関東地方– category –
石高順にまとめた 関東の藩一覧(幕末) もあります。
関東地方の藩をまとめています。佐倉藩・古河藩・水戸藩などのほか、房総や常陸の1万石前後の小藩が多いのが特徴です。徳川家康の関東入りで生まれ、江戸時代の初めに消えた藩も数多く取り上げています。
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忍藩/松平家10万石:松平忠誠 戊辰戦争では新政府軍についた忍藩
忍藩(松平家10万石、松平忠誠)。戊辰戦争では新政府軍についた忍藩。忍藩3代藩主「松平忠国」は所領十万石のうち五万石を上総・安房に移されたため、異国船の警備を任じられました。 -
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川越藩/松平家8万4千石:松平康載 老中の座を辞して新政府軍に恭順した川越藩
川越藩(松平家8万4千石、松平康載)。老中の座を辞して新政府軍に恭順した川越藩。幕末の藩主「松平康英」は慶応四年(1868年)、新政府軍に恭順することで藩論をまとめ、老中を辞します。 -
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下総三浦藩/三浦家1万石:三浦重勝 無嗣改易のため廃藩
下総三浦藩(三浦家1万石、三浦重勝)。無嗣改易のため廃藩。天正十八年(1590年)八月、豊臣秀吉の「北条征伐」後に「徳川家康」は関東に移封され、家臣の「三浦重成」は上総国山辺郡・下総国印旛郡などに一万石の所領を与えられ、下総三浦藩を立… -
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舟戸藩/本多家1万5千石:本多正永 沼田藩・駿河田中藩へ移封のため飛地となる
舟戸藩(本多家1万5千石、本多正永)。沼田藩・駿河田中藩へ移封のため飛地となる。元禄元年(1688年)、本多正貫の孫の正永が寺社奉行になり一万石に加増されて大名となりました。そして「舟戸藩」が立藩されました。 -
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栗原藩/成瀬家1万6千石:成瀬之虎 無嗣断絶にて改易の上廃藩
栗原藩(成瀬家1万6千石、成瀬之虎)。無嗣断絶にて改易の上廃藩。元和二年(1616年)、「成瀬正成」は尾張藩主となった家康の九男「徳川義直」の付家老となったため陪臣扱いとされました。所領下総や各地に分散していたが尾張犬山へ移されました。 -
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曾我野藩/戸田家1万1千2百石:戸田忠綱 明治初期に下野高徳藩から移封により立藩
曾我野藩(戸田家1万1千2百石、戸田忠綱)。明治初期に下野高徳藩から移封により立藩。曽我の地は江戸時代を通じて幕府直轄領でした。明治二年(1869年)に葛飾県が置かれると、その管轄となり、明治三年(1870年)三月には、下野国高徳藩知… -
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岩富藩/北条家1万石:北条氏重 下野富田藩に移封のため廃藩
岩富藩(北条家1万石、北条氏重)。下野富田藩に移封のため廃藩。北条氏勝は天正十八年(1590年)、豊臣秀吉による「小田原征伐」の際に「玉縄城」で善戦したが、本多忠勝や榊原康政の説得を受けて徳川家康に降伏し、やがて家康の家臣となりました。 -
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臼井藩/酒井家3万石:酒井家次 上野国高崎藩に加増移封のため廃藩
臼井藩(酒井家3万石、酒井家次)。上野国高崎藩に加増移封のため廃藩。戦国時代、臼井の地は千葉氏の家臣「原氏」が治めていました。豊臣秀吉の「小田原征伐」で原氏が滅亡した後、徳川家康が関東に入封し、三河国吉田城主「酒井家次」が三万石で臼井… -
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下総飯田藩/青山家1万石:青山成重 大久保長安事件の連座で廃藩
下総飯田藩(青山家1万石、青山成重)。大久保長安事件の連座で廃藩。徳川氏譜代の家臣である「青山成重」は慶長八年(1603年)十二月二十五日、下総国内において五千石を加増され一万石の大名となりました。そして下総飯田藩を立藩しました。 -
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矢作藩/三浦家1万石:三浦正次 下野壬生藩に移封のため廃藩
矢作藩(三浦家1万石、三浦正次)。下野壬生藩に移封のため廃藩。豊臣秀吉の「北条征伐」後、関東に移封された「徳川家康」は、下総国分氏の居城「下総矢作城(大崎城)」に「鳥居元忠」を四万石で入封させました。これが矢作藩の立藩です。 -
