全藩一覧—幕末の藩を地域・名前から探す– category –
江戸時代に置かれた藩を、地方別にまとめています。幕末まで続いた藩だけでなく、江戸時代の初めに取りつぶされたり国替えで消えたりした小さな藩も含め、およそ530の藩を一つずつ取り上げました。各ページでは藩が生まれた経緯、藩主家の移り変わり、幕末から廃藩置県までの動き、いまの城跡・陣屋跡の場所を紹介しています。
-
全藩
久喜藩/米津家1万1千石:米津通政 出羽長瀞藩へ移封のため廃藩
久喜藩(米津家1万1千石、米津通政)。出羽長瀞藩へ移封のため廃藩。譜代大名の「米津政武」が武蔵国久喜に領地を与えられ陣屋を設置し久喜藩が立藩されます。寛政十年(1798年)七月、5代藩主「米津通政」が武蔵国内の所領六千四百石を出羽国村… -
全藩
高坂藩(掛塚藩)/加賀爪家1万3千石:加賀爪直清 成瀬家との領地争いにより廃藩
高坂藩(掛塚藩)(加賀爪家1万3千石、加賀爪直清)。成瀬家との領地争いにより廃藩。「加々爪忠澄」は「関ヶ原の戦い」、「大坂の陣」で武功を挙げたため、加増を受けて寛永十年(1633年)に九千五百石を与えられました。 -
全藩
野本藩/渡辺家1万3千5百石:渡辺基綱 大庭寺藩へ移封のため廃藩
野本藩(渡辺家1万3千5百石、渡辺基綱)。大庭寺藩へ移封のため廃藩。野本藩初代藩主の「渡辺吉綱」は「槍半蔵(渡辺守綱)」の孫で4代将軍「徳川家綱」に仕えたのち、寛文元年(1661年)に大坂定番となり、河内・和泉両国に一万石を加増されて… -
全藩
武蔵松山藩/松平家3万石:松平忠頼 遠江国浜松藩に加増移封のため廃藩
武蔵松山藩(松平家3万石、松平忠頼)。遠江国浜松藩に加増移封のため廃藩。「豊臣秀吉」の「北条征伐」後に「徳川家康」が関東入国すると、天正十八年(1590年)に「松平家広」が武蔵松山一万石を与えられて武州松山藩を立藩しました。 -
全藩
騎西藩(私市藩)/大久保家2万石:大久保忠職 美濃加納藩へ加増移封のため廃藩
騎西藩(私市藩)(大久保家2万石、大久保忠職)。美濃加納藩へ加増移封のため廃藩。豊臣秀吉の「北条征伐」後、関東に入った「徳川家康」は松井松平家の「松平康重」に騎西二万石を与えて騎西藩(私市藩)が立藩されました。 -
全藩
東方藩/戸田家1万石:戸田康長
東方藩(戸田家1万石、戸田)。康長。武蔵国幡羅郡東方—現在の埼玉県深谷市東方に、わずか十一年だけ存在した一万石の藩です。藩主は一人しかいません。松平康長、ただ一代で終わりました。 -
全藩
深谷藩/酒井家5万石:酒井忠勝 川越藩へ移封のため廃藩
深谷藩(酒井家5万石、酒井忠勝)。川越藩へ移封のため廃藩。元和八年(1622年)、「酒井忠勝」が一万石で入封し「深谷藩」が立藩されます。忠勝は寛永元年(1624年)八月、上総・武蔵・下総国内に二万石を加増され、老中に列せられます。 -
全藩
岡部藩/安部家2万2250石:安部信発 幕末の動乱の中三河国半原藩へ移封のため廃藩
岡部藩(安部家2万2250石、安部信発)。幕末の動乱の中三河国半原藩へ移封のため廃藩。安部氏の歴代藩主の多くは、大坂定番・加番などを務めています。第7代藩主「安部信允」も大坂定番を務め、藩校「就将館」を設置しています。 -
全藩
八幡山藩/松平家1万石:松平家清 三河国吉田に加増転封のため廃藩
八幡山藩(松平家1万石、松平家清)。三河国吉田に加増転封のため廃藩。豊臣秀吉の北条征伐後に「徳川家康」が関東に入封し、江戸城に本拠を構えると、「松平家清」に児玉郡八幡山一万石を与え、八幡山藩を立藩させました。 -
全藩
本庄藩/小笠原家1万石:小笠原信之 下総古河藩へ加増転封のため廃藩
本庄藩(小笠原家1万石、小笠原信之)。下総古河藩へ加増転封のため廃藩。本庄城には、新しい城主として小笠原信嶺が入りました。信嶺は入城から8年目の慶長三年(1598年)に亡くなり、跡を継いだ小笠原信之が本庄藩の二代藩主となります。 -
