| 神護丸 | |||
| 藩名 | 姫路藩 | ||
| 藩主 | 酒井忠宝 | ||
| 船種 | スクーナー船 | ||
| 機関 | 帆走 | ||
| 備砲 | 0門 | ||
| 材質 | 木製 | ||
| 馬力 | 0馬力 | ||
| 写真 | 絵図 | ||
■ 詳細
元々は姫路藩内の漁師が漂流中にアメリカ船に救助され、その4人が帰国した際に洋式船を建造させました。
速鳥丸、金花丸と続き、文久3年(1863年)6月に「神護丸」は建造されました。長さ18間(32.7m)・幅4間(7.3m)・1200石積み、帆装形式はスクーナーでした。
目次
所属した姫路藩と幕末の動き
この軍艦・神護丸を運用したのは、播磨の姫路藩(酒井家)です。十五万石の譜代大藩で、洋式の船をそろえていました。
姫路藩は譜代の名門として佐幕の立場をとり、藩主・酒井忠績は幕府の大老まで務めました。そのため藩内の勤皇派は弾圧され、家老・河合惣兵衛ら多くの藩士が命を落としています。戊辰戦争では朝敵とされましたが、備前岡山藩らに囲まれると恭順し、多額の献金で藩の存続を許されました。神護丸は、佐幕から恭順へと追い込まれた姫路藩の一隻です。
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