祥瑞丸【宇和島藩 スクリュー汽船 幕末軍艦】

祥瑞丸
藩名 宇和島藩
藩主 伊達宗城
船種 バーク船
機関 蒸気内車
備砲 0門
材質 鉄製
馬力 25馬力
写真 絵図

原名「エリシールラス」・長14間・幅3間・67トンです。
蒸気内車の鉄製でイギリスにて建造されたものを宇和島藩が購入しました。

目次

所属した宇和島藩と幕末の動き

この蒸気船・祥瑞丸を運用したのは、伊予の宇和島藩(伊達家)です。宇和島藩は、幕末に自力で蒸気船を建造したことで知られる進取の藩でした。

その原動力が、四賢侯の一人に数えられる名君・伊達宗城です。宗城は、幕府に追われた蘭学者・高野長英をかくまい、のちに長州の村田蔵六(大村益次郎)を招いて、提灯職人あがりの前原巧山らとともに国産蒸気船を完成させました。小藩ながら西洋の技術に果敢に挑んだ宇和島の姿勢が、祥瑞丸のような船に結実しています。

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船種の書き方が食い違っています

このページは表で船種をバーク船としながら、題ではスクリュー汽船としています。本文は蒸気内車の鉄製と書いていますので、帆装を持つ汽船であれば両方とも間違いではありません。ただしどちらが正しいかを決められる外部の資料は見つかりませんでした。原名はエリシールラス、長十四間・幅三間で六十七トン、二十五馬力。イギリスで造られたものを宇和島藩が買った、というところまでが当ページの記述で、それ以上のことは確かめられませんでした。

六十七トンという小ささ

六十七トンは、幕末の藩の船としてもかなり小さい部類です。同じ宇和島藩の開産丸が百三十一トン、天保祿丸が二百四十三トンですから、その半分以下ということになります。宇和島藩は十万石で、大きな船を何隻も持てる立場ではありません。提灯職人の前原巧山が造った国産の蒸気船も、小型で機関も弱い船だったと記録されています。買う船も造る船も小さかった藩ですが、日本人の手で蒸気船を動かしたのは薩摩に次いで二番目でした。

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