現地取材– category –
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【現地取材】壬生・八木邸 ― 新選組が生まれた家と、芹澤鴨暗殺の夜
京都・壬生。浅葱色の暖簾に「誠」の旗が揺れる一軒の郷士屋敷の前に立つと、幕末という時代が急に生々しく近づいてきます。ここ八木邸は、新選組が産声をあげた家であり、そしてその内部抗争のなかで局長・芹澤鴨が斬られた、血なまぐさい事件の現場でも... -
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【現地取材】会津若松城(鶴ヶ城)と会津藩 ― 一ヶ月の籠城に耐えた「朝敵」の城
福島県会津若松市の中心に、白亜の天守が赤い瓦を頂いてそびえる会津若松城――通称「鶴ヶ城(つるがじょう)」。戊辰戦争では、この城を舞台におよそ一ヶ月におよぶ壮絶な籠城戦が繰り広げられました。「朝敵」の汚名を着せられながらも、最後まで戦い抜い... -
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【現地取材】飯盛山と会津藩校日新館 ― 白虎隊十九士の自刃と「ならぬことはならぬ」の教え
福島県会津若松市の飯盛山(いいもりやま)。ここは、戊辰戦争のさなかに白虎隊(びゃっこたい)の少年たちが自刃した、会津戊辰でもっとも胸を締めつけられる場所です。そして彼らを育てたのが、会津藩校日新館(にっしんかん)――「ならぬことはならぬも... -
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【現地取材】三春城と三春藩 ― 伊達政宗の妻・愛姫の里、そして「三春狐」の裏切り
福島県三春町、町の中心にそびえる大志多山(おおしたやま)の上に、三春城跡(みはるじょうあと=舞鶴城)があります。その美しい姿から「舞鶴城」とも呼ばれたこの城は、戦国の名族・田村氏――伊達政宗の正室愛姫(めごひめ)の実家の城であり、幕末には... -
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【現地取材】米沢・上杉神社と米沢藩 ― 大減封に耐え、上杉鷹山が再興した名門の幕末
山形県米沢市、米沢城の本丸跡に広がる松が岬(まつがさき)公園に鎮座する上杉神社。戦国の名将・上杉謙信を祀るこの社は、名門・上杉家の歩みそのものを見守ってきました。会津百二十万石からの大減封、名君・上杉鷹山の再興、そして幕末――会津を救えな... -
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【現地取材】二本松城(霞ヶ城)と二本松少年隊 ― 少年たちが散った落城の悲劇
福島県二本松市の霞ヶ城(かすみがじょう=二本松城)。総石垣の美しいこの城は、戊辰戦争で十二歳から十七歳の少年たちが散り、家老が自刃し、城が自らの手で焼き払われた――東北の戊辰戦争のなかでも、とりわけ悲痛な落城の舞台となりました。二本松少年... -
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【現地取材】白河小峰城と白河口の戦い ― 藩主なき城が戊辰最大の激戦地に
福島県白河市。白い漆喰の御三階櫓が石垣の上にそびえる白河小峰城(しらかわこみねじょう)は、戊辰戦争で最大の激戦地となった城です。ここで慶応四年(一八六八年)に繰り広げられた「白河口の戦い」は、東北の戊辰戦争の帰趨(きすう)を決したとまで... -
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【現地取材】棚倉城と棚倉藩 ― 丹羽長重の城、戊辰戦争で半日で落ちた「左遷の城」
福島県棚倉町。深い緑と静かなお濠に囲まれた棚倉城跡(亀ヶ城)は、幕末の戊辰戦争でわずか半日のうちに落城・焼失した、悲劇の城です。二代将軍・徳川秀忠の命で築かれ、幕末には「左遷の城」とも呼ばれたこの城には、白河口の激戦とも深く結びついた濃... -
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【現地取材】烏山城と烏山藩 ― 大名が八家も替わった山城、大久保家三万石の幕末
栃木県那須烏山市、緑深い山あいに「烏山城址 0.5KM」と記された木の道標が立っています。この道標の先、標高およそ二百メートルの山上に広がるのが、関東屈指の中世山城として知られる烏山城(からすやまじょう)です。三万石の小さな城下町の背後にそび... -
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【現地取材】諏訪高島城と高島藩 ― 諏訪湖の浮城、老中を出し戊辰を戦った諏訪家三万石
長野県諏訪市、諏訪湖のほとりに白壁の天守がすっと立つ高島城(たかしまじょう)。かつては諏訪湖の水をそのまま濠に取り込み、湖の波が石垣に迫ったことから「諏訪の浮城(うきしろ)」と呼ばれた水城です。三万石の小さな城ですが、その主・諏訪家は幕... -
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【現地取材】大田原城と大田原藩 ― 奥州街道の鎮、戊辰戦争で攻められた城