全藩
岩槻藩/大岡家2万3千石:大岡忠恕 江戸薩摩藩邸焼討に参戦するも一転恭順して家名を保った岩槻藩
岩槻藩(大岡家2万3千石、大岡忠恕)。江戸薩摩藩邸焼討に参戦するも一転恭順して家名を保った岩槻藩。岩槻藩は「大岡忠恕」の時代に幕末の動乱に加え天災が重なり、さらには岩槻城の本丸焼失などの不幸が相次いで、財政は破綻寸前となりました。 -
全藩
忍藩/松平家10万石:松平忠誠 戊辰戦争では新政府軍についた忍藩
忍藩(松平家10万石、松平忠誠)。戊辰戦争では新政府軍についた忍藩。忍藩3代藩主「松平忠国」は所領十万石のうち五万石を上総・安房に移されたため、異国船の警備を任じられました。 -
全藩
川越藩/松平家8万4千石:松平康載 老中の座を辞して新政府軍に恭順した川越藩
川越藩(松平家8万4千石、松平康載)。老中の座を辞して新政府軍に恭順した川越藩。幕末の藩主「松平康英」は慶応四年(1868年)、新政府軍に恭順することで藩論をまとめ、老中を辞します。 -
全藩
下総三浦藩/三浦家1万石:三浦重勝 無嗣改易のため廃藩
下総三浦藩(三浦家1万石、三浦重勝)。無嗣改易のため廃藩。天正十八年(1590年)八月、豊臣秀吉の「北条征伐」後に「徳川家康」は関東に移封され、家臣の「三浦重成」は上総国山辺郡・下総国印旛郡などに一万石の所領を与えられ、下総三浦藩を立… -
全藩
舟戸藩/本多家1万5千石:本多正永 沼田藩・駿河田中藩へ移封のため飛地となる
舟戸藩(本多家1万5千石、本多正永)。沼田藩・駿河田中藩へ移封のため飛地となる。元禄元年(1688年)、本多正貫の孫の正永が寺社奉行になり一万石に加増されて大名となりました。そして「舟戸藩」が立藩されました。 -
全藩
栗原藩/成瀬家1万6千石:成瀬之虎 無嗣断絶にて改易の上廃藩
栗原藩(成瀬家1万6千石、成瀬之虎)。無嗣断絶にて改易の上廃藩。元和二年(1616年)、「成瀬正成」は尾張藩主となった家康の九男「徳川義直」の付家老となったため陪臣扱いとされました。所領下総や各地に分散していたが尾張犬山へ移されました。 -
全藩
曾我野藩/戸田家1万1千2百石:戸田忠綱 明治初期に下野高徳藩から移封により立藩
曾我野藩(戸田家1万1千2百石、戸田忠綱)。明治初期に下野高徳藩から移封により立藩。曽我の地は江戸時代を通じて幕府直轄領でした。明治二年(1869年)に葛飾県が置かれると、その管轄となり、明治三年(1870年)三月には、下野国高徳藩知… -
全藩
岩富藩/北条家1万石:北条氏重 下野富田藩に移封のため廃藩
岩富藩(北条家1万石、北条氏重)。下野富田藩に移封のため廃藩。北条氏勝は天正十八年(1590年)、豊臣秀吉による「小田原征伐」の際に「玉縄城」で善戦したが、本多忠勝や榊原康政の説得を受けて徳川家康に降伏し、やがて家康の家臣となりました。 -
全藩
臼井藩/酒井家3万石:酒井家次 上野国高崎藩に加増移封のため廃藩
臼井藩(酒井家3万石、酒井家次)。上野国高崎藩に加増移封のため廃藩。戦国時代、臼井の地は千葉氏の家臣「原氏」が治めていました。豊臣秀吉の「小田原征伐」で原氏が滅亡した後、徳川家康が関東に入封し、三河国吉田城主「酒井家次」が三万石で臼井… -
全藩
下総飯田藩/青山家1万石:青山成重 大久保長安事件の連座で廃藩
下総飯田藩(青山家1万石、青山成重)。大久保長安事件の連座で廃藩。徳川氏譜代の家臣である「青山成重」は慶長八年(1603年)十二月二十五日、下総国内において五千石を加増され一万石の大名となりました。そして下総飯田藩を立藩しました。 -
全藩
矢作藩/三浦家1万石:三浦正次 下野壬生藩に移封のため廃藩
矢作藩(三浦家1万石、三浦正次)。下野壬生藩に移封のため廃藩。豊臣秀吉の「北条征伐」後、関東に移封された「徳川家康」は、下総国分氏の居城「下総矢作城(大崎城)」に「鳥居元忠」を四万石で入封させました。これが矢作藩の立藩です。
