| 一色善之丞 | |||
| 職名 | 局長附 | ||
| 出身 | 不明 | ||
| 終焉場所 | 不明 | ||
| 終焉方法 | 脱走 | ||
慶応3年に入隊しました。
鳥羽伏見の戦いで負傷し、江戸帰還後に脱走します。
以後の消息は不明です。
新選組隊士全456名情報
目次
この隊士について分かっていること
一色善之丞について、現在たどれるのは名前と役職までです。当サイトの隊士情報は新選組隊士を網羅した書籍を参照していますが、生没年、出身、隊を離れた事情、その後の消息については、そこにも記載がありません。公開されている他の資料でも確認できませんでした。
「局長附」はどういう役だったのか
史料上の呼称は「局長付見習」で、実態は局長・近藤勇の小姓にあたる役でした。護衛でも伝令でもなく、局長の身辺に仕える立場です。「見習」が付くとおり、新人や下位の隊士が就きました。
一番組から十番組という番組編成には属さず、局長の直属になります。
なぜ記録が残っていないのか
新選組には、一時的にでも延べ五百名以上が在籍したとされます。一方、同時に在籍したのは最大でも二百三十名ほど。半数以上が短期間で去った計算になります。隊士数が変わるたびに組織表は作り替えられ、前の版は残りませんでした。
くわしくは幕末の新選組、隊士名簿はなぜ食い違うのかにまとめています。

