江戸湾砲台建設の提案書を出しており、幕府はこの提案を... -
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千代ヶ岡陣屋(千代ヶ岡台場):函館戦争で壮絶な最期を迎えた中島三郎助終焉の地【史跡 日本の歴史】
【陣屋名】 千代ヶ岡陣屋(千代ヶ岡台場) 【千代ヶ岡陣屋(千代ヶ岡台場)の説明】 千代ヶ岡陣屋(千代ヶ岡台場)は函館市にある五稜郭の少し南に築かれた陣屋である。文化5年(1808年)、日露関係が緊迫した中、幕府が蝦夷地を直轄しここに陣屋を築いた... -
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竹中氏陣屋:竹中半兵衛の嫡子重門が関ヶ原の戦い後に築城した竹中氏陣屋【お城特集 日本の歴史】
【城名】 竹中氏陣屋 【竹中氏陣屋の説明】 竹中氏陣屋は岐阜県不破郡垂井町にあった竹中氏の陣屋跡である。 羽柴秀吉の軍師として名高い「竹中半兵衛」の嫡男「重門」が、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで、もともと親しかった「黒田長政」の呼びかけに... -
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福井城:家康の次男結城秀康を藩祖とし幕末には松平慶永を輩出した福井城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 福井城 【福井城の説明】 福井城は福井県福井市にあった平城で現在も城の一部が残されている。 江戸時代には福井藩越前松平家の城下町として栄えた。 織田信長が越前の守護職「朝倉義景」を滅ぼしたあと、明智光秀に北ノ庄城を任せた。しかし、当... -
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龍岡城(五稜郭):日本に二つある星形西洋式城郭の一つ龍岡五稜郭【お城特集 日本の歴史】
【城名】 龍岡城(五稜郭) 【城の説明】 龍岡城(たつおかじょう)は長野県佐久市にあった洋式城跡である。ここには龍岡藩松平家の藩庁が置かれていた。日本に二つある星形の西洋式城郭のうちの一つであり、もう一つの西洋式城郭である五稜郭(函館)と区... -
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唐津城:豊臣家の寺沢広高が築城し幕末には小笠原長道が居城 唐津城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 唐津城 【唐津城の説明】 唐津城は、佐賀県唐津市東城内にあった城で別名は、舞鶴城。唐津市街の北部に位置し、松浦川が唐津湾に注ぐ河口付近の満島山に位置する。唐津湾に突き出た満島山上に本丸が配され、その西側に二の丸、三の丸が配された連... -
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造海城:里見義堯が治めた重要な水軍の拠点 造海城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 造海城 【造海城の説明】 造海城は千葉県富津市竹岡にあった内房に面した海城である。 寛正2年(1461年)に「真里谷信興」により築城されたと伝えられているが詳細は不明である。 天文2年(1533年)に里見義豊が伯父である「里見実堯」を突如襲い... -
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七戸城:九戸政実の乱で滅びた七戸家国の居城 七戸城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 七戸城 【七戸城の説明】 七戸城は青森県上北郡七戸町にあった平山城である。 南部氏初代「南部光行」の四男「朝清」が七戸地方へ移り七戸氏を名乗ったと伝えられている。 城としての築城は南北朝時代の「南部政長」により築城されたとする説と、... -
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大館城(出羽):戦国時代に浅利勝頼が築城し秋田氏により滅ぼされた出羽大館城 【お城特集 日本の歴史】
【城名】 大館城(出羽) 【大館城(出羽)の説明】 大館城はは秋田県大館市にあった平城で、別名桂城とも呼ばれている。 源頼朝の奥州征伐の後、頼朝の御家人「浅利氏」が地頭職となったのが比内浅利氏のはじまりとされている。 しかし、当時は館程度のも...