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守谷藩/土岐家1万石:土岐定義 摂津高槻藩へ加増転封のため廃藩
守谷藩(土岐家1万石、土岐定義)。摂津高槻藩へ加増転封のため廃藩。徳川家康の家臣として甲斐国巨摩郡切石一万石を領していた「菅沼定政」は、豊臣秀吉の「北条征伐」後に主君「家康」が関東へ移封になると、北条家に加わって改易された下総相馬氏の… -
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下総山崎藩/岡部家1万2千石:岡部長盛 丹波亀山藩へ加増転封のため廃藩
下総山崎藩(岡部家1万2千石、岡部長盛)。丹波亀山藩へ加増転封のため廃藩。天正十八年(1590年)の小田原征伐後、関東に入封した「徳川家康」は譜代の家臣「岡部長盛」に下総国葛飾郡山崎(千葉県野田市山崎)一万二千石を与えました。 -
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大輪藩/土井家1万石:土井利直 継嗣問題で減封の上廃藩 旗本となる
大輪藩(土井家1万石、土井利直)。継嗣問題で減封の上廃藩 旗本となる。古河藩主として有名な「土井利勝」の五男「土井利直」は正保元年(1644年)九月、父の遺領から五千石を相続します。 -
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下野山川藩/太田家1万5千6百石:太田資宗 三河国西尾藩へ移封とり廃藩
下野山川藩(太田家1万5千6百石、太田資宗)。三河国西尾藩へ移封とり廃藩。太田重正の次男「太田資宗」は「徳川家光」に仕えて五千六百石の旗本となりました。さらに「松平信綱」や「阿部重次」「三浦正次」「阿部忠秋」「堀田正盛」と並んで家光側… -
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生実藩/森川家1万石:森川俊方 戊辰戦争ではいち早く新政府に恭順した生実藩
生実藩(森川家1万石、森川俊方)。戊辰戦争ではいち早く新政府に恭順した生実藩。「生実」は元々「小弓」と書かれ、戦国時代初期に古河公方の後継者争いに敗れた「足利義明」が千葉氏の重臣原氏の居城だった「小弓城」を奪って主城とし「小弓公方」を… -
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多胡藩/久松家1万2千石:久松勝行 九十九里真忠組の乱鎮圧で功績があった多胡藩
多胡藩(久松家1万石、久松勝行)。九十九里真忠組の乱鎮圧で功績があった多胡藩。幕末期の多胡藩主は「松平勝行」で九十九里「真忠組」の反乱鎮圧で功績を挙げました。戊辰戦争が勃発すると勝行は徳川幕府との決別を示すために松平姓から元の久松姓に… -
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佐倉藩/堀田家11万石:堀田正倫 藩主不在の中新政府軍に恭順し改易を逃れた佐倉藩
佐倉藩(堀田家11万石、堀田正倫)。藩主不在の中新政府軍に恭順し改易を逃れた佐倉藩。現在の印旛郡酒々井町には下総守護千葉氏の家系に連なる佐倉千葉氏の居城「本佐倉城」があるが、江戸時代の佐倉城とは別です。 -
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小見川藩/内田家1万石:内田正学 西南戦争にも参戦した小見川藩最期の藩主 内田正学
小見川藩(内田家1万石、内田正学)。西南戦争にも参戦した小見川藩最期の藩主 内田正学。幕末期の小見川藩では慶応四年(1868年)三月、脱藩藩士による蜂起が起こるなどして藩内は混乱しました。 -
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高岡藩/井上家1万石:井上正順 新政府に恭順し家名を保った高岡藩
高岡藩(井上家1万石、井上正順)。新政府に恭順し家名を保った高岡藩。慶応四年(1868年)の「戊辰戦争」では新政府に従い、藩主「井上正順」は従五位下・宮内少輔に叙位任官します。 -
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関宿藩/久世家4万8千石:久世広文 万宇隊を結成し彰義隊と活動した関宿藩
関宿藩(久世家4万8千石、久世広文)。万宇隊を結成し彰義隊と活動した関宿藩。幕末の藩主「久世広文」は若年のため、藩政は家臣団によって行なわれ、農兵の徴集や「天狗党の乱」の鎮圧などに参加しています。 -
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古河藩/土井家8万石:土井利与 大政奉還後はいち早く新政府軍に恭順した古河藩
古河藩(土井家8万石、土井利与)。大政奉還後はいち早く新政府軍に恭順した古河藩。幕末の藩主「土井利与」は元治二年(1865年)四月一日、将軍「徳川家茂」に拝謁します。同年十二月十五日、従五位下内膳正に叙任し、家督相続後「大炊頭」に改めます。