栃木県大田原市の龍城公園(りゅうじょうこうえん)。木々におおわれた台地に、深い空堀と土塁が今も残るここが大田原城跡(おおたわらじょうあと)です。幕末の関東では、多くの藩が新政府にいち早く恭順して戦火を避けました。しかしこの大田原城は違い... -
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【現地取材】佐野城と佐野藩 ― 十数年で消えた城と、幕末を生きた堀田家の物語
栃木県佐野市には、名前は同じ「佐野城」でありながら、まったく性格の異なる二つの城跡があります。ひとつは駅のすぐ北に広がる城山公園(佐野城・春日岡城)。もうひとつは、そこから少し離れた植下町にひっそりと建つ堀田佐野城墟(ほったさのじょうき... -
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【現地取材】館林城跡と幕末の館林藩 ― 秋元志朝・禁門の変・そして新政府への恭順
群馬県館林市の中心部に、白壁の塀と重厚な木造の門がひっそりと残る一角があります。夕暮れどきに訪ねた館林城跡(たてばやしじょうあと)――五代将軍・徳川綱吉が将軍となる前に城主を務めた「城主大名の城」として知られますが、じつは幕末の館林にも、... -
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【現地取材】韮山反射炉と江川邸を歩く——大砲を生んだ炉と、桂小五郎も学んだ江川塾
幕末の日本が、黒船に象徴される西洋の軍事力に必死で追いつこうとした——その最前線の遺構が、静岡県伊豆の国市にあります。韮山(にらやま)反射炉。大砲を鋳造するために築かれた、世界文化遺産の炉です。そしてこの炉を計画したのが、韮山代官江川英龍(え... -
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【現地取材】龍岡城五稜郭を歩く——信州の小藩がのこした、もう一つの星形城郭
「五稜郭」と聞けば、たいていの人は北海道の函館を思い浮かべます。私もそうでした。だから長野県佐久市に、もう一つの五稜郭があると知ったときは、正直おどろきました。その名は龍岡城(たつおかじょう)五稜郭。幕末、わずか一万二千石ほどの小藩が、信... -
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【現地取材】小田原城を歩く——二転三転した幕末の藩論と、大久保家十一万石の城
幕末の藩を歩いて知ろうと各地の史跡を訪ねています。今回は神奈川県小田原市。箱根の玄関口として知られるこの町は、江戸時代を通じて大久保家十一万三千石の城下であり、東海道でも指折りの要衝でした。そして幕末、小田原藩は生き残りをかけて藩論が二... -
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【現地取材】江戸城を歩く——無血開城の舞台と、天守なき将軍の城
幕末の藩を歩いて知ろうと各地の史跡を訪ねてきましたが、今回は幕末史の“総本山”ともいえる場所——江戸城です。今の皇居。徳川十五代の将軍が座した城であり、幕末のクライマックス、江戸無血開城の舞台でもあります。ただし、有名な「松の大廊下」の刃傷... -
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【現地取材】佐倉城と堀田正睦を歩く——「老中の城」に立つ、開国に敗れた宰相と義民の里
幕末の藩を歩いて知ろうと各地の史跡を訪ねていますが、今回は千葉県佐倉市。城下町の風情は残るものの、正直なところ観光地としては地味な部類でしょう。けれど幕末史のうえで、佐倉は決して小さな町ではありません。ここは開国を主導した老中・堀田正睦... -
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【現地取材】赤穂城と大石神社を歩く——忠臣蔵の里に刻まれた「幕末」
幕末の藩を歩いて知ろうと各地の史跡を訪ねていますが、今回は少し毛色の違う土地に足を運びました。兵庫県赤穂市。名前を聞けば、多くの人が思い浮かべるのは「忠臣蔵」——元禄十五年の討ち入りでしょう。けれど赤穂は、元禄で時が止まった町ではありませ... -
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【現地取材】天空の城・竹田城跡から生野銀山へ——維新の魁となった「生野義挙」を歩く
「日本のマチュピチュ」とも呼ばれる竹田城跡と、そこから車で30分ほどの生野銀山。どちらも兵庫県朝来市にありますが、竹田城そのものは慶長5年(1600年)に廃城となっており、幕末とは直接の関わりを持ちません。ただしすぐ近くの生野では、文久3年(186... -
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【現地取材】日本三大平山城・津山城を歩く——尊皇攘夷派を抑え無事に幕末を乗り切った津山藩
美作国津山(現在の岡山県津山市)にそびえる津山城は、本丸まで45メートルにも達する高石垣を誇る「日本三大平山城」のひとつです。江戸時代には松平家10万石の津山藩の居城となり、幕末には藩主・松平慶倫が朝廷と幕府の調停役を務めるなど、激動の時代...
