関東地方– category –
石高順にまとめた 関東の藩一覧(幕末) もあります。
関東地方の藩をまとめています。佐倉藩・古河藩・水戸藩などのほか、房総や常陸の1万石前後の小藩が多いのが特徴です。徳川家康の関東入りで生まれ、江戸時代の初めに消えた藩も数多く取り上げています。
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関東地方
水戸藩/徳川家35万石:徳川昭武 桜田門外の変や天狗党の乱で多くの有志を失い失速した水戸藩
水戸藩(徳川家35万石、徳川昭武)。桜田門外の変や天狗党の乱で多くの有志を失い失速した水戸藩。水戸城は戦国時代後期は「佐竹義宣」の領地だったが、関ヶ原の戦いの局地戦で旗幟不鮮明により、秋田(久保田藩)へ減封の上、転封となりました。 -
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大宮藩/堀田家2万石:堀田正虎 福島藩へ移封のため廃藩
大宮藩(堀田家2万石、堀田正虎)。福島藩へ移封のため廃藩。下総古河藩主で、将軍「徳川綱吉」擁立で貢献した大老「堀田正俊」が貞享元年(1684年)に暗殺されました。 -
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西方藩/藤田家1万5千石:藤田信吉 大坂夏の陣の失態にて改易
西方藩(藤田家1万5千石、藤田信吉)。大坂夏の陣の失態にて改易。藩祖は「藤田信吉」です。信吉は畠山重忠の子孫と言われ、北条家や「武田勝頼」の家臣として仕えました。 -
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吹上藩/有馬家1万石:有馬氏弘 天狗党の乱の鎮圧や戊辰戦争では新政府軍に与した吹上藩
吹上藩(有馬家1万石、有馬氏弘)。天狗党の乱の鎮圧や戊辰戦争では新政府軍に与した吹上藩。天保十三年(1842年)、五井藩主だった「有馬氏郁」が下野吹上に移封され「吹上藩」が立藩されました。 -
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小山藩/本多家5万3千石:本多正純 宇都宮藩へ加増転封のため廃藩
小山藩(本多家5万3千石、本多正純)。宇都宮藩へ加増転封のため廃藩。「本多正純」は徳川家康の謀臣であった「本多正信」の嫡子で、正純も父に劣らず知略に優れていました。 -
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皆川藩/米倉家1万5千石:米倉忠仰 武蔵六浦藩へ移封のため廃藩
皆川藩(米倉家1万5千石、米倉忠仰)。武蔵六浦藩へ移封のため廃藩。元禄十二年(1699年)、上野・武蔵・相模などに一万石を領していた若年寄の「米倉昌尹」が五千石加増の一万五千石で入封します。 -
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下野富田藩/北条家1万石:北条氏重 遠江久野藩に移封され廃藩
下野富田藩(北条家1万石、北条氏重)。遠江久野藩に移封され廃藩。慶長十八年(1613年)、「北条氏勝」の養嗣子「北条氏重」が下総岩富藩から一万石で下野富田に入封して富田藩が立藩しました。 -
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榎本藩/本多家2万8千石:本多犬千代 5歳にして夭折により改易廃藩
榎本藩(本多家2万8千石、本多犬千代)。5歳にして夭折により改易廃藩。寛永八年(1631年)十二月、「本多忠純」は46歳で死去し、跡を養嗣子の「本多政遂」が継ぎました。 -
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足利藩/戸田家1万1千石:戸田忠行 大政奉還後は新政府軍に恭順した足利藩
足利藩(戸田家1万1千石、戸田忠行)。大政奉還後は新政府軍に恭順した足利藩。宝永二年(1705年)一月、将軍世子である「徳川家宣」の御側役を務めていた「戸田忠時」が一万一千石を領することとなったため、大名に列して足利藩を立藩しました。 -
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下総山川藩/水野家3万5千石:水野忠善 駿河国田中藩に加増移封のため廃藩
下総山川藩(水野家3万5千石、水野忠善)。駿河国田中藩に加増移封のため廃藩。慶長九年(1604年)に「松平定勝」の三男「松平定綱」は山川に五千石を与えられます。 -
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下野上田藩/西郷家1万石:西郷寿員 勤務怠慢により減封され寄合となって廃藩
