近畿地方– category –
石高順にまとめた 近畿の藩一覧(幕末) もあります。
近畿地方(京都・大阪・兵庫・奈良・滋賀・和歌山)の藩をまとめています。鳥羽・伏見の戦いの舞台となった淀藩、彦根藩、天誅組の乱を鎮めた高取藩、播磨・丹波の小藩など、幕末の政局の中心に近かった藩を取り上げています。
-
近畿地方
三草藩/丹羽家1万石:丹羽氏中 新政府の要請に応じて上洛し戊辰戦争では軍資金を献上した三草藩
三草藩(丹羽家1万石、丹羽氏中)。新政府の要請に応じて上洛し戊辰戦争では軍資金を献上した三草藩。越後国高柳藩主「丹羽薫氏」は元文四年(1739年)大坂定番を任じられ、河内国・播磨国・美作国に所領を移されました。 -
近畿地方
林田藩/建部家1万石:建部政世 いち早く新政府に従い姫路藩征伐に参戦した林田藩
林田藩(建部家1万石、建部政世)。いち早く新政府に従い姫路藩征伐に参戦した林田藩。林田藩は豊臣秀吉の家臣で尼崎郡代七百石であった「建部光重」の子「政長」が藩祖です。 -
近畿地方
三日月藩/森家1万5千石:森俊滋 戊辰戦争では新政府軍として東北遠征にまで参戦した三日月藩
三日月藩(森家1万5千石、森俊滋)。戊辰戦争では新政府軍として東北遠征にまで参戦した三日月藩。元禄十年(1697年)、宗家の美作国津山藩「森家」の改易にともない、津山新田藩主「森長俊」が同じ石高の一万五千石を与えられ三日月藩を立藩しました。 -
近畿地方
安志藩/小笠原家1万石:小笠原貞孚 新政府の要請に応じて重臣を上洛させ恭順した安志藩
安志藩(小笠原家1万石、小笠原貞孚)。新政府の要請に応じて重臣を上洛させ恭順した安志藩。享保元年(1716年)中津藩第5代藩主「小笠原長邕」が5歳で夭逝したが、弟の長興が安志に一万石で立藩を認められました。 -
近畿地方
山崎藩/本多家1万石:本多忠鄰 第一次長州征伐では大きな戦果をあげた山崎藩
山崎藩(本多家1万石、本多忠鄰)。第一次長州征伐では大きな戦果をあげた山崎藩。寛永十七年(1640年)和泉国岸和田藩より「松平康映」が五万石で入封するが、慶安二年(1649年)に石見国浜田藩へ転封となり、その後はいったん天領となりました。 -
近畿地方
峰山藩/京極家1万3千石:京極高陳 戊辰戦争ではいち早く新政府に恭順して許された峰山藩
峰山藩(京極家1万3千石、京極高陳)。戊辰戦争ではいち早く新政府に恭順して許された峰山藩。初代藩主「京極高通」は朽木宣綱の次男として生まれたが、母方の叔父である「京極高知」の婿養子となりました。 -
近畿地方
園部藩/小出家2万4千石:小出英尚 藩主不在の中西園寺公望指揮する山陰道鎮撫軍に従った園部藩
園部藩(小出家2万4千石、小出英尚)。藩主不在の中西園寺公望指揮する山陰道鎮撫軍に従った園部藩。園部藩は、元和五年(1619年)十二月、但馬国出石藩主であった「小出吉親」が新たに入封してきたことにより立藩されました。 -
近畿地方
丹波柏原藩/織田家2万石:織田信親 藩主自ら尊皇攘夷の考えから鳥羽・伏見の戦いで新政府軍に属した柏原藩
丹波柏原藩(織田家2万石、織田信親)。藩主自ら尊皇攘夷の考えから鳥羽・伏見の戦いで新政府軍に属した柏原藩。織田信長の弟「織田信包」は慶長三年(1598年)六月、伊勢国安濃津から柏原三万六千石に移封されました。これが柏原藩の立藩です。 -
近畿地方
山家藩/谷家1万石:谷衛滋 新政府の要請に応じ上洛し西園寺公望率いる山陰道鎮撫軍に従った山家藩
山家藩(谷家1万石、谷衛滋)。新政府の要請に応じ上洛し西園寺公望引きいる山陰道鎮撫軍に従った山家藩。藩祖「谷衛友」は織田信長・豊臣秀吉に仕えて丹波国山家にて一万六千石を拝領しました。 -
近畿地方
綾部藩/九鬼家1万9千500石:九鬼隆備 早くから西園寺公望を通じて新政府軍に恭順した綾部藩
綾部藩(九鬼家1万9千500石、九鬼隆備)。早くから西園寺公望を通じて新政府軍に恭順した綾部藩。【説明】」綾部藩の藩祖は戦国時代に織田信長に仕えて名を馳せた水軍の将「九鬼嘉隆」の孫「九鬼隆季」です。 -
