東海地方– category –
石高順にまとめた 東海の藩一覧(幕末) もあります。
東海地方(静岡・愛知・岐阜・三重)の藩をまとめています。御三家の尾張藩・紀州藩の伊勢領、桑名藩・大垣藩・岡崎藩など、徳川家の本拠に近い譜代の藩が多い地方です。幕末に会津と並んで京都を守った桑名藩の動きも読めます。
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駿府藩(静岡藩)/徳川家70万石:徳川家達 徳川宗家の存続が認められ江戸城から駿河国へ移封され立藩
駿府藩(静岡藩)(徳川家70万石、徳川家達)。徳川宗家の存続が認められ江戸城から駿河国へ移封され立藩。慶応三年(1867年)の「大政奉還」により、江戸幕府は滅亡しました。 -
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沼津藩/水野家5万8千石:水野忠敬 徳川家達の駿河移封により上総菊間藩へ移されて廃藩
沼津藩(水野家5万8千石、水野忠敬)。徳川家達の駿河移封により上総菊間藩へ移されて廃藩。安永六年(1777年)十一月六日、水野忠友が三河大浜藩より二万石で転封してきたことによります。 -
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井伊谷藩/近藤家1万5千石:近藤秀用 一族へ所領分与のため旗本となり廃藩
井伊谷藩(近藤家1万5千石、近藤秀用)。一族へ所領分与のため旗本となり廃藩。慶長五年(1600年)の「関ヶ原の戦い」後、「井伊直政」が戦傷が原因で死去すると、直政の家臣だった「近藤秀用」は「池田輝政」の仲介もあって「徳川家康」の直臣と… -
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浜松藩/井上家6万石:井上正直 徳川家達が駿府70万石で移封となり上総鶴舞藩へ替地を賜った浜松藩
浜松藩(井上家6万石、井上正直)。徳川家達が駿府70万石で移封となり上総鶴舞藩へ替地を賜った浜松藩。天保五年(1834年)、「水野忠邦」は老中となったことから一万石の加増を受けて浜松七万石の大名となります。 -
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興国寺藩/天野家1万石:天野康景 藩内の軽卒をかばったため本多正純により改易され廃藩
興国寺藩(天野家1万石、天野康景)。藩内の軽卒をかばったため本多正純により改易され廃藩。豊臣秀吉の小田原攻めのあと徳川家康が関東へ移されると、駿河十四万五千石は豊臣家の三中老の一人・中村一氏に与えられ、興国寺城には一氏の家臣・河毛宗左… -
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伊勢上野藩/分部家2万石:分部光信 近江大溝藩へ加増転封のため紀州藩領になり廃藩
伊勢上野藩(分部家2万石、分部光信)。近江大溝藩へ加増転封のため紀州藩領になり廃藩。分部氏は戦国時代、伊勢国中部を領していた「長野豊藤」の五男「分部祐成」から始まる一族です。分部光嘉の代に、尾張の織田信長が伊勢へ攻め込んできます。 -
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犬山藩(尾張藩附家老)/成瀬家3万5千石:成瀬正肥 幕末の明治維新で尾張藩より独立した成瀬氏の犬山藩
犬山藩(尾張藩附家老)(成瀬家3万5千石、成瀬正肥)。幕末の明治維新で尾張藩より独立した成瀬氏の犬山藩。元和三年(1617年)、「徳川義直」の附家老として「成瀬正成」が三万石で入封し、尾張藩を補佐する成瀬氏犬山藩が立藩されました。 -
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田丸藩/久野家1万石:久野純固 紀州藩付家老として幕末を無事に乗り切った田丸藩
田丸藩(久野家1万石、久野純固)。紀州藩付家老として幕末を無事に乗り切った田丸藩。田丸藩は伊勢国に存在した藩で藩庁は田丸城にありました。遠江久野城城主であった「久野宗成」は駿府藩主であった「徳川頼宣」に付属させられ、頼宣の紀州転封に際… -
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伊勢岩手藩/稲葉家4万5千700石:稲葉道通 関ヶ原の戦いの功により田丸藩へ加増転封となり廃藩
伊勢岩手藩(稲葉家4万5千700石、稲葉道通)。関ヶ原の戦いの功により田丸藩へ加増転封となり廃藩。「豊臣秀吉」の家臣で、斎藤道三や織田信長に仕えた西美濃三人衆の一人「稲葉良通(稲葉一鉄)」の孫で、一族の「牧村政倫」の養子となった「牧村… -
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雲出藩/蒔田家1万石:蒔田広定 関ヶ原の戦いでは西軍に与したがほどなく許され備中浅尾藩へ移封のため廃藩
雲出藩(蒔田家1万石、蒔田広定)。関ヶ原の戦いでは西軍に与したがほどなく許され備中浅尾藩へ移封のため廃藩。雲出城は「豊臣秀吉」の家臣の「蒔田広定」が一万石の大名としてこの地を治めていました。 -