下野上田藩(西郷家1万石、西郷寿員)。勤務怠慢により減封され寄合となって廃藩。元禄五年(1692年)二月七日、「徳川綱吉」の寵臣であった安房東条藩主「西郷寿員」は、下野国都賀郡・河内郡・芳賀郡に所領を移されました。 -
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真岡藩/稲葉家4万石:稲葉正勝 小田原へ移封のため廃藩
真岡藩(稲葉家4万石、稲葉正勝)。小田原へ移封のため廃藩。寛永四年(1627年)、「堀親良」が下野烏山藩に加増移封された後、「稲葉正成」が二万石で入封しました。 -
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茂木藩/細川家1万6千2百石:細川興貫 谷田部藩の移封により立藩された茂木藩
茂木藩(細川家1万6千2百石、細川興貫)。谷田部藩の移封により立藩された茂木藩。この藩を開いたのは、細川藤孝(幽斎)の次男で、熊本藩の祖・細川忠興の弟にあたる細川興元です。 -
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鹿沼藩/内田家1万5千石:内田正親 下総国小見川藩へ移封のため廃藩
鹿沼藩(内田家1万5千石、内田正親)。下総国小見川藩へ移封のため廃藩。正保四年(1647年)、小姓組番頭であった「朽木稙綱」は、鹿沼において五千石を加増され、二万五千石の大名として鹿沼藩を立藩しました。 -
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板橋藩/大給松平家1万石:松平成重 三河西尾藩へ移封のため廃藩
板橋藩(大給松平家1万石、松平成重)。三河西尾藩へ移封のため廃藩。慶長五年(1600年)の「関ヶ原の戦い」の前哨戦「伏見城攻防戦」で「松平近正」は戦死しました。 -
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高徳藩/戸田家1万石:戸田忠綱 幕末の宇都宮城攻防戦では新政府軍側で参戦した高徳藩
高徳藩(戸田家1万石、戸田忠綱)。幕末の宇都宮城攻防戦では新政府軍側で参戦した高徳藩。慶応二年(1866年)三月、「戸田忠至」は「天狗党の乱」で改易の危機に立たされた宇都宮藩を救い、山陵奉行として功績を挙げたことから、本家である宇都宮… -
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高徳藩/戸田家1万石:戸田忠綱 旧幕府軍と新政府軍の戦場にもなった高徳藩
高徳藩(戸田家1万石、戸田忠綱)。旧幕府軍と新政府軍の戦場にもなった高徳藩。慶応二年(1866年)三月、戸田忠至は本家の宇都宮藩戸田家から一万石を分けてもらい、大名に取り立てられて高徳藩を開きました。 -
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那須藩/那須家1万2千石:那須資祗 烏山藩へ移封のため廃藩
那須藩(那須家1万2千石、那須資祗)。烏山藩へ移封のため廃藩。慶安元年(1648年)、無嗣断絶とされた信濃国小諸藩主「松平憲良」の弟「松平康尚」が名跡の継承を許されて那須城へ一万石で入封し、那須藩が再立藩されました。 -
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佐野藩/堀田家1万6千石:堀田正頌 幕末時には新政府軍に武器を献上し恭順した佐野藩
佐野藩(堀田家1万6千石、堀田正頌)。幕末時には新政府軍に武器を献上し恭順した佐野藩。唐沢山城を統治していた「佐野房綱」は豊臣秀吉に仕えていたが、ほどなく死去し、その跡を養子の「佐野信吉」が継ぎました。 -
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壬生藩/鳥居家3万石:鳥居忠宝 土壇場で新政府軍に恭順した壬生藩
壬生藩(鳥居家3万石、鳥居忠宝)。土壇場で新政府軍に恭順した壬生藩。幕末期、壬生藩では尊皇攘夷をめぐっての争いが絶えず、文久二年(1862年)には勤王派が主導権を握って保守派の江戸家老「鳥居志摩」が失脚の上、自刃させられました。 -
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宇都宮藩/戸田家7万7千石:戸田忠友 戊辰戦争では旧幕府軍と新政府軍との間で激戦となった宇都宮城
宇都宮藩(戸田家7万7千石、戸田忠友)。戊辰戦争では旧幕府軍と新政府軍との間で激戦となった宇都宮城。元治元年(1864年)、常陸国筑波山にて「天狗党の乱」が起こり天狗党の一軍が宇都宮城にやって来ました。
