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川成島藩/本郷家1万石:本郷泰固 幕末に若年寄職を罷免と同時に改易された川成島藩
【藩名】 川成島藩 【説明】 川成島は代々、大身旗本である本郷氏が支配していました。本郷氏は若狭大飯郡の出身で室町幕府の奉公衆でした。戦国時代には織田信長や徳川家康に仕えていたといわれています。江戸時代末期の安政4年(1857年)、「本郷泰固」... -
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田中藩/本多家4万石:本多正訥 徳川家達の駿河入封のため安房長尾藩へ移封となり廃藩
【藩名】 田中藩 【説明】 享保15年(1730年)7月11日に田中藩主「土岐頼稔」が大坂城代として転出しました。土岐家の転出直後の7月28日、上野沼田藩から「本多正矩」が4万石で入封します。 本多氏は歴代藩主の相次ぐ幕閣入りで出費が激しく、藩財政は早く... -
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小島藩/松平家1万石:松平信敏 徳川宗家の家名存続と駿府移封に伴い上総国金ヶ崎藩へ転封となり廃藩
【藩名】 小島藩 【説明】 元禄2年(1689年)5月、「松平信孝」が4000石を加増を受けて1万石の大名となり小島藩を立藩しました。幕末最後の藩主「松平信敏」は慶応3年(1867年)に新政府側に与します。明治維新後の徳川宗家「徳川家達」の駿府府中移封に伴... -
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松長藩/大久保家1万3千石:大久保教翅 荻野山中藩へ陣屋を移したため廃藩
【藩名】 松長藩 【説明】 小田原藩主「大久保忠朝」の次男の「大久保教寛」が元禄11年(1698年)に相模愛甲郡・足柄上郡・高座郡に6000石の分与を受けました。さらに、宝永3年(1706年)10月に若年寄に就任したことで、駿河駿東郡・富士郡、伊豆国君沢郡・... -
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信濃中村藩/岩城家2万石:岩城吉隆 出羽亀田藩に加増転封のため廃藩
【藩名】 信濃中村藩 【説明】 慶長19年(1614年)の「大坂の陣」で、「岩城貞隆」は本多正信の軍に属して功績を挙げたことから、元和2年(1616年)7月、「松平忠輝」が改易された後、その旧領のうちから1万石を与えられて信濃中村藩を立藩しました。 元和... -
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近藤藩/近藤家1万石:近藤重直 近藤政成が死去し重直が跡を継ぐが幼少のため減封の上廃藩
【藩名】 近藤藩 【説明】 慶長15年(1610年)、「近藤政成」が信濃高井郡5千石、美濃国4郡において5千石の合わせて1万石を領したことから近藤藩が成立しました。政成は「織田信長」に寵愛されたことで有名な「堀秀政」の四男で「堀秀治」の弟に当たるが、... -
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高井野藩/福島家4万5千石:福島正利 福島正則の末子正利が死去し無嗣断絶となった福島家
【藩名】 高井野藩 【説明】 元和5年(1619年)、「福島正則」は広島城の無断修築を「武家諸法度」違反として罰せられ、信濃国高井郡2万石と越後国魚沼郡2万5千石の合わせて4万5千石へと減封の上移封となりました。このとき正則は家督を嫡男の「福島忠勝」... -
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奥仁科藩(松本藩支藩)/石川家1万5千石:石川康勝 大久保長安事件に連座して改易された松本藩と奥仁科藩
【藩名】 奥仁科藩(松本藩支藩) 【説明】 「石川数正」の死後、家督は長男「石川康長」が継いだが、康長は所領のうち1万5千石を弟の「石川康勝」に、5千石を「石川康次」にそれぞれ分与しました。康勝はこの分与により奥仁科藩を立藩しました。 慶長5年... -
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高井藩(尾張藩支藩)/松平家3万石:松平義行 領地換えにより高須藩が立藩されて廃藩
【藩名】 高井藩(尾張藩支藩) 【説明】 尾張徳川家の第2代当主徳川光友の次男「松平義行」は、天和元年(1681年)8月13日に信濃国伊那郡・高井郡・水内郡内において父より3万石を分与され、高井藩を立藩しました。義行は尾張藩の江戸藩邸に住んでおり、... -
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長沼藩/佐久間家1万8千石:佐久間盛遠 仮病で出仕しなかった罪で改易された長沼藩
【藩名】 長沼藩 【説明】 元和元年(1615年)、「大坂の陣」の戦功により「佐久間勝之」が1万8千石で入封します。 寛永11年(1634年)に勝之は死去し、その跡を次男の「佐久間勝友」が継ぎました。このとき、勝友は長兄勝年の子「佐久間勝盛」に5千石を分... -
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坂木藩/板倉家3万石:板倉重寛 陸奥福島藩へ移封のため廃藩