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伊勢林藩/織田家1万石:織田信重 家督相続を巡り改易された藩祖織田信包の林藩
伊勢林藩(織田家1万石、織田信重)。家督相続を巡り改易された藩祖織田信包の林藩。「織田信包」の長男「織田信重」は、慶長五年(1600年)の「関ヶ原の戦い」で徳川家康率いる東軍に与したため、林一万石の所領を安堵され、林藩を立藩しました。 -
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伊勢西条藩(南林崎藩)/有馬家1万石:有馬氏恕 上総国五井に陣屋を移転し五井藩となった
伊勢西条藩(南林崎藩)(有馬家1万石、有馬氏恕)。上総国五井に陣屋を移転し五井藩となった。伊勢西条藩は、筑後久留米藩主家の分家であり、久留米藩初代藩主「有馬豊氏」の三男「有馬頼次」を藩祖とします。 -
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八田藩/加納家1万3千石:加納久儔 飛地である上総国一宮へ陣屋移転のため廃藩
八田藩(加納家1万3千石、加納久儔)。飛地である上総国一宮へ陣屋移転のため廃藩。三河国出身の「加納久直」が徳川家康に仕えて紀州藩に属するのが始まりです。久直の孫「加納久通」は紀州藩主「徳川吉宗」の将軍就任に従って江戸城に入り、延享二年… -
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久居藩(津藩支藩)/藤堂家5万8千700石:藤堂高邦 本藩に従い新政府軍に恭順した久居藩
久居藩(津藩支藩)(藤堂家5万8千700石、藤堂高邦)。本藩に従い新政府軍に恭順した久居藩。寛文九年(1669年)、津藩の第2代藩主「藤堂高次」が隠居して家督を子の「藤堂高久」に譲ったとき、次男の「藤堂高通」に五万石を分与して津藩の支… -
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菰野藩/土方家1万1千石:土方雄永 いち早く新政府に恭順し十三代二百七十年を保った菰野藩
菰野藩(土方家1万1千石、土方雄永)。いち早く新政府に恭順し十三代二百七十年を保った菰野藩。藩祖は「土方雄久」の長男「土方雄氏」です。雄氏は織田信雄、豊臣秀吉に仕えて伊勢菰野に一万石を領していたが、慶長4年(1599年)に徳川家康暗殺… -
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美濃脇坂藩/脇坂家1万石:脇坂安信 池田家の世継ぎ分与問題の不始末により改易の上で廃藩
美濃脇坂藩(脇坂家1万石、脇坂安信)。池田家の世継ぎ分与問題の不始末により改易の上で廃藩。「加藤清正」や「福島正則」と並ぶ賤ヶ岳の七本槍の一人として知られる「脇坂安治」の三男「脇坂安信」は「徳川家康」に仕えていました。 -
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美濃長谷川藩/長谷川家1万石:長谷川守知 子の正尚が弟の守勝に分与したため旗本となり廃藩
美濃長谷川藩(長谷川家1万石、長谷川守知)。子の正尚が弟の守勝に分与したため旗本となり廃藩。「長谷川宗仁」の子「長谷川守知」は織田信長、豊臣秀吉に仕えました。慶長五年(1600年)の「関ヶ原の戦い」では西軍に与して石田三成の居城である… -
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野村藩/戸田家1万3千石:戸田氏良 版籍奉還の年に大垣新田藩から野村藩に改名
野村藩(戸田家1万3千石、戸田氏良)。版籍奉還の年に大垣新田藩から野村藩に改名。慶長五年(1600年)の「関ヶ原の戦い」で、織田長孝(織田有楽斎長益の長男)は東軍に与して戦功を挙げたため、大野などに一万石を与えられて野村藩を立藩しました。 -
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曽根藩/西尾家2万石:西尾光教 美濃揖斐藩に加増転封のため廃藩
曽根藩(西尾家2万石、西尾光教)。美濃揖斐藩に加増転封のため廃藩。戦国時代、曽根城は斎藤道三、織田信長に仕えた西美濃三人衆の一人「稲葉良通(一鉄)」が治めていました。 -
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清水藩/稲葉家1万2千石:稲葉通重 京都祇園で乱行のため改易となり廃藩
清水藩(稲葉家1万2千石、稲葉通重)。京都祇園で乱行のため改易となり廃藩。「斎藤道三」や「織田信長」に仕えた西美濃三人衆の一人「稲葉良通(一鉄)」は、嫡男の「稲葉貞通」に家督を譲っていました。 -
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美濃高松藩<松ノ木藩>/徳永家3万石:徳永寿昌 関ヶ原の戦いの功績で美濃高須藩へ移封のため廃藩
美濃高松藩<松ノ木藩>(徳永家3万石、徳永寿昌)。関ヶ原の戦いの功績で美濃高須藩へ移封のため廃藩。美濃高松城にははじめ、吉村信実・吉村氏吉が入封していました。吉村親子は「織田信長」に仕えたが、信長没後はその次男である「織田信雄」に仕え…