近畿地方
味舌藩/織田家1万石:織田長好 織田有楽斎の孫で嗣子がなく廃藩
味舌藩(織田家1万石、織田長好)。織田有楽斎の孫で嗣子がなく廃藩。織田信長の弟長益(有楽斎)は、信長の次男「信雄」が改易された後、大坂城で「豊臣秀吉」の御伽衆として仕え、摂津国島下郡に二千石を知行していました。 -
近畿地方
中島藩/稲葉家4万5千700石:稲葉紀通 丹波福知山藩へ移封のため廃藩
中島藩(稲葉家4万5千700石、稲葉紀通)。丹波福知山藩へ移封のため廃藩。元和二年とも同3年とも言われているが、伊勢田丸藩四万五千七百石より移封された稲葉紀通が中島に入ることで、中島藩が立藩しました。 -
近畿地方
茨木藩/片桐家2万8千石:片桐且元 大坂の陣後に且元の急死で天領となった茨木藩
茨木藩(片桐家2万8千石、片桐且元)。大坂の陣後に且元の急死で天領となった茨木藩。戦国時代、茨木の地には「織田信長」の家臣であった「中川清秀」が入っていたことで有名です。 -
近畿地方
大坂藩/松平家10万石:松平忠明 大和郡山藩へ移封のため廃藩
大坂藩(松平家10万石、松平忠明)。大和郡山藩へ移封のため廃藩。大坂城は天正十一年(1583年)に豊臣秀吉によって築城されて以来、秀吉による天下統一、その後のいわゆる「豊臣政権」の中心として機能してきたが、慶長五年(1600年)の関ヶ… -
近畿地方
尼崎藩/松平家4万5千石:松平忠興 戊辰戦争ではいち早く新政府軍に従った尼崎藩
尼崎藩(松平家4万5千石、松平忠興)。戊辰戦争ではいち早く新政府軍に従った尼崎藩。青山氏4代「青山幸秀」は、正徳元年(1711年)に信濃国飯山藩へ転封となり、代わって「松平忠喬」が遠江国掛川藩から入封し、青山氏の体制を引き継ぎました。 -
近畿地方
麻田藩/青木家1万石:青木重義 いち早く上洛し新政府支持を表明した麻田藩
麻田藩(青木家1万石、青木重義)。いち早く上洛し新政府支持を表明した麻田藩。元和元年(1615年)摂津豊島郡川辺郡の一部一万二千石で「青木一重」を藩主として成立しました。 -
近畿地方
三田藩/九鬼家3万6千石:九鬼隆義 軍備洋式化を行い鳥羽伏見の戦い直後から新政府軍に加わった三田藩
三田藩(九鬼家3万6千石、九鬼隆義)。軍備洋式化を行い鳥羽伏見の戦い直後から新政府軍に加わった三田藩。九鬼氏は藤原北家熊野別当の末裔で紀伊国牟婁郡(三重県尾鷲市)で起こり、志摩国鳥羽藩(三重県鳥羽市)を拠点に九鬼水軍を統率し秀吉の九州… -
近畿地方
西代藩/本多家1万石:本多忠統 伊勢国神戸藩に転封となり廃藩
西代藩(本多家1万石、本多忠統)。伊勢国神戸藩に転封となり廃藩。延宝七年(1679年)、近江国膳所藩第2代藩主「本多康将」の次男「本多忠恒」は、河内国錦部郡・近江国高島郡・甲賀郡において一万石を分与され、西代藩が立藩しました。 -
近畿地方
丹南藩/高木家1万石:高木正坦 新政府の上京要請に応じて上洛し新政府軍に従った丹南藩
丹南藩(高木家1万石、高木正坦)。新政府の上京要請に応じて上洛し新政府軍に従った丹南藩。藩祖の「高木正次」は、相模国・武蔵国・上総国・下総国及び近江国に九千石を領する徳川家の旗本でした。 -
近畿地方
吉見藩/遠藤家1万2千石:遠藤胤城 明治維新直後に陣屋を移転し立藩された吉見藩
吉見藩(遠藤家1万4千500石、遠藤胤城)。明治維新直後に陣屋を移転し立藩された吉見藩。明治三年(1870年)、近江三上藩知事であった遠藤胤城が陣屋を三上から日根郡吉見村に移したことで吉見藩が立藩されました。石高は一万四千五百石でした。 -
近畿地方
谷川藩/桑山家1万石:桑山清晴 幕府の勘気を受けて廃藩 所領は本藩の御所藩が吸収
谷川藩(桑山家1万石、桑山清晴)。幕府の勘気を受けて廃藩 所領は本藩の御所藩が吸収。慶長元年(1596年)、和歌山城代であった「桑山重晴」がそれまで治めていた四万石の所領のうち、二万石を嫡孫の「桑山一晴」に譲り、一万石を次男の「桑山元…
