桂小五郎 宛(42通目) 坂本龍馬の手紙 原書と現代文翻訳

桂小五郎 宛

原文
五大才には火薬千金ばかり云々頼みおき候。一、小松、西郷などは国に居りもうし候。大坂のほうは大久保、岩下がうけ持ちなりとて、彼れ両人の周旋のよしなり。一、人数は七八百上りたりと聞こゆ。一、幕の翔鶴丸艦は長州より帰り、また先日出帆いたし、道中にて船をすにのりかけて、今長崎へ帰りたり。一、幕は夷艦を買入れ致すことを大いに周旋、今また、二艘ばかり取入れになるよふす。一、幕船たいてい水夫ども何故にや、将の命令を用ひず。先日も翔鶴丸は水夫頭およびその外十八人一同に逃げだし行方知れず。一、私どもの水夫一人─随分気強き者なり─幕船へのりたれば─夫もまだたしかには知れず─、もし関のほうへ行くよふなる事なれば、平生の幕船とはちがい候かもしれず、お心得然るべきかな、この為申上げる。七月廿七日坂本龍馬木圭先生 左右
現代文
五代才助(薩摩藩士)には火薬千金ばかり頼みました。一つ、小松、西郷などは国におります。一つ、幕府の翔鶴丸は長州から帰るため先日出港しました。その途中で座礁し今は長崎へ戻ってます。一つ、幕府の軍艦ではたいていの水夫どもはあまり将の命令をきかない。先日も翔鶴丸は水夫頭およびその他18人逃げ出して行方不明です。一つ、私たちの水夫は一人一人気持ちも強い者ばかりです。ですが幕府の船に乗っているかどうかはわかりません。もし私たちの水夫が幕府の船に乗り込み、下関のほうへ行くようなら通常の幕府の船とは違うかもしれません。この旨お伝えしておきます。7月27日坂本龍馬木戸先生

出典:原文は宮地佐一郎編『龍馬の手紙』(講談社学術文庫)によります。現代文は、運営者がこの原文をもとに独自に訳したもので、解説も運営者が書いています。

目次

この手紙について

長州の木戸孝允(桂小五郎)へ宛てた情勢報告です。薩摩の五代才助に火薬を頼んだこと、小松・西郷が国元にいること、幕府の軍艦・翔鶴丸が長州からの帰途に座礁したこと、幕府方の水夫は将の命令に従わず十八人も逃げたのに対し、こちらの気の強い水夫が一人、幕府の船に乗り込んだらしいことなど、海軍の実情を具体的に伝えています。戦時の生々しい現場が刻まれた一通です。

宛先「木戸孝允」とはどんな人物か

木戸孝允
木戸孝允(桂小五郎)(パブリックドメイン/Wikimedia Commons)

長州藩の指導者・桂小五郎です。龍馬は信頼するこの盟友に、海軍や兵器の細かな内情まで包み隠さず報告しており、二人の連携の深さがうかがえます。

この手紙が書かれたころ

第二次長州征伐で、長州の海軍を支えて戦っていたころの龍馬です。兵器の調達から水夫の統率まで、海の実務を一身に担い、幕府海軍と互角以上に渡り合っていました。幕府の長州再征は、士気の低い幕府軍と、結束の固い長州軍との対照を露呈しました。旧来の幕府の力の衰えと、新しい勢力の台頭とが、はっきりと形になっていきます。土佐藩が沈黙するなか、龍馬は長州の海軍を実質的に支える存在となっていました。海に生きる人材を束ねるその力は、のちの海援隊へと受け継がれていきます。

小倉口で赤坂の戦いがあった日の情勢報告

手紙の日付は「七月廿七日」で、宮地佐一郎編『龍馬の手紙』は慶応二年と比定し、所蔵を宮内庁の木戸家文書としています。北九州市の解説によれば、同じ年の七月二十七日、小倉口では赤坂(現在の小倉北区)で戦いがあり、八月一日には小倉藩が自ら小倉城に火を放って香春方面へ退いています。宮地の比定に従えば、四境戦争の九州側が山場を迎えていた、まさにその日の手紙となります。

同じ月の四日付で、やはり木戸家文書に残る木戸あての手紙では、龍馬は下関がまた戦になると聞いて夜通し道を急ぎ、四日の朝に関へ着いたと書いています。二十七日のこの手紙には、大坂の方は大久保と岩下が受け持っていること、人数が七、八百上ったと聞くこと、幕府が外国の艦船をさらに二艘ほど買い入れる様子であることも書かれており、木戸へ届けた知らせの幅広さが表れています。

同じころの小倉口—赤坂の激戦

小倉口では 慶応二年(1866)七月二十七日、小倉口では、長州軍が小倉城に迫る途中の赤坂・鳥越のあたりで、小倉藩と熊本藩の兵との激しい戦いが起きました。とくに熊本藩の兵は新式の大砲で長州軍を苦しめ、長州側にも多くの死傷者が出ています。この戦いのあと熊本藩は兵を引き上げ、小倉藩は孤立していきました。

大坂では その一週間前の七月二十日には、将軍家茂が大坂城で病のため亡くなっていました。二十一歳でした。将軍の死はしばらく伏せられ、各地の幕府軍は総大将を失ったまま戦い続けることになります。

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