【現地取材】勝山城跡と勝山藩陣屋を訪ねる——里見水軍の海城と酒井家の記憶

房総半島の南部、東京湾に面した安房(あわ)の地に、戦国の海の武士たちが築いた城があります。勝山城(かつやまじょう)——里見水軍の海城として名をはせ、江戸時代には酒井家一万二千石の陣屋町として栄えた場所です。海を望むこの城跡を実際に訪ね、案内板の記録とともにその歴史をたどってきました。

目次

里見水軍の海城・勝山城

勝山城の起こりは戦国時代にさかのぼります。安房を本拠に房総で勢力を張った里見(さとみ)氏は、強力な水軍を擁したことで知られます。その水軍の拠点の一つがこの勝山城でした。海に突き出た地形を生かし、船で人と物と兵を動かす——陸の城とはひと味違う「海の城」だったのです。房総の海を舞台にした戦国の攻防が、この城には刻まれています。

勝山藩の成り立ち——酒井家一万二千石

江戸時代に入り、勝山は一つの藩の中心となります。現地の案内板によれば、勝山藩の成り立ちは寛文八年(1668年)。若狭国(福井県)小浜藩主・酒井忠直が、甥の忠国に一万石を分け与えて大名に取り立て、勝山藩が小浜藩酒井家の支藩として誕生しました。

勝山藩は酒井氏一万二千石の小藩でしたが、徳川譜代の家柄として、安房国の鋸南町勝山を中心に、南房総市の旧富山町・旧富浦町などにまたがる領地を治めました。越前国敦賀郡や上野国群馬郡に飛び地を持ち、そこに代官所を置いていたといいます。そして明治維新まで、実に九代・約二百年にわたってこの地を治め続けました。案内板には「近世における安房地方の大名としては、最も長い期間」と記されています。小さな藩ながら、腰を据えて安房の地に根を張った一族だったのです。

勝山藩陣屋跡の案内板。酒井家による藩の成り立ちと陣屋の構造が記されている
「勝山藩陣屋跡」の案内板。酒井家一万二千石の成り立ちから、堀と土塁に囲まれた陣屋の姿までが詳しく記されている。

勝山藩陣屋の姿

案内板によれば、勝山藩の陣屋は現在の勝山港通りの南側一帯にありました。山を背にして、東・西・北の三方を幅四間ほどの堀と土塁で囲み、中央に陣屋屋敷を構えていたといいます。堀を含めた敷地は約四千五百坪。陣屋を囲むように城町・城前・内宿といった町が形づくられていました。天守を持つ大きな城ではありませんが、藩の政治の中心として、確かに人々の暮らしがここにあったことが伝わってきます。

幕末の勝山と義士の碑

この海辺の小藩にも、幕末の動乱は及びました。城跡には「勝山藩義士の碑」が建てられており、幕末の戊辰戦争の際に、勝山の地を戦火から救うために犠牲となった藩士たちを悼んでいます。大きな藩の華々しい戦いの陰で、こうした小藩の人々もまた、それぞれの立場で時代の荒波に向き合っていた——碑の存在が、そのことを静かに物語っています。

【現地取材・追記】勝山藩義士の碑が語る戊辰の悲劇

勝山城跡のふもとに、幕末の戊辰戦争にまつわる「勝山藩義士の碑」が建っています。現地の案内板は、その悲劇をこう伝えています。慶応四年(一八六八年)、上総請西藩主・林忠崇と連携した旧幕府方の遊撃隊が「義軍」と称して挙兵し、内房の諸藩に協力を求めて南下、勝山藩にも迫りました。抵抗すれば勝山の町を戦火に巻き込むと迫られた藩は、苦慮のすえ三十一名を「半ば公認・半ば脱藩」の形で義軍に参加させ、箱根で官軍の大軍と激突します。しかし多勢に無勢、勝山藩士は戦死十五名・戦傷十名・行方不明二名とほぼ全滅という壊滅的な打撃を受けました。生き残った者はどうにか帰藩しましたが、官軍は義軍に加担した内房諸藩の責任を追及し、藩士代表二名も切腹を命じられます(この二名の墓は、対岸の富津市佐貫の三宝寺にあります)。この碑は、わが身を犠牲にして勝山の町を戦火から救った彼らの「義」を讃えるために建てられたものです。酒井家一万二千石という小さな支藩が背負った、あまりに重い戊辰の記憶がここに刻まれています。

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現地を歩いて感じたこと

勝山の城跡に立つと、何よりもまず海の近さに気づかされます。里見水軍が船を操ったであろう湾を望みながら、酒井家二百年の陣屋町を思う。戦国の海城から、譜代大名の陣屋、そして幕末の義士の碑まで——一つの土地に、これほど多様な時代の記憶が重なっていることに驚かされます。派手さはなくとも、歩けば歩くほど味わいの深まる城跡でした。

アクセス(所在地)

勝山城跡・勝山藩陣屋跡は、千葉県安房郡鋸南町(きょなんまち)勝山にあります。最寄りはJR内房線の安房勝山駅。海沿いののどかな町並みのなかに、城跡や陣屋跡、案内板が点在しています。

まとめ

勝山城は、戦国の里見水軍の海城として始まり、江戸時代には酒井家一万二千石・勝山藩の陣屋町として明治維新まで約二百年続いた、安房を代表する城跡でした。幕末の戊辰戦争にまつわる義士の碑も残り、時代の重なりを今に伝えています。安房の小藩の歩みを知りたい方に、ぜひ訪ねてほしい場所です。各藩の歴史は全藩情報もあわせてご覧ください。

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