石川伊乃助【新選組隊士 平隊士 幕末】

石川伊乃助
職名 平隊士
出身 不明
終焉場所 不明
終焉方法 不明

詳細は不明です。

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この隊士については、名前しか伝わりません

石川伊乃助について分かるのは名前だけで、出身も、いつ入っていつ隊を離れたかも、そのあとどうなったのかも伝わっていません。平隊士として名簿に載るのみです。

平隊士はどれくらいいたのか

新選組の指揮の系統は、局長、副長、副長助勤(のちの組長)、伍長、平隊士という順でした。元治元年十一月の池田屋事件のあとに小隊の仕組みが入って八組の編成となり、慶応元年三月には十組になります。各組の頭の下に伍長が二人ずつ置かれ、このときの平隊士はおよそ百名とされます。つまり隊の大半は平隊士で、そのほとんどが石川伊乃助のように、名簿の一行として残るだけの存在でした。

屯所の暮らし

その百名ほどが暮らしたのが、慶応元年三月からの西本願寺の北集会所です。それまでの壬生の民家では人数が収まらなくなったための引っ越しでした。寺の側にとっては境内で武術の稽古をされ、大砲を撃たれるのは迷惑な話で、のちに不動堂村へ移ってもらうための費用を寺が出したとも伝わります。名前しか残らない隊士たちも、その屯所で日々の稽古と巡察に明け暮れていたはずです。

壬生の八木邸の門前(京都市中京区)
壬生の八木邸の門前(京都市中京区)。新選組が最初に屯所を置いた家です(現地取材の記事・筆者撮影)
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この名前が、ほかの資料に見当たりません

正直に書いておきます。隊士名簿を集めたいくつかの資料を当たってみたのですが、「石川伊乃助」という名前が見つかりませんでした。「石」で始まる隊士として挙がるのは石井伊之助、石井清之進、石井勇次郎、石尾健吉、石川伊太郎、石川三郎といった顔ぶれで、伊乃助はそのどこにも出てきません。

近い名前が二つあります

ひとつは石井伊之助で、読みがほとんど同じです。上田馬之介・上原馬之介・植原右馬之助といった別名も伝わる人で、遠江浜松の出身、慶応三年六月以降に入隊して両長召抱人となり、鳥羽・伏見から江戸へ帰り、五兵衛新田の屯所を経て会津に戦い、蝦夷地まで渡ったとされます。もうひとつは石川伊太郎で、こちらは姓のほうが同じです。永倉新八の『同志連名記』に平隊士として名があり、板橋の供養塔にも刻まれていますので、碑の建った明治九年までに亡くなったことになります。

それでもページは残します

石川伊乃助がこの二人のどちらかの書き写し違いなのか、それとも別に実在した隊士なのか、いまの手持ちでは決められません。名前が一字違うだけで別人になってしまうのが隊士名簿の難しいところで、その事情は幕末の新選組、隊士名簿はなぜ食い違うのかにまとめました。確かめられないからといって消してしまうと、あとから裏づけが出てきたときに困りますので、このページはこのまま残したうえで、分からないことを分からないと書いておくことにします。

石川伊乃助の生きた時代—大政奉還と新選組

大政奉還 石川伊乃助が新選組にいた慶応三年(1867)の十月十四日、将軍徳川慶喜は政権を朝廷に返すことを願い出ました。大政奉還です。幕府の家臣となったばかりの新選組の隊士たちにとって、仕える幕府そのものが政権を手放すという、思いもよらない出来事でした。

新選組の立場 それでも新選組は、京都の治安を守る役目を続けました。しかし十二月九日に王政復古の大号令が出され、旧幕府の勢力が京都から退くことになると、新選組も二条城、さらに伏見へと移っていきます。

慶応三年の新選組の幹部たち

隊を率いた人びと

石川伊乃助の名が見える慶応三年ごろ、新選組の上には次のような人びとがいました。この年の三月、参謀の伊東甲子太郎らが隊を離れ、幹部の顔ぶれは大きく変わっています。

  • 局長:近藤勇
  • 副長:土方歳三
  • 副長助勤:沖田総司、永倉新八、原田左之助、井上源三郎 ほか
  • 斎藤一は三月に伊東甲子太郎らとともに隊を離れ、十一月に戻ったとされる
  • 参謀だった伊東甲子太郎、九番組長の鈴木三樹三郎、八番組長の藤堂平助らは、三月に御陵衛士として分離

平隊士から見た慶応三年

平隊士にとって、この年の最も大きな変化は、六月に隊士たちが幕府の家臣に取り立てられたことでしょう。浪士の集まりとして始まった隊の一員が、幕府に仕える身分となったのです。しかし、十月には大政奉還が行われ、幕府そのものが政権を手放します。幕臣となって半年足らずで、隊士たちは仕える先の土台を失うことになりました。

参考資料:Wikipedia日本語版「新選組」、新人物往来社編『新選組大人名事典』、永倉新八『新撰組顛末記』ほか。隊士の生没年・出身・役職は、名簿や資料によって異なることがあります。

新選組の隊士を続けて読む(名簿番号順)

◀ 前の隊士:石井勇次郎(函館新選組第四分隊指図役)
次の隊士 ▶:石川三郎(平隊士)

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