【藩名】 坂木藩 【説明】 天和2年(1682年)2月、「板倉重種」が蟄居することで坂木藩が成立しました。重種は武蔵岩槻藩6万石の藩主で老中を務めていたが、天和元年(1681年)に罷免されて蟄居を命じられました。蟄居の翌年、重種は幕府に所領返還を申し... -
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埴科藩(松代藩支藩)/真田家1万7千石:真田信重 嗣子がないことで松代藩に吸収され廃藩
【藩名】 埴科藩(松代藩支藩) 【説明】 松代藩主「真田信之」の次男の「真田信政」が、慶長17年(1622)年に1万7千石を分与さ埴科藩が立藩しました。寛永16年(1639年)6月、信政が上野国沼田藩へ移封されると、信政の所領は弟の「真田信重」が継ぎまし... -
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諏訪藩(高島藩)/諏訪家3万石:諏訪忠礼 天狗党の乱鎮圧や北越戦争・会津戦争に参戦した諏訪藩
【藩名】 諏訪藩(高島藩) 【説明】 日根野弘就の子・高吉が諏訪氏の移った同年に入封します。そして高吉の子・吉明が家督を継いだが、慶長6年(1601年)、「日根野弘就」の孫「日根野吉明」が下野壬生藩に移封となり、「諏訪頼忠」の子「諏訪頼水」が旧... -
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岩村田藩/内藤家1万5千石:内藤正誠 新政府軍に与して宇都宮城の戦いや北越戦争に参戦した岩村田藩
【藩名】 岩村田藩 【説明】 元禄16年(1703年)8月、「内藤正友」が武蔵国赤沼藩から移封して岩村田藩が立藩されました。第6代藩主「内藤正縄」は老中「水野忠邦」の実弟であったため、伏見奉行となりその功績により城主格に昇進しました。 最後の藩主「... -
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松代藩(川中島藩)/真田家10万石:真田幸民 早くから倒幕藩として北越戦争・奥羽戦争に参加した松代藩
【藩名】 松代藩(川中島藩) 【説明】 元和8年(1622年)に信州上田藩より「真田信之」が13万石で入封しました。明暦4年(1658年)に3代「真田幸道」の相続時に沼田領3万石を分与し、以後10万石として幕末までこの松代をは真田家が統治しました。 幕末期... -
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須坂藩/堀家1万石:堀直明 戊辰戦争直前に新政府軍へ方針転換し北関東の戦いや北越、会津戦争に出兵した須坂藩
【藩名】 須坂藩 【説明】 幕末の藩主・第13代「堀直虎」は家老ら41人を粛清し藩政を大きく改革し、洋式軍制を導入します。幕政にあっては、維新の中にあり大番頭等を経て若年寄兼外国総奉行に任じられました。慶応4年(1868年)1月、「徳川慶喜」に自分の... -
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高浜藩
【藩名】 高浜藩 【説明】 若狭国に置かれた藩は、江戸時代を通じて小浜藩ただ一つです。「高浜藩」という藩は存在しません。ここは高浜城の城下であり、幕末には小浜藩の領地だった土地です。 若狭武田氏の被官が築いた海城 高浜城を築いたのは、若狭武田... -
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小浜藩/酒井家10万3千石:酒井忠義 鳥羽・伏見の戦いの敗戦以降新政府軍に恭順した小浜藩
【藩名】 小浜藩 【説明】 幕末期、最後の小浜藩主となった「酒井忠義」は京都所司代として活躍しました。井伊直弼に協力して「安政の大獄」を積極的に推し進め、和宮降嫁や公武合体、武田耕雲斎(藤田小四郎)率いる「天狗党の乱」鎮圧などで活躍しました... -
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葛野藩/松平家4万石:松平頼方 頼方(徳川吉宗)が紀州本家の跡を継いだため廃藩
【藩名】 葛野藩 【説明】宇 元禄10年(1697年)3月、紀州藩2代藩主「徳川光貞」の四男「松平頼方(後の8代将軍徳川吉宗)」は5代将軍「徳川綱吉」に江戸城内にて御目見し、綱吉から越前国丹生郡3万石を与えられ大名に取り立てられ諸侯に列しました。そし... -
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木本藩/松平家2万5千石:松平直良 越前勝山藩へ加増転封となったため廃藩
【藩名】 木本藩 【説明】 元和9年(1623年)に越前福井藩主「松平忠直(結城秀康の子)」が改易された翌年、その弟である「松平忠昌」が福井藩主となります。このとき、忠直の弟たちに所領が分与されて「勝山藩」「大野藩」「丸岡藩」が成立しました。木... -
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越前松岡藩/松平家5万石:松平昌勝 昌勝が福井本家を継いだため廃藩
【藩名】 越前松岡藩 【説明】 正保2年(1645年)、福井藩主「松平忠昌(結城秀康の子)」が死去し、跡を次男の「松平光通」が継ぎました。このとき、光通は弟の「松平昌親」に吉江藩2万5000石を分与し、兄である「松平昌勝」に松岡藩5万石を分与しました...
