溝渕広之丞 宛

溝渕広之丞 宛

原文
本文溝渕ニ送りし状の草■御覧の為ニさし出ス先日入御聴候小弟志願略相認候間、入御覧候。小弟二男ニ生れ成長ニ及まで家兄に従ふ。上国ニ遊びし頃、深君恩の辱を拝し海軍ニ志あるを以、官請爾来欧心刻骨、其術を事実ニ試とせり。独奈せん、才疎ニ識浅く加之、単身孤剣、窮困資材ニ乏故に成功速ならず、然に略海軍の起歩をなす。是老兄の知所なり。数年間東西に奔走し、屡々故人に遇て路人の如くす。人誰か父母の国を思ハざらんや。然ニ忍で之を顧ざるハ、情の為に道に悖り宿志の蹉躓を恐る〃なり。志願果して不就バ、復何為にか君顔を拝せん。是小弟長く浪遊して仕禄を求めず、半生労苦辞せざる所、老兄ハ小弟を愛するもの故、大略を述。御察可被下候。十一月頓首。坂本龍馬
現代文
この手紙は溝渕広之丞(土佐藩郷士で剣道の同門)へ送るのでご覧下さい。先日耳に入れた私の思いをしたためたのでご覧下さい。私は二男に生まれ成長するまで兄に従ってきました。江戸へ遊学した時に、君のため、国の為に報いようと決め、海軍を志し、官に願い出て、それ以来粉骨砕身(ふんこつさいしん)努力し、この技術を実践に生かそうとした。いかんせん一人で、知識も浅くおろそかで、単身孤立し、困窮もしていたのですぐには成功せず、けれども海軍を起こす道を歩んだ。これは貴方の知るところですね。数年間東奔西走し、しばしば土佐の上士にも会ったが他人のようにしていた。人が故郷の父母の事を思わない訳がない。しかるに、忍んでこれを省みないのは、進むべき道や志を、情けのために失敗することを恐れるがためです。志を願いにかけ、それがなせなければ、何のためか、合わせる顔もない。私は長い間あちこち駆け回りどこにも仕えず、半生苦労をしてきたけれども、貴方は私の親友であるので、このようなことを述べる。ご推察下され。11月坂本龍馬
目次

この手紙について

剣の同門で土佐郷士の溝渕広之丞へ宛て、自らの半生と志を打ち明けた手紙です。次男に生まれ兄に従って育ったこと、江戸遊学の折に君のため国のために尽くそうと決意し、海軍を志して粉骨砕身努めてきたことを、静かな筆致で振り返っています。龍馬が自分の生き方の根っこを語る、自伝的な色合いの濃い一通です。

宛先「溝渕広之丞」とはどんな人物か

土佐藩の郷士で、龍馬と剣術の同門にあたる旧友です。気のおけない同郷の友であればこそ、龍馬は肩肘張らずに自分の来し方と本心を語ることができました。

この手紙が書かれたころの龍馬の境遇

薩長同盟を成し遂げ、海軍と海運の組織を率いる立場になっていたころの龍馬です。ここに至るまでの苦闘を振り返りつつ、なお一人では力が及ばぬと謙虚に記すところに、龍馬の人となりが表れています。

幕末全体の動き(慶応二年ごろ)

第二次長州征伐が幕府の敗北に終わり、時代は倒幕へと大きく傾いていました。各地の志士が、それぞれの信じる道で新しい国のかたちを模索していた時期です。

土佐藩の当時の動き

勤王党を失った土佐藩は沈黙していましたが、脱藩した龍馬は藩の外で大きな仕事を成し遂げていました。同郷の友への手紙には、土佐を離れてなお故郷を思う龍馬の心がにじみます。

坂本龍馬の手紙139通(現代翻訳文)一覧

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