【藩名】
浅川藩
【説明】
浅川藩は寛文2年(1662年)11月、石川藩と同じく、白河藩主「本多忠義」の三男「本多忠以」が1万石を父から分与されたことで成立した藩です。忠以の後を継いだ弟「本多忠晴」が天和元年(1681年)9月、三河国伊保藩へ移封となり浅川藩は廃藩となりました。
【浅川藩・場所・アクセス】
福島県石川郡浅川町
〒963-6204 福島県石川郡浅川町浅川城山
【浅川藩マップ】
目次
藩のあとに、高田藩の陣屋が置かれました
浅川藩は寛文二年(一六六二年)、白河藩主・本多忠義の三男である本多忠以が一万石を分与されて成立した支藩です。天和元年(一六八一年)九月に三河国の伊保藩へ移り、廃藩となりました。
ここからが本題です。浅川はその後、別の藩の飛び地になります。
越後高田藩の、陸奥の飛び地
寛保元年(一七四一年)の三方領地替えで越後高田藩に入った榊原家は、陸奥にも所領を得ました。その管理のため、寛保二年(一七四二年)三月、石川郡浅川村の本町東裏に浅川陣屋を設置しています。文化二年(一八〇五年)には本町の西裏へ移されました。
高田藩の陸奥飛び地は、のちに釜子——現在の福島県白河市へ陣屋を移しています。
ただし『旧高旧領取調帳』では、幕末の浅川村は幕府領として記録されています。高田藩の飛び地がいつ浅川から離れたのか、今回調べた範囲でははっきりしませんでした。
いま残るもの
浅川陣屋跡は、現在の浅川小学校の敷地です。校内に記念碑が立っています。

